人的資本、さらにライアビリティ(負債)

 個人のアセットアロケーションを考える場合に、個人の財務的な強さを表現する概念に「人的資本」がある。人的資本は、将来の収入見込みの割引現在価値の合計として個人の経済的価値を評価する、言わば「個人の株価」のような概念だ。人的資本をアセットアロケーションの評価に加えると、例えば、安定した職業に就いている健康な若者は、保有する金融資産の人的資本に対する比率が概して小さく、金融資産で大きなリスクを取っても人的資本を含めた資産全体としては影響が小さい。

 逆に高齢者の場合、人的資本が小さく、金融資産は人的資本に対して大きいので、金融資産に占めるリスク資産の比率を大きくすると、資産全体に占める影響が大きい。

 こうした事情は、企業年金の運用リスクを決めるに当たって、母体企業の財務的な強さが決定的に重要であることと事情が似ている。

 ところが、これだけで話は終わらない。

 先の若者のケースであっても、教育費の掛かる子供が複数いたりすると将来必要な大きな支出が見込まれることになって、潤沢な人的資本の影響が相当程度相殺される。

 また、高齢者の場合、運用を失敗した場合に、これから働いて稼いで失敗を埋めることはやりにくいが、余命が短いということは、将来必要な支出が限られていて且つ見通しやすいということでもあるので、金融資産の運用で損失が発生しても致命的な影響にはなりそうもないと言える場合が少なくない。

 将来必要な支出を現時点の負債のように認識し、言わば「ライアビリティ(liability/負債)」として捉えると、年齢の大小とリスク資産への配分比率の大小について世間的には言われている原則が当てはまらない場合も少なくない。確定拠出年金によくラインナップされている「ターゲット・イヤー型ファンド」はこの理由からも不適切な商品だ(別の理由もあり、利用しない方がいい)。

 人的資本も含めて個人の資産を評価し、さらに将来の支出の必要性をライアビリティとして評価し、個人のバランスシートの純資産に相当するものを割り出して、リスクに対する態度を決め、それから最適化計算を行ってアセットアロケーションが決まる、ということになるとなかなかに複雑である。

「個人の資産運用の方が、企業年金の運用よりも難しい!」と言いたくなる。