「比率の発想」が上手く当てはまらない

 個人の資産運用について「意外だ」と思った事実が数個あり(詳しくは「ETFカンファレンス」でお話しします)、そのうちの幾つかは筆者(及び世間)の事前の先入観によるが、技術的な解決を要する問題で意外に難しかったのは、「比率の発想」が個人の運用に当てはめにくかったことだ。

 個人の資産運用が、世間一般で考えられているよりも難しいことは事前の想定通りだった。

 例えば、「成功報酬型フィーの評価方法」などを理解するためには、それなりに複雑な理論の理解が必要だし、「株式の期待リターン」といった最も知りたい数字の推定の難しさなどは、巨額の公的年金の運用であっても、若いサラリーマンの数百万円の資金運用であっても、共通である。

 一方、運用における「ベンチマーク」の使い方や「マネージャー・ストラクチャー」(複数の運用の組み合わせ方)などの考え方が、機関投資家のものを個人投資家に当てはめて考えるとすっきり整理できることなども予定通りだった。また、アクティブ運用を適切に評価して使うことが難しいのも、それでも運用機関がアクティブ運用を売り込みたがるのも、年金運用の世界と個人投資家の世界で変わりはない。

 これらは、機関投資家の運用と個人の運用とが基本的によく似ているという事例であり、筆者個人としては目論見通りだったのだが、機関投資家の方法がしっくり当てはまらなかったのが、アセットアロケーションだった。運用のプロセスで最も重要な部分が上手く行きにくいのだから、問題は深刻だった。

 年金運用のアセットアロケーションと同じ方法で、個人のアセットアロケーションを決めようとすると、どうにも上手く行かない。

 リスク(標準偏差と相関係数)とリターンの数字があれば、後はリスクに対する態度(数字では「リスク拒否度」)を決めるとアセットクラスごとの比率は計算できるが、個人のリスクに対する態度を決めることが容易でない。一つには、経済事情が個々人によって異なるし、もう一つにはそれが時には短期間で変動するからであり、さらに、そもそも「運用に回すお金」をどう決めるかが個人によってまちまちだからだ。

 他方、企業年金のような資金の運用では、基金のサイズに差はあるし、基金と母体企業の財務的な強さ等によってリスクに対する態度は変化するが、運用資産の額、言わば「元本」ははっきりしていて、あるべき将来のキャッシュフローも相当程度予想できる。アセットアロケーションは、この元本に対するアセットクラス毎の「比率」を計算してやればいい。

 しかし、個人の場合、運用資金の対象額(言わば「元本」)の決定自体が流動的だし、収入の変化も、支出を巡る事情の変化も、運用資産の額に対して比率が大きく、時に不連続的・突発的に起こる。

 年齢や資産額、年収などから形式的に決める方法に適切なものはない。例えば、大昔の米国で言われていたような「(100-年齢)%だけ株式を持て」といった俗流ファイナンシャル・プランニングは不適切だ。この辺の事情を無視して、新聞のボーナス運用特集の記事などで、円グラフ付きの「FPの誰々さんの推奨ポートフォリオ」のような資産配分を載せるのは、ファイナンシャル・プランニングの自殺行為だ。

 また、曖昧な元本に対して、性格テスト的なリスク拒否度の当てはめをやって安直な答えを出しているのが、多くのロボアドバイザーがやっていることであり、当然のことながら役に立たない。筆者がロボアドバイザーを「ボロ・アドバイザー」と呼ぶ所以である。

 上記のような例を見ると、世間の多くは、機関投資家の運用のように「比率」で個人のアセットアロケーションを求める発想を脱していないように思われる。