「お金のある場所」だけでも確認しよう

 さて、親とお金の話をするのは案外難しい。高齢の親であっても、自分のお金を自分の自由に扱いたいと思っている場合が多いし、その人の状況や性格によっては、「お金を持っている」ということが人間関係の唯一の拠り所である場合もあるからだ。

 親は、相手が子供であっても、持っている金融資産の金額と、それがどのような状態になっているかを明かしたくないと思うことがある。また、親子の間は感情的に近いだけに、お金の問題であっても、子供に意見を言われたくないと思うケースもあって、時に厄介だ。

 また、心理的な傾向として、高齢になると、意思決定を先延ばしがちになるし、意思決定において「悪いことが起こるケース」の発生確率を小さく見積もる傾向があるという(参考:東京大学高齢社会総合研究機構「東大がつくった高齢社会の教科書」東京大学出版会)。高齢者にとって、子供とお金の話をすることは、「まだやらなくても大丈夫だろう」と思いたい、いささか億劫なイベントなのだ。

 高齢者個人の状況と性格により、また、家族との関係によって、適切なアプローチが変わるので、一律にこうすればいいという方法はないのだが、例えば父親に対して「父さん、金額とか資産の明細とかは、今はいらないのだけれども、お金の在処(ありか)についてだけは、父さんに何かがあった場合には分かるようにしておいてください」と言って、何らかの手段を取ってもらったことを確認しておきたい。

 以下のような話が補強材料になるかも知れない。

 例えば、高齢者が銀行に預金を持っているとしよう。この高齢者が、例えば、銀行の預金の存在を忘れてしまったとしよう。銀行から、本人や家族に何らかの連絡があるとしても、転居その他の理由で連絡がつかない場合もあろうし、本人や家族が気づかない場合、気づいても何もしない場合があるだろう。こうして預金に動きのない状況が10年続くと、この預金は休眠預金となって、銀行の本部で管理されることになる。

 仮に、将来遺族が預金通帳や印鑑などを見つけて故人の預金であることを立証できた場合に、「銀行自身の判断によって」預金が遺族に払い戻される場合があるが、預金が取り戻せなくなる可能性はゼロではない。

 また、10年以上前の預金の動きを銀行に問い合わせても答えが得られない場合がある。10年動かなかった預金が休眠預金になる一方、銀行の書類の保管期限は10年でいいことになっているので、10年以上前のデータにアクセスできない場合がある。

 筆者の家族は、数年前に、筆者の父親の退職金の資金の流れを知る目的で、本人の存命中に当時から十数年さかのぼる父の預金の動きを銀行に問い合わせたことがある。実家の地元の地方銀行と、あるメガバンクに問い合わせたのだが、前者は簡単かつ無料でデータを出してくれたが、後者では10年以上さかのぼるデータは出してもらえなかったし(本当に欲しかった情報はこの時期のものだったのだが)、過去10年分のデータは出してもらえたがその際にそこの手数料がかかった。

 銀行側の事情も分からなくはない。銀行が過去のデータを調べるには、紙のデータに対して手作業になる場合もあるだろうし、マイクロフィルムなどで保存されているデータに当たるにも手間がかかる。また、期限がない場合の書類の保管コストは膨大なものになりかねない。

「父さん、例えば銀行の預金は10年以上経過すると、取り戻せなく場合がある。だから、今すぐ通帳を見せてくれなくてもいいから、通帳と印鑑の在処だけは分かるようにしておいて欲しい。あと、証券関係の書類と、生命保険の保険証券も場所が分かるようにしておいてください。ともかく、いざという時に、お金の在処が漏れなく分かるようにしておいてくれないだろうか」とでも伝えてみよう。

「いざという時」のことをイメージするのが不愉快な父親もいるだろうから、憂鬱なことであるかもしれない。しかし、「金融資産のある場所」だけは、家族に後で分かるようにしておいてもらわないと困るので、最低限、この点だけは何とかしたい。

 もっとも、父親が(母親が、かも知れないが)いわゆる「へそくり」を持っているとする場合、へそくりはその定義からして他人に知られたくないからへそくりなのだといった事情の難しさはある。