“バフェットの右腕+左脳”
投資に詳しい読者なら、チャーリー・マンガーの名前を、すでにご存知だろう。ウォーレン・バフェットが経営していることで有名なバークシャー・ハサウェイ社の副会長を長年務めているバフェットの盟友であり、93歳にして現役の運用者だ。もちろん、ご本人は資産家であり、個人資産は20億ドルを超えるという。知名度ではバフェットの陰に隠れている感があるが、バフェットについて詳しい人なら、マンガーが才気に溢れた天才投資家であることを知っている。
この度、長年にわたる活動の中から彼の言葉を集めて解説した書籍の日本語訳が出版される。デビット・クラーク『マンガーの投資術』(林康史監訳、石川由美子訳、山崎元解説、日経BP社刊)だ。筆者は、縁あって解説を書かせてもらった。「バフェット・マニア」にとって必読の本であると同時に、それ以外の投資と人生のいずれかにご興味のある方にも読む価値のある本だろうと確信するので、ご紹介してみたい。
書籍は4部構成で、Ⅰ.投資で成功する考え方、Ⅱ.企業、銀行、経済、Ⅲ.事業と投資に関する哲学、Ⅳ.人生、教育、幸福の追求についての助言、となっている。それぞれのパートは、マンガーの言葉を数十個選び、これを解説する形で進行する。コンパクトな書籍だが、マンガーの考え方を集大成した本になっている。
あのバフェットを進化させたマンガーの投資哲学
バフェットは、バリュー投資の開祖とも言うべきベンジャミン・グレアムに師事して投資の道に入った。また、バフェットの投資スタイルは、おおむね「バリュー投資」だと紹介されることが多い。
もちろん、バフェットは、企業の本来の価値よりも割安な株価で株式に投資することを好む。この点に関しては、もともとの師匠であるグレアムの考え方は十分受け継がれているといえよう。あらかじめキャッシュを用意しておいて、金融危機のような事態に、株式を安く有利に手に入れるのは、バフェットの得意技だし、共同経営者であるマンガーも、これには反対しない。
しかし、本書を読むと、マンガーがバフェットに伝えたアイデアは、並の会社を割安に買うよりも、成長を続けることができる偉大な会社の株式を適正価格で買えたらいい、という考え方だった。これは、バリュー投資の反対概念として紹介されることが多い「グロース(成長株)投資」の考え方であり、バフェットはマンガーのおかげですっかり投資スタイルを変えたとも言えよう。現在のバフェットは、バリュー投資とグロース投資の長所を合成した長期投資を目指しているように見える。
このアイデアを伝授してくれたことに対して、バフェットは、「チャーリーは、ベンジャミン・グレアムから教わったままに割安だから買うという単純な戦術にとらわれていた私が新たな一歩を踏み出すのを後押ししてくれた。これこそ、彼が私に与えてくれた真の影響である。グレアムの考え方の限界を超えるためには、チャーリー・マンガーの思考の力が必要だった」と最大級の賛辞を送っている。
それでは、「偉大な会社」とはどのような会社なのか。さすがに、この点に関しては、既存のバフェット本も、本書も、マニュアル的な判別法にまとめ上げることはできていない。しかし、本書を読むと、彼らの根本的な注目点がわかる。
それは、「永続的競争優位」という概念だ。
たとえば、バークシャーが長年の大株主であることで知られるコカ・コーラ社は、いわゆるコカ・コーラ以外に多くの清涼飲料水商品を扱っており、卓越したマーケティングと生産技術、加えて海外の成長市場に広く展開するグローバルな経営能力を持っている。
コカ・コーラ社は、端的に言って、同業他社がヒット商品を出した場合、同様の商品を後追いで出して強力にマーケティングすることによって競争に勝つことができる。少なくとも、同業他社が、コカ・コーラ社を凌駕できるビジネス分野を作ることは容易ではない。
加えて、同社は、新興国など人口と需要が成長する地域に対してビジネスを拡げるグローバルな展開力を持っていて、成長の余地がある。
こうした会社の株式であれば、株価が「非常に割安」でなくとも、「適正価格」なら投資して長期的に保有すればいい。そして、バフェットとマンガーは、こうした「偉大な会社」に狙いを付けつつ、10年に一度程度に起こる金融危機で、適正以下の有利な株価で買えるチャンスを何年も待つのだ。
また、本書に明示的に書かれているわけではないが、彼らの株式を売らない長期保有の有効性は大きい。
たとえば、普通の株式が年率8%(ドル建ての米国株式の話)のリターンを生む時に、割安を修正するには「毎年5%のリターンが5年分」のポテンシャルがある会社と株価を見付けたとしよう。当初5年間のリターンは年率13%だ。この会社への投資は、最初の5年で当初の投資額の184.2%に達する。そして、その後15年間、並のリターン(=年率8%)を実現した場合、トータル20年後の資産額は当初投資額の約584%に及ぶ。もちろん、続きの15年の間に同様な割安な投資機会があれば、資産はもっと膨らむかもしれない。
しかし、20年間持っているだけで、この数字になることに注目したい。ちなみに、投資信託などで「設定来のリターン」を見せられる場合、スタート当初に(たまたま?)上げた非凡なリターンが、そのまま平凡なリターンによる複利で拡大して、インパクトのある数字が出てくる場合があるので、注意したい。
他方、先の例で、グレアム流に当初の投資が184.2%に成長した時に、株式は割安ではなくなっているので、株式を売却して売却益に対して20%の税金が掛かったとすると、資産額は当初投資額の167.4%だ。この5年間と同じ事を次の15年間に3度繰り返すことができると20年後には当初投資額の785.2%の資産を得る計算だが、毎回毎回5年のたびにこうした機会を得られるとは限らない。20年間の間に67.4%のリターンがある5年間が、3回あっても469.1%だし、2回しかなければ280.2%に過ぎない。
ベンジャミン・グレアム流に「安全な割安状態がある時だけ」投資しているのだとすると、損はしにくいかもしれないが、資産は十分成長しにくいのだ。
上記のおおよその計算でも、長期で株式を保有し続けることがいかに有利なのかが、おわかりいただけよう。長期的に保有するに値する会社を見付けて、長期に投資できることは、素晴らしいことなのだ。
ただし、天才的な投資家であるマンガーも、すべてにわたって合理的であるようには思えない点がある。
具体的には、彼は、一貫して分散投資が嫌いであり、本書の中には「分散投資をありがたがるとは、気が違っているとしか思えない」という言葉もある。集中投資に対する自信と、平凡を嫌う旺盛な闘志があったのだろうが、「同じくらい有望な銘柄を、もっとたくさん見付けて、分散投資したポートフォリオを作るなら、もっと有利な理屈ではないか」と言われたら、論理的には返す言葉がないのではないかと思う。
ちなみに、バフェットは、近年、インデックス・ファンドへの投資に対して肯定的な発言が多い。
本書に限らず、成功した投資家の本を読む場合には、すべてをありがたがるのではなく、弱点も探してやろう、という読み方が肝心だ。
バフェット、マンガーにとってのチャンス
マンガーは、ウォール街に代表される銀行業、証券業に対し一貫して批判的で懐疑的だ。本書も、手数料、デリバティブ、そして与信の行き過ぎに対して、大変批判的だ。銀行の欲深さをコントロールすることは不可能だろうと述べており、金融業に対しては規制強化論者だ。
しかし、金融業が愚かにも与信を拡大しすぎるせいで、バブルが起こり、これが弾けて、資産価格が大いに割安になる時期が訪れる。彼らが、こうしたチャンスを活かすことによって、多大な成果を上げてきたこともまた一方の事実だ。
金融ビジネスの行動をコントロールしきれないことによって、「バブル」と「危機」が起こることは、現在の資本主義経済の根本的弱点だが、マンガーは、これを批判しつつも、利用することに長けている。
人生の達人!
マンガーの魅力は、投資の天才であることにとどまらない。彼は、人生の達人でもある。
彼は、93歳にして現役の投資家であり、ウォーレン・バフェットという素晴らしいビジネス・パートナーを得た億万長者であって、良い妻(二人目)に恵まれた幸せ者なのだ。
「人生100年時代」の生き方がおおいに論じられる今日にあって、93歳のマンガーの実経験に基づく叡智は貴重だ。本書は、投資に数々のヒントを与える書籍であると同時に、生き方を指南する第一級の自己啓発書でもある。
詳しくは、本書に当たってほしいが、「良い伴侶を得るためには、自分自身が良い伴侶になること」、「無用な心配をしないことが、健康にも、投資にも有用であること」、「自分が買いたくない商品を売らずに、自分が尊敬できる人につかえ、一緒に居て快適な人とだけ働くことが、良いキャリアへの道であること」など、多くの知恵が語られている。
ちなみに、良い結婚相手を選択するコツは、「相手に期待しすぎない人」を選ぶことであるとマンガーは言っていて、彼の現在の妻の前の夫が、妻の夫に対する期待値を下げてくれたことに感謝するとも言っている。
また、マンガーは、健康の維持のためにジョギングのようなことを行うのは無駄だと考えているようであり、前立腺癌の検診なども受けない。そして、砂糖が入ったコーラも気にせずに飲む。結果論かも知れないが、余計な心配をしないことは健康にいいらしい。
加えて、大地震や大暴落のような心配してもコントロールできないことについて悩まないとする合理的な割り切りがもたらす、余計なストレスからの解放が、マンガーに「長寿と健康」をもたらしているようだ。
そして、マンガーは90歳を過ぎて自分は投資家として過去の自分よりも進歩していると述べており、バフェットについても65歳を超えてから「格段に向上した」と言う。彼らの進歩の秘訣は、ひたすら読書することだという。知識も複利で作用するのだという。
監訳者の林康史さんも、監訳者あとがきに、本書を繰り返し味読することをすすめておられ、「たとえ一冊であろうとも、複読は複利が如しだ」と書かれている。筆者も、複数回読む価値のある本だと思った。