10月雇用統計プレビュー
BLS(米労働省労働統計局)が11月1日に発表する10月の雇用統計では、NFP(非農業部門雇用者数)が10.8万人増の予想となっています。
前回9月の雇用統計のNFPは、25.4万人増で、市場予想の倍近くの伸びとなりました。米国の成長トレンドに沿った雇用者増は15.0万人前後といわれるので、雇用市場はまだまだ過熱状態が続いていることになります。
10月の雇用者数は、ハリケーンやストライキが原因で9月と比べて約15.0万人少なくなると考えられています。今回は一時的な減速であって、来月以降は雇用者数が大きくリバウンドすることになるでしょう。
失業率の予想は前月比横ばいの4.1%。平均労働賃金は、前月比0.3%増(前月0.4%増)、前年比4.0%増(前月4.0%増)の予想となっています。
9月の雇用統計が予想外に強かったことで、FRB(米連邦準備制度理事会)の政策に対するマーケットの評価にも変化がでています。数週間前までは、7月のFOMC(米連邦公開市場委員会)会合で「利下げ見送りは失敗」という意見が大勢を占めていましたが、最近では9月FOMC会合の「大幅利下げは失敗」という意見が増えています。
米国のインフレ率はいまだ目標値を上回ったままで、ダウ工業株30種平均は史上最高値を更新し、金先物は上昇の勢いが止まりません。米国の経済成長がトレンドを上回るペースで拡大を続ける中で、FRBが心配するような、金融引き締めによる景気減速状態には全く見えません。
FRBがデータ重視の政策を唱えながら、このような強いデータに基づいて0.50%の利下げを実施したのはつじつまが合いません。FRBが政策ガイダンスをバックワード(振り返り)からフォワード(予測)方式に戻すことはできないとしても、データが今後も強いままならば、その事実をFRBは率直に認める必要があるでしょう。
FOMCのドットチャートは、年内2回の利下げを想定していますが、今回の雇用統計が大幅に悪化することがない限り、年内の利下げはあと1回、11月か12月のどちらかは見送りになるとマーケットは考えています。
なぜ雇用統計は不正確なのか?
米雇用統計のNFPは重要です。しかしそれ以前に、果たしてその数字がどれだけ信じられるのかという疑問があります。7月と8月NFPは、合計で予想に比べて8.3万人少なかったのですが、9月は逆に予想より12.4万人も多かったのです。
数ある経済データの中でもトップランクに位置する重要指標である雇用統計は、FRBの政策決定に非常に大きな影響を持っています。そしてFRBの政策はECB(欧州中央銀行)や日本銀行など世界の中央銀行に影響を与えます。おおげさに言えば、雇用統計が不正確であるほど、世界の金融市場が間違った方向に進むリスクが高まるのです。
雇用統計の精度が低い原因はいくつかあります。まず、米労働省BLSの雇用者増加数の季節調整モデルが、雇用市場の構造変化に対応できていないことがあります。例えば、これまでは、クリスマス商戦の反動で1月の雇用者は少なくなるのが定型パターンでした。しかし、新型コロナ流行後はそのような季節性を無視して1月の雇用者が急増するようになっています。
また、データ数の少なさも問題です。米国の重要な経済指標の多くはアンケート調査に基づいていますが、一般に、家計調査の回答率が60%を下回るとそのデータの信頼性は低くなります。
雇用に関する企業の回答率は新型コロナ流行時期に大きく下がり(ロックダウン期間中にわざわざ出勤してアンケートに回答しようとする奇特な社員は少なかったため)、現在は40%を下回っているといわれます。また、統計には副業やスタートアップの小さい会社の雇用状況も正確に反映されていません。
回答率が低いだけではなく、データが存続している事業所のものに偏っていることも問題です。倒産企業からのデータがほとんど得られないことで、当然ですが実態よりも失業者は少なく、就業者は多い結果になります。
また最近では、社員が退職したあと欠員補充をしない「サイレントレイオフ」をする米企業が増加しているということです。そのため雇用市場の本当の弱点が見過ごされてきたおそれがあります。
BLSは今年の8月、2023年4月から2024年3月までの雇用者数が、81万8,000人程度の下方修正になったと公表しました。月ベースでは約6.8万人少なくなる計算です。
雇用統計の不正確性とは、「実勢よりも多めに計上されている」ことにあります。これは雇用者数が予想よりも多くても割り引いて考えた方が良いということであり、逆に少ない場合には、雇用市場が予想以上に悪化しているということです。
雇用市場の過熱状態はすでに消えているのに、FRBのデータ重視政策が利下げ判断のタイミングを誤らせた可能性があります。先月の雇用者数は予想を大幅に上回る結果になりましたが、実際はそれほど増えていないということになります。そうであれば、FRBにとってのリスクとは、雇用統計の数字を信じて利下げを見送ることです。