「李強語録」からうかがえる五つの示唆

 ここまで見てきたように、中国経済の現状には、GDP実質成長率が3.0%増と目標の5.5%に届かなかった2022年から回復の兆候が見られ、その中で、とりわけ注目されるのが不動産市場の復活だと整理することが可能と思います。今後の中国経済を展望する上で重要なのが、それを率いていく中央政府の首長である李強首相の「経済観」でしょう。

 3月13日の全人代閉幕後、李強氏は首相として初めての記者会見に臨みました。経済についても多くを語りましたが、私が注目した発言をいくつか引用してみたいと思います。

「客観的に言えば、絶対多数の国民は日々GDPがどれだけ成長したかを見ているわけではなく、それよりも、住宅、就業、収入、教育、医療、環境といった身の回りのことを気にしているだろう」

「(経済を成長させるための)具体的政策措置であるが、基本的な方向性は、安定最優先で、その中で進歩を追求していくことで、経済運営を全体として改善していくというものだ。安定に関して、重点は安定的な成長、雇用、物価で、進歩に関して、肝心なのは質の高い発展が新たな進歩を遂げることである」

「具体的には、特に、マクロ政策、内需拡大、改革とイノベーション、リスクの緩和と防止という四つの分野を連動的に実行していくことが求められると考えている」

「中国の発展には確かに多くの有利な条件が備わっている。例えば、巨大な市場規模、完備された産業体系、豊富な人材資源、強固な発展基礎などであるが、より重要なのは制度的優勢が著しい点である」

「今年、大学を卒業する若者の数は1,158万人いる。雇用の側面から見れば、一定の圧力を受けるけれども、発展の側面から見れば、注入されるのは生き生きとした活力にもなる」

「中国の総人口に減少が見られる中、中国は人口ボーナスを失っていると懸念する声があるが、我々は総量だけでなく質量を、人口だけでなく人材を考慮しなければならない。我が国には9億近い労働力がいて、毎年1,500万人以上増えている。豊富な人的資源は依然として中国の突出したアドバンテージである。より重要なのは、高等教育を受けた人口が2.4億人を超え、新たな労働力が受けた教育の平均年数が14年に達していることである。我々の[人口ボーナス]は失われておらず、[人材ボーナス]が現在形成されていると言えるだろう」

 生まれ故郷で、経済が栄えた浙江省で長年勤務し、同じく沿岸部の江蘇省と上海市でも党委員会書記を歴任した李強首相の過去の言動や政策も踏まえた上で、上記の「李強語録」からくみ取れる、「李強の経済観」を理解するための手がかりを、私なりに抽出してみたいと思います。

(1)GDPにこだわらず、国民が日常生活で気にすることを重視する
(2)成長と改革を巡る政策に関して、基本的に前政権のそれを引き継ぐつもりでいる
(3)中国の特色ある社会主義市場経済という制度に自信を持ち、忠誠を誓っている
(4)経済の持続的成長という意味で少子高齢化を警戒し、解決策を見いだそうとしている
(5)楽観主義者である

 最後の点には私の主観的分析も相当程度入っていますが、新しい首相は基本的に前向きな楽観主義者なんだろうという印象を現時点で持っています。私が見る限り、習総書記に信頼される李強氏は、相当程度の権限を付与されながら国務院を率いていくものと思われます。自らが首相に就任した最初の年である2023年、李強氏は是が非でも成長率目標を達成し、ポストコロナ期の経済を安定的に推移させたいでしょう。

 上記5点を念頭に置きつつ、李強氏の経済政策を注視していきたいと思います。