全人代閉幕直後に国家統計局が1~2月の経済主要統計を発表

 3月13日、全国人民代表大会(全人代)が閉幕しました。2023年のGDP(国内総生産)実質成長率目標を5.0%前後に設定、前年から0.5ポイント下方修正しました。「政府活動報告」では、「安定」の二文字を、習近平政権に移行して以降、過去10年で最多となる33回も使用するなど、安定最優先の方針を鮮明に打ち出しました。

 約3年続いた「ゼロコロナ」策が解除され、コロナフリーという新たな段階へ移行する中で迎えた2023年の中国経済は各国の市場関係者が期待するような回復を見せるのか。何事もスタートが肝心と言います。全人代閉幕直後、国家統計局が1~2月の主要な経済統計を発表しました。それらを整理すると次のようになります。

名目 2023年1~2月 2022年12月
工業生産 2.4% 1.3%
小売売上高 3.5% ▲1.8%
固定資産投資 5.5% 5.1%(2022年全体)
不動産開発投資  ▲5.7% ▲10.0%(2022年全体)
消費者物価指数 1.5% 2.0%(2022年全体)
都市部の調査失業率 5.6% 5.5%
同16~24歳 18.1% 16.7%
国家統計局の発表を基に筆者作成

 2022年12月、あるいは2022年全体と比較した場合、おおむね回復している現状が見て取れます。工業生産、小売売上は市場が期待したほどではないにしても上昇気流にあります。中国政府が「安定」という文脈で重視するのは、成長率、物価、雇用の3点ですが、消費者物価指数は政府が2023年の目標として設定した3.0%よりも大分低い数値で推移しています。

 一方気になるのが、唯一状況が悪化している雇用です。都市部における調査失業率は、全体、若者含めて、昨年12月よりも高くなっています。ゼロコロナが解除され、経済活動が正常化してくれば、あらゆる地域の現場が一気に稼働し始め、普通に考えれば「人不足」に陥る、言い換えれば雇用状態が改善するのではと思われますが、現状は逆になっているようです。2023年を通じて、経済成長と雇用安定という関係性に注目していく必要がありそうです。

鍵を握るのはやはり不動産?

 上の表で、依然マイナス成長ではありますが、顕著に回復しているのが不動産開発投資です。

 今年1月、習政権のマクロ、産業、通商政策などを率いてきた劉鶴・国務院前副首相が世界経済フォーラム(ダボス会議)の場で、中国経済にとっての不動産産業の重要性を赤裸々に語っています。劉氏は、不動産市場を「中国国民経済の支柱産業」と位置付けた上で、中国において、不動産関連の借り入れは銀行ローンの約4割、不動産関連の収入は地方政府の半分、不動産は都市で暮らす市民の資産の6割を占めていると指摘。また、不動産業界から誘発される金融リスクを回避するという観点から、未完成の建物の竣工(しゅんこう)支援、不動産企業への融資拡大、不動産バブル期に強化した規制の緩和といった対策を打ちだしました。

 劉氏が中央政府を代表して提起したこの政策方針は、李克強首相が率いてきた国務院から、これから李強首相が率いる国務院にも引き継がれるのが必至です。その意味で、2022年10%減と低迷(1992年に同統計が発表されて以来初のマイナス成長)した不動産開発投資が、1~2月5.7%減まで下げ幅を狭めてきた経緯は特筆に値するでしょう。

 その他、1~2月の不動産販売は床面積ベースで3.6%減(住宅は0.6%減)となり、2022年全体の24%減から回復しています。販売額ベースでも0.1%減(住宅は3.5%増)まで持ち直しています。

 さらに、中国政府が定期的に発表している主要70都市の住宅販売価格は2月、新築で55都市、中古で40都市にて上昇、前月と比べて、価格が上昇した都市の数はそれぞれ19都市、27都市増えています。

 全人代の「政府活動報告」で今一度表明されたように、中国政府は「住宅というのは住むための場所であって、投機対象であってはならない」というスタンスを引き続き堅持しており、国内外の投機マネーが不動産市場に流入することで、不動産バブルが形成される局面を終始警戒しています。

 昨年12月に開かれた中央経済工作会議で習総書記は次のように主張しています。

「不動産市場の需給関係、都市化を巡る状況など重大な趨勢(すうせい)、構造的変化を深い次元で考慮に入れた上で、不動産市場を巡る問題を根本的に解決していくための中長期的対策を急速に研究しなければならない。長年続いている[高い負債率、高いレバレッジ率、高い売買回転率という発展モデルの弊害を取り除くことで、不動産産業が新たな発展モデルに平穏に移行できるよう推進していく必要がある」

 不動産市場が現状のままではいけない、改革を施していく必要があるという明確なスタンスを持っているということです。一方で、劉前副首相が指摘するように、不動産が国民経済の支柱産業である現状が近未来的に変わることはあり得ない、よって、中国経済は引き続き相当程度不動産業界に依存していかなければならない(長期的には依存度を下げることが改革の目的の一つ)というのが中国政府の現状認識であり、市場関係者、一般消費者もその点を理解しているというのが私の見方です。

「李強語録」からうかがえる五つの示唆

 ここまで見てきたように、中国経済の現状には、GDP実質成長率が3.0%増と目標の5.5%に届かなかった2022年から回復の兆候が見られ、その中で、とりわけ注目されるのが不動産市場の復活だと整理することが可能と思います。今後の中国経済を展望する上で重要なのが、それを率いていく中央政府の首長である李強首相の「経済観」でしょう。

 3月13日の全人代閉幕後、李強氏は首相として初めての記者会見に臨みました。経済についても多くを語りましたが、私が注目した発言をいくつか引用してみたいと思います。

「客観的に言えば、絶対多数の国民は日々GDPがどれだけ成長したかを見ているわけではなく、それよりも、住宅、就業、収入、教育、医療、環境といった身の回りのことを気にしているだろう」

「(経済を成長させるための)具体的政策措置であるが、基本的な方向性は、安定最優先で、その中で進歩を追求していくことで、経済運営を全体として改善していくというものだ。安定に関して、重点は安定的な成長、雇用、物価で、進歩に関して、肝心なのは質の高い発展が新たな進歩を遂げることである」

「具体的には、特に、マクロ政策、内需拡大、改革とイノベーション、リスクの緩和と防止という四つの分野を連動的に実行していくことが求められると考えている」

「中国の発展には確かに多くの有利な条件が備わっている。例えば、巨大な市場規模、完備された産業体系、豊富な人材資源、強固な発展基礎などであるが、より重要なのは制度的優勢が著しい点である」

「今年、大学を卒業する若者の数は1,158万人いる。雇用の側面から見れば、一定の圧力を受けるけれども、発展の側面から見れば、注入されるのは生き生きとした活力にもなる」

「中国の総人口に減少が見られる中、中国は人口ボーナスを失っていると懸念する声があるが、我々は総量だけでなく質量を、人口だけでなく人材を考慮しなければならない。我が国には9億近い労働力がいて、毎年1,500万人以上増えている。豊富な人的資源は依然として中国の突出したアドバンテージである。より重要なのは、高等教育を受けた人口が2.4億人を超え、新たな労働力が受けた教育の平均年数が14年に達していることである。我々の[人口ボーナス]は失われておらず、[人材ボーナス]が現在形成されていると言えるだろう」

 生まれ故郷で、経済が栄えた浙江省で長年勤務し、同じく沿岸部の江蘇省と上海市でも党委員会書記を歴任した李強首相の過去の言動や政策も踏まえた上で、上記の「李強語録」からくみ取れる、「李強の経済観」を理解するための手がかりを、私なりに抽出してみたいと思います。

(1)GDPにこだわらず、国民が日常生活で気にすることを重視する
(2)成長と改革を巡る政策に関して、基本的に前政権のそれを引き継ぐつもりでいる
(3)中国の特色ある社会主義市場経済という制度に自信を持ち、忠誠を誓っている
(4)経済の持続的成長という意味で少子高齢化を警戒し、解決策を見いだそうとしている
(5)楽観主義者である

 最後の点には私の主観的分析も相当程度入っていますが、新しい首相は基本的に前向きな楽観主義者なんだろうという印象を現時点で持っています。私が見る限り、習総書記に信頼される李強氏は、相当程度の権限を付与されながら国務院を率いていくものと思われます。自らが首相に就任した最初の年である2023年、李強氏は是が非でも成長率目標を達成し、ポストコロナ期の経済を安定的に推移させたいでしょう。

 上記5点を念頭に置きつつ、李強氏の経済政策を注視していきたいと思います。