執筆:窪田真之

今日のポイント

  • 英選挙で保守党が敗北したことはネガティブだが、短期的に英経済に与える影響は限定的であるため、金融市場は反応せず。コミー証言も、それだけではロシアゲート疑惑が最終的にどういう決着に向かうか判断できず、金融市場は消化不足。
  • 今週の注目材料は、14日のFOMC結果発表。利上げがほぼ確実。注目は、利上げ後の為替の反応。材料出尽くしで円高か、さらなる金融引き締めの思惑で円安か?

(1)先週のイベントは消化不足

先週の日経平均は、1週間で164円下がって20,013円となりました。一時2万円を割れましたが、最終的には2万円台を維持しました。先週は、英総選挙・コミー前FBI長官の議会証言と、英米で注目イベントがありましたが、マーケットに大きな影響を与えませんでした。金融市場は、この2つのイベントを消化不足と考えられます。

英選挙は、保守党が過半数を割るというネガティブな結果が出ましたが、それで世界の株が大きく動くことはありませんでした。

米国議会での、コミーFBI前長官の証言では、トランプ大統領の弾劾や罷免につながる司法妨害の有無が焦点となっていました。コミー氏はそれについては「私が判断することではない」と、判断をモラー特別検察官に委ねました。ただし、コミー氏の証言には「トランプ大統領は嘘をついている」など厳しい内容が含まれ、問題となる捜査妨害があったと示唆したと考えられます。それでも、世界の株が大きく動くことはありませんでした。

この2つのイベントに、金融市場が大きく反応しなかった理由について、「織り込み済みだった」との解説も出ています。私は、「織り込み済み」ではなく、今後、どう進展していくかわからないので「消化不足」にあると考えています。

(2)英下院選挙で保守党が敗北した理由

6月8日、イギリスで下院選挙が行われました。イギリスでは、昨年6月23日に、EU離脱を問う国民投票が行われ、離脱方針が可決される「まさか」の結果が出ています。あれから1年、再び「まさか」の結果が出ました。

選挙戦序盤では、メイ首相率いる保守党が大勝すると予想されていました。ところが、結果は、敗北でした。改選前、下院で51%を占めていた保守党は、過半数を割る49%しか獲得できませんでした。メイ首相は「今なら勝てる」と判断して、3年後に予定されていた総選挙の前倒し実施を決断しました。ところが、英国民の意思を完全に読み違えていました。

第二党のコービン党首率いる労働党が、議席を伸ばしました。改選前、35%占めていた労働党は、40%の議席を獲得しました。

メイ首相は、第一党党首として、引き続き首相を務める意思を表明しています。過半数を割れたまま政権を維持するために、今回の選挙で10議席を獲得した民主統一党(英国北アイルランド地区の地域政党)の閣外協力を得る方針で、協議中です。保守党の議席(322)に民主統一党の議席(10)を加えると、議席総数(650)に対して辛うじて過半数となりますので、政権維持が可能となります。ただし、その場合でも、メイ首相のリーダーシップは大きく低下すると考えられます。

保守党の票が労働党に流れ、「まさか」の敗北となった要因は、主に2つと考えています。

テロ対応遅れに対する批判

選挙直前に、イギリスでテロが相次ぎました。労働党のコービン党首は、メイ首相が内相時代に警察官を2万人削減したために、テロが増加したと、メイ首相の責任を追及しました。テロ続発が、保守党の支持率を下げ、労働党の支持率を上げる要因となりました。

緊縮財政に対する批判

保守党は、伝統的に「資本主義、経済効率」を重視する政党で、第二党の労働党は、「社会福祉、貧富の差縮小」を重視する政党です。保守党は、大勝すると誤認したうえで、社会福祉の削減を含む緊縮財政継続のマニフェストを発表しました。これに対し、英国民から、多数の批判が出ました。労働党は社会福祉を手厚くするマニフェストを作り、貧富の格差拡大を招く保守党の政策を批判しました。その結果、低所得者層の票が労働党に流れました。

(3)英国民の意思を読み違えたメイ首相

メイ首相が下院選挙を前倒し実行しなければ、保守党は、単独過半数をあと3年維持できるはずでした。わざわざ前倒し選挙をやり、過半数割れとなったダメージはきわめて大きいと言えます。メイ首相は完全に戦略を誤りました。

メイ首相及び保守党は、もともとはEU離脱に反対でした。ところが、昨年6月の国民投票では、EU離脱賛成が過半数を占めました。英国でも貧富の差が拡大し、社会的な分断が深まっていました。低所得者の不満がEU離脱方針が可決される原動力となりました。

そこで、メイ首相および保守党は、きっぱりEU離脱に舵を切り替え、ハード・ブレグジット(EUとの関係をきっぱり断つ、EU単一市場から外へ出る)も辞さない強い姿勢で、EUと離脱交渉を始めていました。その姿を見て、離脱賛成派にも、反対派にも、「メイ首相のリーダーシップのもとで離脱交渉を進めよう」という機運が一時広がっていました。

メイ首相は、ハード・ブレグジット辞さずの姿勢さえ打ち出せば、低所得者の支持も得られると完全に誤解していました。ブレグジットを打ち出しながら、緊縮財政を打ち出すメイ首相に低所得者層は不安を感じ、労働党支持に流れたと考えられます。

保守党は、「鉄の女」の異名を持つサッチャー首相を生んだ政党でもあります。サッチャー元首相は、労働組合が強すぎて経済が低迷する「英国病」にかかっていた英経済を、資本主義改革によって立て直しました。その後、長らく、英経済は繁栄を続けました。

ところが、今、格差拡大により、英社会に分断が広がっています。メイ首相の賭けが失敗し、保守党が過半数を失い、労働党が勢力を拡大した今、メイ首相は、労働党の政策にも配慮した政策運営を行う必要が生じています。

(4)選挙結果が、英経済・世界の金融市場に与える影響

資本主義を重視する保守党の政策実行能力が低下したことは、英経済にとって、長い目で見て、マイナスと考えられます。ただし、保守党が政権を維持する見通しであることに変わりなく、短期的に英経済に大きなマイナス影響を及ぼすわけではありません。保守党敗北はネガティブ材料ですが、世界の金融市場に大きな影響を与えなかったのは、短期的に英経済に与える影響は限定的と考えられるからです。

1つだけ、メイ首相の賭けが失敗して、良かったこともあります。メイ首相が打ち出しているハード・ブレグジット辞さずの姿勢に、不安がありました。強硬離脱で、英国もEUも双方が大きなダメージを受けるリスクもありました。下院選の敗北で、メイ首相がソフト・ブレグジット(英国とEUのつながりを一部残す形)も考えた交渉を行うようになれば、金融市場にプラスになる可能性もあります。

今回の選挙結果が、英経済および世界経済にどういう影響を与えるのかは、1年以上たってみないとわからないのかも、しれません。

(5)コミー証言は完全に消化不足

ロシアゲート疑惑が最終的に、どのような決着を探るのか、現時点でわかりません。徹底的にトランプ大統領を追い詰めていくのか、疑惑のまま長期化するのか、現時点でわかりません。コミー証言にマーケットは大きく反応しませんでしたが、「織り込み済み」でなく、材料不足で、反応できなかったと考えています。

(6)今週の注目材料:米利上げ

今週13-14日のFOMC(米金融政策決定会合)で利上げがほぼ確実と考えられています。発表は、14日(日本時間では15日早朝)になります。

利上げ後、利上げ打ち止め感広がり、円高が進むか、あるいは、さらなる金融引き締めが続くとの見通しから、円安が進むか、注目されます。

FOMC後の考えられる反応について、明日のレポートで書きます。