執筆:窪田真之

今日のポイント

  • ロシアゲート疑惑が今後深まるか収束に向かうか、予断を許さない。金融市場は材料待ちで小動き。次の注目は30日以降に予定されるコミー前FBI長官の議会証言。
  • トランプ大統領が政策実行能力を失う中で、対外強硬策を次々打ち出すのが最悪シナリオ。疑惑が早期終結するのが、楽観シナリオ。

(1)消化不良のロシアゲート疑惑

先週17日(水)、米司法省が、ロシアゲート疑惑(昨年の米大統領選にロシアが介入、ロシアとトランプ大統領が結託していたとの疑惑)を捜査する特別検察官の設置を決め、ロバート・モラー元FBI長官を任命すると、金融市場に衝撃が走りました。トランプ大統領の弾劾・罷免にまで発展する可能性のある問題発生から、17-18日は、世界的にドル安(円高)が進み、株が売られました。18日、一時1ドル110.23円まで円高が進み、日経平均は一時19,449円まで売られました。しかし、その後、ドル円・株とも小反発し、小動きとなっています。23日の日経平均は19,613円で引け、為替は同日17時時点で1ドル111.20円で推移しています。

モラー特別検察官がどこまでトランプ大統領を追い詰められるか、現時点で未知数です。ただ、仮にトランプ大統領に不利な事実が次々と判明しても、実際に大統領を弾劾・罷免するのはハードルが高く、実現は困難です。

市場は一旦落ち着いたものの、今後事態が急進展する可能性がないとは言えず、様子見となっています。ロシア疑惑は、消化不良の状態です。

目先の材料として、5月30日以降に予定されているコミー前FBI長官の議会証言があります。コミー氏は、トランプ大統領によって5月9日にFBI長官を解任されました。解任前に、ロシアゲート疑惑の中心人物と見られているフリン前大統領補佐官の調査を進めていましたが、トランプ大統領から、捜査を終了するよう圧力をかけられていたと考えられています。コミー氏の議会証言で、トランプ大統領を追い詰めるような内容が出ると、再び、金融市場に不安が広がる可能性があります。

(2)今後考えられる最悪・最善シナリオ

今後、ロシア疑惑がどのような展開となるか、予断を許しません。ここで、金融市場にとっての最悪シナリオと、最善シナリオについて、考えてみます。最悪シナリオは、起こる可能性が高いとは言えないが、あり得る最悪シナリオです。最善シナリオは、同じく起こる可能性が高いとは言えないが、ないとは言えない楽観シナリオです。

それでは、今回のロシア疑惑で、最悪のシナリオは何か、まず考えてみましょう。疑惑が疑惑のまま長期化し、時間をかけて少しずつ深まっていくのが、最悪シナリオと考えます。1ヶ月後・3ヶ月後・6ヶ月後にも、新事実が少しずつ明らかになり、トランプ大統領が徐々に窮地に追い詰められていくシナリオです。

大統領支持率は、米ギャラップ調査では既に38%と政権発足以来の最低に落ちていますが、ここからさらに低下していく可能性があります。身内の共和党議員は、来年11月に中間選挙を控えているので、このままトランプ大統領を担いでいたら、自身の支持基盤も危うくなると、トランプ離れを起こすでしょう。そうなると、大型減税や公共投資などの景気刺激策を実施することもできず、トランプ大統領に投票した米国民からもブーイングを受けるようになりそうです。

最悪シナリオでは、ここで、トランプ大統領が起死回生の挽回策に出ることを想定します。軍事的にも経済政策でも、対外強硬策を打ち出します。中国・日本・メキシコなど、対米貿易黒字国に対して、不適切な要求を繰り返します。トランプ大統領の持論である円安批判のトーンを強め、円高を誘導するかもしれません。

それでも、大統領の弾劾・罷免は成立しません。弾劾・罷免には、下院の半数・上院の3分の2以上の賛成が必要です。共和党が支配する上・下院で、共和党大統領の弾劾は成立しそうにありません。政策実行能力を失い、対外強硬策を振り回すトランプ大統領が、4年の任期を全うするのが、最悪シナリオです。

それでは、市場にとっての最善シナリオは、どのようなものでしょう?疑惑がなんらかの形で早期決着するのが、最善シナリオです。2つのパターンが考えられます。トランプ大統領が早期に失脚するケースと、指導力を取り戻すケースです。

可能性は低いが、短期で疑惑が核心に迫り、トランプ大統領があっさり辞任するのも、金融市場にとって悪くない結果になると思います。その場合、ペンス副大統領が、大統領に昇格すると考えられます。そこで、良識ある共和党政権に戻れば、米議会は上院下院とも共和党が支配していますので、強いリーダーシップを回復できる可能性があります。

もう1つのパターンは、確率は高くはないが、モラー特別検察官が、短期的に捜査を終結し、「ロシア疑惑へのトランプ大統領の関与はない」と結論を出すことです。米国民の納得が得られそうになく、完全なベストシナリオとはいえません。それでも、トランプ大統領が支持を回復し、大型減税などに道筋をつければ、金融市場は好感するでしょう。

最後に、メインシナリオをお話します。メインシナリオは、最悪シナリオと、ベストシナリオの中間にあります。疑惑は長期化するが、決定的な証拠は出ず、潜在的な悪材料として残るというのが、メインシナリオです。

トランプ大統領は、指導力が低下しますが、規模を縮小しながらもなんとか大型減税や公共投資を実行していくというシナリオです。日本の景気・企業業績も順調に回復が続くと考えられます。その場合、日経平均は、急落急騰を繰り返しながら、徐々に下値を切り上げていくと想定されます。

さて、今後、どういう展開になるでしょうか?私の経験則では、多くの人が考えるメインシナリオや市場コンセンサスは、意外と実現しないものです。あり得ないと思った最悪シナリオや、ベストシナリオに近いことが、起こってしまうことも、あります。今後のロシア疑惑の進展から目が離せません。

【参考】ロシアゲート疑惑

トランプ大統領が、ロシアと結託し、昨年の大統領選に影響を与えたという疑惑。昨年の大統領選直前にヒラリー・クリントン候補に不利な情報がばらまかれたが、それがロシアによるハッキングによるとの疑いがある。さらにトランプ大統領がロシアと結託しロシアを動かしたという疑惑がある。

大統領選に敗れたヒラリー・クリントン候補には、国務長官時代に、外国政府から献金を受けて、便宜をはかった疑いがかかっていた。クリントン候補は、国務長官時代に、公務で私用メールを使っていた問題があり、その私用メールを徹底的に調べることで、外国政府との癒着が判明する可能性があると、当時考えられていた。その私用メール調査を、コミー前FBI長官のもとで、FBIが捜査していた。コミー前長官は、昨年7月6日に一旦「メール疑惑は捜査の結果、訴追に相当しない」と捜査打ち切りを発表した。

ところが、その後、何者かによってクリントン候補の私用メ-ルが大量にばらまかれる事態が起こった。それを受け、コミー氏は大統領選まで2週間を切った10月28日、クリントン候補の私用メールの捜査再開を議会に通知した。そして、大統領選の2日前の11月6日に、「すべてのメールを調べて問題なく、訴追を求めない方針に変更なし」と捜査終了を明らかにした。選挙直前の捜査再開と、不可解な捜査終了発表が、選挙でクリントン候補に不利に働いたとの見方がある。

今回のロシア疑惑は、ニクソン大統領を辞任に追い込んだウォーターゲート事件並みの重大事件に発展する可能性があるという意味で、ロシアゲート疑惑と呼ばれている。