8月18日、ドル円は99.88円と99円台で引けました。これは2013年11月13日以来、2年9ヵ月振りの終値でした。100円割れの終値が出現するということは、明らかにこれまでの円安局面が変わったということを示唆しています。下表は昨年末から7月までのその月の終値の推移を表しています。年始からのドル円の推移をみてみますと、6月23日のBrexit以降、ドル円の水準が切り下がっていることがわかります(円は円高で切り上がっていますが、「ドル円」という場合、ドルが主体ですのでドルの水準が切り下がっていることになります)。2016年も後半になってきましたので、今年のこれまでの動きを、下表をみながら追ってみたいと思います。

ドル円の月末終値

昨年120.30円で終了したドル円相場は、2016年に入ると一転、中国景気の後退懸念と上海株下落によって円高が進み、日本株も下落したこともあって一時115円台後半まで円高が進みました。この円高を阻止するために日銀は1月の終わりにマイナス金利の導入を決定しました。この決定を受けて1月の終値は121.12円となりました。しかし、その後も中国景気後退懸念は払拭されず、加えて米国の早期利上げ観測が後退したことからドル売り・円買いが進み110円を割れる展開となりました。その後は110円を挟んだ値動きでしたが、6月23日の英国の国民投票によってEU離脱が決定すると円高が加速し、一時100円割れとなりました。

その後介入警戒感や米国の利上げ観測から107円台に戻す局面もありましたが、長続きはせず105円以下に抑えられている動きとなっています。最近は米国の9月利上げ観測が再び高まってきていますが、それでも103円台には戻れず、再び100円割れを狙う展開となっています。

以上のように2016年のドル円は7ヵ月で20円以上の大変動となっています。円高が日本経済にとってよいか悪いかの議論は別にして、これだけの大変動が短期間で起これば、日本経済に影響を与えることは間違いありません。顕著なのが輸出企業です。輸出競争力の低下と円高による減益要因となり、日本経済のマイナス要因となります。短期間で変動が生じているため、輸出企業にとっては対応策を取る必要が出てきます。最も重要なことが円高のリスクを最小限にするために、年度初めに設定した想定為替レートに対して為替ヘッジをかけることになります。

 

想定為替レートとは、企業が原材料を輸入したり、製品を輸出したりする場合に採算をはじくための為替レートのことをいいます。予算を策定する時に採算レートとしての為替レートを想定して設定しますが、為替レートは変動するため、決算では為替による減益あるいは増益が生じてきます。従って、輸出企業の防衛策として、想定為替レート以上であれば(増益が想定される為替水準以上であれば)、為替ヘッジ(ヘッジ=保険)を行います。輸出企業であればドル売り予約、輸入企業であればドル買い予約となります。(「第52回「想定為替レート」2015年6月17日付参照)

為替相場を予測する上で、特に輸出企業の想定為替レートを注目しておくことが重要になってきます。つまり、想定為替レート近辺では、為替ヘッジのためのドル売り予約が増えてくることが予想され、ドル円の上昇を抑える効果になるからです。マーケット参加者もそれらの水準を注目しているため、輸出企業のみならず、他の投資家のドル売りが加わることも予想されます。

下表は、主要輸出企業の2017年度3月期決算の想定為替レートです。また、1円の円高に振れた場合の営業利益への影響額を示しています。例えばトヨタの場合、ドル円の想定為替レートは105円となっています。ドル円が、決算期間の平均が105円以下の円高であれば減益要因となります。105円以上の円安であれば増益要因となります。その影響は1円の円高に振れた場合、営業利益が400億円減少するということになります。1円の円安に振れれば400億円増益するということになります。興味深いのは、輸出企業であるソニーは、円高は営業利益の増益要因になっているということです。1円の円高が70億円の増益となるとのことです。これは、スマートフォンなどの部品の代金をドル建てで決済しているため、円高が進むほど調達コストが下がることによって生じています。ドル建ての製品輸出とドル建ての部品輸入を出来るだけ相殺することによって為替リスクを減じている代表例といえます。株価の予想をする上でも参考になります。このようにソニーの対応策も為替ヘッジの手法のひとつになります。ドル建て輸入が少なければ、債務(借入金や社債)をドル建てにすることによって、利益とコストの合算によって相殺するという手法もあります。

2017年3月期の想定為替レートと円高による影響

トヨタは105円の想定レートですが、日本経済新聞のアンケートによると主要企業360社の2017年3月期の想定為替レートは、105円の設定は15%と少なく、52%は110円とのことです。このことは110円では相当の売りが集中してくることが予想されます。また企業業績の点で見てみると、4月以降のドル円レートは、冒頭の表でもわかるように110円以下で推移している局面が圧倒的に多かったため、110円以上の時に為替ヘッジ(ドル売り予約)をしていれば、決算の減益を避けることが出来ますが、もし、ヘッジ比率が低ければ減益を余儀なくされてしまいます。更に年度後半で現在の100円前後のドル円レートが続けば、更に減益が膨らむことになります。

このような事態を避けるために、企業は想定為替レート以下の水準でも為替ヘッジを行ってくる可能性が高まってきます。更に年度途中で想定為替レートの修正を行い、現状の為替レートに対応した防衛策を取ってくる可能性が出てきます。これらの修正為替レートは常に新聞やニュースなどで注目しておくことが肝要です。もし、多くの企業が円高に修正してくれば、例えば110円から105円に修正してくれば、105円に売りが集中してくることが予想され、ドル円の上値を抑えてくる要因となります。

予想した通り、8月に入ってトヨタは決算の前提レートを102円として業績を下方修正しました。そして7月以降の想定為替レートを100円と設定しました。さすがトヨタです。世界情勢の現状を認識し、先行きについても円安に行くという楽観的見方を排除していることが伝わってきます。

日本の輸出企業の代表であるトヨタが想定為替レートを100円に変更したということは非常に重要な意味を持っています。ひとつは、あまり円安に動かないと見れば、100円以上であればドル円を売ってくることが予想されること。もうひとつは、トヨタが修正したことから他の輸出企業が修正してくる可能性が高まるということが予想されます。そうなると、105円以上ではなく、100円以上の水準から輸出企業のドル売り注文が増えてくるということが予想されます。輸出金額が減っているとは言え、これらの動向に注目しておくことは相場を予測する上では非常に重要です。企業の業績見通しや想定為替レートの話は、かなり頻繁に記事やニュースで取り上げられますので、ドル売りの注文がどのような水準で増えてくるかという発想で、これらの情報を捉えておくことが肝要です。