5月20-21日に開催されたG7(財務相・中央銀行総裁会議)は、日米の火花が散ることもなく、お互い主張したまま大人の決着となりました。この結果、為替市場への影響はほとんど与えることなく、翌週を迎えることが出来ました。大人の決着となった背景は、ドル円が105円台から110円台に戻していたことや、原油も反発し、株式市場も安定していたが大きな要因のようです。

しかし、年始からの荒れ相場が完全に収まったとはまだ言い切れない状況のようです。なぜなら米国の金融政策の不透明感、世界景気のもたつきなど火種はまだ燻っているからです。もし、再び株式市場が不安定となり、円高が進行した場合、105円に近付くにつれて為替介入が再び市場の注目材料となってきます。

米国の姿勢は、「秩序立った動き」であれば介入は無用との姿勢ですが、もし、米株が暴落し、ドル安になった場合は「無秩序な動き」と判断し、日本の介入について黙認する可能性もシナリオとしては十分に考えられます。いや、場合によっては、株も原油もドルも大暴落し、市場が大混乱となった場合は日米協調介入も起こり得るかもしれません。その時の有事に備えて、為替介入についての基本知識を、日銀のホームページを参考に下表のようにまとめてみました。

これらの項目について、経験を踏まえて補足しますと、

  • 「介入の目的」

    介入の目的は「為替相場の急激な変動を抑え、その安定化を図ること」と日銀のホームページには記されています。この意味するところは、ある特定の水準に為替相場を誘導することではないと理解されます。麻生財務相が105円台の突入を見て、「急激な変動には介入の用意がある」と発言しましたが、110円や115円に誘導するために介入をするというよりも、為替が短期間で大きく変動した場合、相場を安定させるために投機的な動きに対抗して介入を行う意味合いが大きいと思われます。

    介入の中にはスムージングオペレーションという概念があります。スムージングオペレーションは、為替の急激な変動に対してブレーキをかける役割となります。但し、初期反応は反発しても、相場の流れに逆行するブレーキなので流れを食い止める力にはなかなかなりえません。投機筋の中には、介入で反発したタイミングを狙って仕掛けてくることはよくあります。

    また、急激な円高によって日本の輸出企業などがドルを売りそびれてしまった場合には、介入によって反発した局面は絶好の売り場となり、ドル円の上昇を抑えることがよくあります。現在、105円台から反発したドル円は110円で足踏みしていますが、日本の主要輸出企業の社内為替レートが110円の会社が多いことが影響しているのかもしれません。輸出企業の動きは介入効果を減退させることになりますが、最近では、個人のFX投資家も介入と逆の動きで行動することが多いと言われています。

  • 「為替介入の決定、介入の執行」

    為替介入は新聞・ニュース等でしばしば「日銀が介入」との見出しで話題に上りますが、実際は、介入決定者は財務大臣であり、日銀総裁ではありません。黒田総裁が介入のことを記者に質問されても管轄事項ではないと返答します。従って、介入に関する発言については財務大臣の発言が重要になります。

    黒田総裁の異次元介入によってドル円は120円台まで円安に行きましたが、この円安過程で財務省は動いていません。この異次元緩和は通貨安誘導との批判が生じる可能性がありましたが、その時の世界の株式・金融市場にとってはプラスであったため、G7でもG20でも批判されることはありませんでした。しかし、今年に入って、通貨の競争的切り下げの回避は 目標としないことや、金融政策だけでは限界があるとG7,G20では確認されています。

  • 「口先介入」と「レートチェック」

    介入が実際に行われるまでは、「口先介入」→「レートチェック」→「介入」と流れる訳ですが、「口先介入」については、「為替市場の動きを注視する」から始まって、徐々にトーンが強くなってきますが、今回の局面での麻生財務相の「急激な変動には介入の用意がある」との発言は、かなり強いトーンと言えます。従って、105円台から反発したのですが、「口先」だけではやはり持続効果はありません。

    また、財務大臣よりも首相や大統領など上位の要人の発言はより大きな影響力を与えることになります。今年4月、安倍首相の「恣意的な為替介入は避けるべき」との発言が、当然のことながら円高にすかさず反応したのは記憶に新しいことです。この後麻生大臣の強いトーンの発言があったのですが、安倍首相の発言を打ち消すために強い表現になったのかもしれません。

    「レートチェック」は、日銀が銀行に現在のドル円レートの水準を聞くことですが、この行為は情報収集の一環として日常的に行われています。しかし、口先介入のトーンが強くなってくる局面では雰囲気は変わってきます。日銀から「今、ドル円はいくらですか?」と聞かれた場合、単なる情報収集のための問い合わせか、次に介入を依頼されるのかわからないため、日銀からのホットラインが入るとディーリングルームには緊張が走ります。また、マーケットでは、このような環境の中では日銀のレートチェックの噂だけでも相場が動くので注意が必要です。

  • 「単独介入」と「協調介入」

    今回、麻生財務相の頭の中にあった介入は「単独介入」だと思われます。おそらく、安倍首相と毎日のように、実際の介入手法について相談していたと思われます。しかし、単独介入といっても相手国の通貨を売買することになるため相手国の同意が必要になります。今回の場合は、円売り・ドル買い介入となるので介入をすればドル高ということになります。これは、米国企業の減益要因となるため米国が避けたい方向です。従ってサミットを前に米国の嫌がることを無理矢理行うことは政治的には得策ではありません。安倍首相とは、そのような事柄も相談していたと推測されます。従ってマーケットの大半は介入の実現性はかなり困難と見ていたと思われます。

    参考数字ですが、黒田日銀総裁は財務省の財務官時代(1999年7月~2003年1月)に、13兆5620億円の介入を実施しています。黒田総裁は口先介入も頻繁に行っていたこともあり、為替市場の機微は十分に理解されていると思います。

    「協調介入」は、数カ国(二国以上)で同時に為替市場に介入するため、「単独介入」よりも影響力が大きいと言えます。1985年のプラザ合意後のドル売り協調介入が代表例として挙げられます。ドル円が一日で20円動きました。この時の東京市場での日銀の介入はすさまじいものでした。しかし、それ以上に石油会社を中心とした日本企業の実需のドル買いが尋常ではない規模でした。それなのに円高にどんどん行くという相場でした。おそらく日銀も大蔵省も、銀行も、外為ブローカーも初めての経験だったのでパニックになっていたと思います。

    大規模介入のイメージが強いプラザ合意の介入ですが、実際に実行された介入金額は、102億ドルと言われています(内訳は米国32億ドル、日本30億ドル、ドイツ・フランス・英国を合わせて20億ドル、そして他の参加国20億ドル)。日本円では当時の250円換算で2兆5500億円。日本だけだと7500億円となりますが、その後の介入金額と比較しても決して大きいとは言えない金額です。黒田元財務官の介入金額よりはるかに小さい金額です。しかし、G5の最初の協調介入であり、ニクソンショック後の大きな転換点であったため、効果は絶大でした。プラザ合意前の240円台のドル円は、1年後には150円台となりました。

    「協調介入」は、各国の思惑が異なることも多く、また中々足並みを揃えることが難しいのも現実です。従って、市場がかなり不安定になり、世界経済が大混乱になる可能性が強いという局面でない限り、各国の足並みはなかなかそろいません。しかし、一旦足並みが揃えば、影響力は大きいため、為替市場から避難するのが得策です。

 今後、為替介入が実際に行われるかどうかはわかりませんが、プラザ合意以降の約30年の為替経験の中で、単独介入も協調介入も何回も経験しています。決して珍しいことではないので、今回実施されなかったといって油断することは出来ません。あまり動いていない地合いの時に介入の知識を勉強しておくことは、今後の相場シナリオを考える上できっと役に立つと思います。