8月号の概略

  • 7月の世界株式は堅調。日米欧で低金利環境が続くなか、過剰流動性の一部がリスク資産に染み出す。
  • 8月はBOE政策会合、米雇用統計、ジャクソンホール講演に注目。大統領選挙年のアノマリーが再現か。
  • 「あすなろ投資戦略」-米・配当貴族銘柄への分散投資に注目。国内市場でもイールドハンティングは優勢。

(1)7月は米国株式の最高値更新が日本株式を支えた

7月のグローバルマーケットでは、米国株式が主導して世界株式が堅調となりました。ダウ平均やS&P500指数が連日で史上最高値を更新したなか、外国人投資家は概してリスクオン(リスク選好)姿勢に転じ、ドル円にも底入れ感が広がりました。こうした米国株高と円安が国内株式(日経平均)の戻りを支えたと思われます(図表1)。ただ、FOMC(米連邦公開市場委員会)と日銀・金融政策決定会合の決定を受け、7月下旬は利益確定売りに押される展開に。特に7月29日は、日銀が追加緩和策の決定で量的緩和の拡大を見送ったことに加え、米国で発表された第2Q(4-6月期)の実質GDP成長率(前期比年率+1.2%)が市場予想(同+2.6%)を下回ったことで、為替はドル安・円高に反転しました。日経平均は当面、為替の動向をにらみながら、上値の重い展開となりそうです。

図表1:米ダウ平均、ドル円、日経平均の推移

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年6月末時点)

(2)日米欧の流動性拡大と世界景況感の底堅

なお、7月に世界株式が堅調となった背景として、日米欧のマネタリーベース総額が伸び続けている効果もあると考えられます。マネタリーベースとは、中央銀行が市中に供給している総資金量(中央銀行券の発行高+貨幣流通高+中銀の当座預金残高)を意味します。図表2でみる通り、日米欧の総資金供給量(ドル換算)は拡大を続けており、6月時点のマネタリーベース総額は、前年同月比約2割増の10兆ドル(約1000兆円強)に迫っています。

米国のマネタリーベース残高は、FRB(米連邦準備制度理事会)が2014年10月にQE(量的緩和策)を停止して以降横ばいで推移していますが、日本銀行とECB(欧州中央銀行)は量的緩和(資金供給)を当面続ける見通しです。マネタリーベースのうち、設備投資などに回る部分を除くほとんどが利子の付かない資金となっており、いわゆる「過剰流動性」(余っているマネー=リスク資産への待機資金)と位置付けられています。

中国経済、原油市況、BREXITを巡る不透明感がいったん落ち着いてきたなか、こうした流動性がリスク資産に染み出してきた可能性があります。経済見通しが比較的低調な局面でも、潤沢な流動性を背景に株式が堅調となった状況は過去何度もみられた現象であり、「不景気の株高」や「流動性相場(金融相場)」とも呼ばれます。

図表2:日米欧マネタリーベース総計(米ドル換算)の推移

(注)マネタリーベース=中央銀行が市中に供給する総資金量
(中銀券発行高+貨幣流通量+中銀当座預金残高)
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年6月末時点)

一方、IMF(国際通貨基金)が7月19日に発表した最新の世界経済見通し(World Economic Outlook)によると、リスク要因としてのBREXITの影響を織り込み、2016年と17年の世界の実質GDP成長率予想が0.1%ずつ引き下げされました。 とは言っても、16年の世界経済の実質成長率は前年比+3.1%、17年は同+3.4%と依然底堅い成長が見込まれています。中国の不良債権問題や欧州情勢に不確実性は残るものの、世界経済の緩やかな成長と緩和的な金融環境に支えられ、株式などリスク資産は底堅く推移していくと考えられます。

図表3:世界経済の成長率見通し(IMF最新予想)

*4月時点予想よりの修正幅、(出所)IMF(国際通貨基金/7月19日発表)より楽天証券経済研究所作成

(3)8月と9月に注目すべきイベント(主要材料)は

8-9月に予定されている注目イベントの一つとしては、BREXITによる経済的影響が懸念されている英国でのBOE(英中央銀行)会合(8/4)が挙げられます。BOEが利下げを決定すれば、ポンド相場を中心に為替相場が乱高下する可能性があり、当面の低金利環境長期化が確認されるでしょう。8月は日・米・ユーロ圏で中銀会合は予定されておらず、日・米・ユーロ圏で金融政策が変更されるとすれば、9月以降となりそうです。7月の米雇用統計発表(8/5)では、6月分と同様に雇用回復が確認されるかどうかが注目されます。雇用の増加だけでなく、時間当り賃金の上昇率に加速がみられれば、ジャクソンホール会合でのイエレンFRB議長講演を経て、年末までの追加利上げ観測が台頭。ドル金利(米国債利回り)が上昇して、ドル高(円安)観測が再浮上する可能性があります。

参考までに、8-9月に予定されている注目イベント(経済指標)について、世界市場への潜在的な影響度を定性的に判断し、「H(高)」、「M(中)」、「L(低)」と記しておきました(図表4)。

図表4:8月-9月の注目イベント(重要経済指標など)

(注)金融市場への潜在的な影響度を定性的に判断し、「H(高)」、「M(中)」、「L(低)」と付記しました。
(出所)各種報道などより楽天証券経済研究所作成(2016年8月初時点)

(4)米大統領選挙年の米国株アノマリーに注目

世界市場は、11月8日に実施される米大統領選挙の行方を注視しています。こうしたなか、「米大統領選挙年(夏季五輪開催年)の米国株式は上昇しやすい」とのアノマリー(市場の習慣性)に注目したいと思います。

1970年以降の大統領選挙年(夏季五輪開催年)11回(年)を振り返ると、米国株式(S&P500指数)の平均上昇率は約5.9%に留まりました。ただ、ITバブル崩壊で株価が下落(-11.1%)した2000年と、リーマンショックで株価が下落(-38.5%)した2008年を除くと、9回平均で約13.9%上昇したことがわかります。

また、年後半にかけての株価堅調傾向もみてとれます(図表5)。これは、年前半に相場の重石となっていた大統領選を巡る不透明感や不確実性が、共和党大会、民主党大会、大統領候補者TV討論会を経てその形勢が鮮明となるに連れ、翌年誕生する新政権の経済政策に可視性(Visibility)が高まるから、と言われています。なお、選挙時の政権党の下で(曲がりなりにも)経済成長が続いている場合、政策の継続性が見込まれる与党候補者(現在は民主党・クリントン候補)に有利とさます。

参考までに、「大統領選挙を巡る予測市場(Prediction Market of U.S. Presidential Election/Pivitが公表)」による当選確率では、「クリントン71%対トランプ29%」となっています(7月30日時点)。ただ、トランプ候補が巻き返す事態となれば、不透明感や警戒感が再来し、米国株式やドル相場が乱高下する可能性があり注意が必要です。

図表5:米大統領選挙年(夏季五輪開催年)の米国株式市場

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成
(1970年以降の11回(年)の例で検証)

あすなろ投資戦略

本コラムでは、「あす(将来)はきょう(現在)より良くなろう」をイメージし、投資家ニーズに応じた中長期の投資戦略をご紹介して参ります。 今月は、「配当貴族(連続増配)銘柄への分散投資」をご紹介したいと思います。

(1)米国の配当貴族指数の優勢が続きそう

世界市場のなかで比較的堅調な動きをみせる米国株式市場で、配当貴族指数(S&P500 Dividend Aristocrats Index)の優勢が鮮明となっています。株式における「配当(インカム)」は、企業がその生み出した利益の一部を株主(投資家)に還元するものですが、低金利環境においてはイールドハンティング(利回り追及)ニーズを背景に、「配当の安定性」や「増配(配当の増加)期待」が注目される傾向があります。配当貴族指数は、米国を代表する大企業から成るS&P500指数銘柄のうち、「25年以上連続して増配してきた銘柄群(現在は50社)」で構成されます。

2000年初を起点に、配当貴族指数と市場平均(S&P500指数)の総収益(トータルリターン)の推移を振り返ると、配当貴族指数が米国株式平均の約2.4倍の投資成果をもたらしてきたことがわかります(図表A)。景気後退などで売上や利益に減少圧力がかかってきた局面でも、配当貴族指数の銘柄群が「株主重視」の経営姿勢で配当を増額し続けたことが市場から評価されてきたと考えられます。

図表A:米国の配当貴族指数と米国株平均の推移

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年7月末)

(2)配当貴族における米国の大型優良銘柄群

米国市場では、物色テーマとして「ニューソブリン」(債券型株式)との言葉が注目されています。金利(利回り)低下で投資魅力が薄れたソブリン債(国債や政府機関債)に代わる投資対象として、時価総額が大きく流動性が高い大型優良銘柄群(=比較的安全性が高い銘柄群)のうち、配当(=債券のクーポンに相当)が比較的安定した銘柄が選好されやすい、と言うものです。

上記した配当貴族指数を構成する銘柄群のうち、時価総額上位10社を一覧(図表B)にすると、どれも各業界を代表する大型優良銘柄となっています。これら銘柄群は、インカムに相当する配当を増加させてきた点で、債券(確定利付き証券)より魅力的な特徴があると言えそうです。株式のボラティリティ(価格変動性)が債券より高い点に留意すべきですが、低金利環境下でイールドハンティング(利回り追求)ニーズが強まるなか、こうした配当貴族銘柄群がニューソブリンの一角として投資ニーズを引き付けていくと考えます。

図表B:米国株式市場の配当貴族銘柄(参考例)

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年7月29日)

(3)日本の「連続増配銘柄群」も比較的に優勢

米国と同様、国内(日本)市場でも「増配を続けている企業群(連続増配銘柄群)」が投資家から評価されやすくなっています。国内でも「株主を意識した経営」が問われ始めており、企業側も株主還元策として増配に前向きな姿勢を示す例が多くなっています。図表Cは、最近の米国・米配当貴族指数(左)と日本・連続増配指数(右)の推移を示したもので、どちらも今年になり市場平均をアウトパフォーム(優勢に推移)している状況がわかります。

図表C:米国の配当貴族指数と日本の連続増配指数の推移(2015年10月初来)

(注1)米国・配当貴族指数(S&P500 Dividend Aristocrats Index)は、S&P500指数構成銘柄のうち25年
以上連続増配してきた企業で構成されている。
(注2)日本・連続増配指数(Nomura Japan Consecutively Increased Dividend Index)は、国内市場で一定期間以上連続増配してきた企業で構成されている。
(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年7月29日)

(4)日本の連続増配銘柄(参考例)と中長期パフォーマンス

日本では、「配当貴族」と呼べる銘柄(米国市場のように25年以上連続して増配してきた銘柄)は花王しかありません(2016年7月現在)。ただ、「連続増配実績が比較的長い」企業群のうち、グローバルグロース(世界経済の成長)や為替の変動から影響を受けにくい「安定成長業種」もしくは「情報通信サービス業種」に属する連続増配銘柄の株価パフォーマンスを返ってみると、市場平均(TOPIX)より優勢であったことがわかります(図表Dと図表E)。

 こうした連続増配銘柄への分散投資は、「株式投資の原点である配当収入を安定的に得ていく投資手法」として注目され続けると考えています。

図表D:東京株式市場の連続増配銘柄例(参考情報)

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年7月29日)

図表E:連続増配銘柄群の相対パフォーマンス

(出所)Bloombergのデータより楽天証券経済研究所作成(2016年7月29日)