米国で「反ESG法」の制定が広がる

 2023年5月、米フロリダ州で、「反ESG法」が成立しました。年金基金に投資先を選別する際に、ESG要素を考慮せず、収益を最優先することなどを規定しました。共和党のデサンティス知事が成立を主導しました。

 米国の二大政党は、共和党と民主党です。共和党は、環境対策よりも経済を重視する傾向があることから、民主党オバマ政権が主導してきたサステナビリティ規制には、反対の立場です。2022年以降、脱炭素投資のパフォーマンス不振が続くにつれ、年金がESGを重視することに苛立ちが高まっていました。

トヨタ自動車豊田章男会長に反対投票を推奨するグラスルイス

 ESGを重視する影響が、いろいろな形で現れるようになりました。6月14日に実施されたトヨタ自動車の株主総会で、異変が起こりました。豊田章男会長の取締役再任への賛成率が84.57%と、前年の95.58%から大きく低下したことです。

 米国の議決権行使助言会社グラスルイスが、豊田会長の再任に反対するように推奨したことを受けて、海外機関投資家の一部が反対票を投じたと考えられます。近年、年金基金など、助言会社の推奨にしたがって議決権行使する機関投資家が増えていますが、米議決権行使助言会社グラスルイスやISSは一定の影響力があります。

 ISSは会長再任に賛成を推奨しましたが、グラスルイスが反対を推奨したため、賛成率が低下したと考えられます。

 これまで章男氏の経営手腕に対する機関投資家の信任は厚く、同氏再任に対する賛成率は、議決権行使結果の開示が始まった2010年以降、93%を下回ったことがありませんでした。トヨタ自動車の業績は今期(2024年3月期)も好調の見通しで、同社が5月10日に公表した今期営業利益予想は3兆円と過去最高を見込んでいます。

 同時に、上限1,500億円の自社株買いも発表しています。業績好調で、株主への利益配分にも積極的なトヨタ自動車の会長再任に対して、グラスルイスはなぜ反対を推奨したのでしょうか。

 グラスルイスが問題としたのは、独立社外取締役の「独立性」です。独立社外取締役の候補としてトヨタが選任・提案した4人のうちの1人、大島真彦氏がトヨタの主要取引銀行である三井住友銀行の副会長であることから、独立の社外取締役とは認められないとしました。

 そのため、「取締役会の独立性に懸念がある」として、取締役会議長を務める豊田会長再任に反対を推奨しました。

 これは、表向きの理由で、本当の理由は別にあると筆者は考えています。グローバルに脱炭素が進められ、公的年金などの機関投資家に責任投資が要請される時代に、ガソリン車メーカーで世界最大手のトヨタ自動車の議案の一部に、なんらかの形で「反対」を表明する必要があったのではないでしょうか。

 豊田会長の再任に、米国最大の公的年金基金である加州(カリフォルニア州)職員退職年金基金は、反対票を投じたと公表しています。取締役会の独立性を問題としていますが、その理由にも疑問符が付きます。

 カリフォルニア州は全米の中でもっとも環境規制が厳しく、独自のZEV規制(ゼロエミッション車規制)を有します。そのカリフォルニア州の公的年金の運用を受託する基金として、ガソリン車トップメーカーのトヨタ議案に、なんらかの形で反対を表明する必要があったのではないでしょうか。

 加州基金は今年だけでなく、昨年の株主総会でも豊田氏などの再任に反対票を投じています。ということは、加州基金はグラスルイスの助言で反対投票したのではなく、むしろ逆ではないでしょうか。

 あくまでも推測ですが、加州基金の反対投票が、グラスルイスの助言に影響したのではないでしょうか。加州基金は「モノ言う株主」としてグローバルなオピニオン・リーダーであり、グラスルイスはそこを考慮した可能性もあります。

 私は、加州基金の反対投票は、重要な矛盾を含んでいると考えます。もし、同基金の意見が通り、豊田会長の再任が否決されたらどうなるでしょう? 偉大なリーダーを失うことを嫌気してトヨタ株は急落するでしょう。トヨタ株を保有し続ける加州基金がトヨタ株の株価急落を招くような議決権行使を行うことは、矛盾を含んでいると考えます。

 私は、トヨタ自動車は、地球環境を守るための最先端の技術開発を進めている、環境重視企業と高く評価しています。世界一、燃費の良いハイブリッド車を開発して普及させた功績、燃料電池車やEV用全固体電池の開発などでも、世界最先端に位置します。

 人類が自動車無しでは済まされない現実に対応し、少しずつ脱炭素に向けて、合理的なステップで技術開発を進めていることは、高く評価されて良いと考えています。

 どんなに効率的に化石燃料を使っても、化石燃料を使う限り、全て「悪」と決めつけ、トヨタ自動車の経営も問題視する、欧州主導のESGは現実に根ざしていないと思います。