2021年に好パフォーマンスの「脱炭素」投資、2022年以降は不振

 化石燃料を使わず自然エネルギーだけで人類が使うエネルギーを全てまかなう「エネルギー循環社会」をめざした取り組みは、年々進化しています。ただし、それを進めるためのESG投資・サステナブル投資【注】に、2022年以降、強い逆風が吹いています。

【注】ESG投資・サステナブル投資

 ESG(イーエスジー)とは、E(環境経営)・S(社会的責任)・G(ガバナンス)の3項目の頭文字をつなげた造語です。企業に、自社利益だけでなく環境・社会との共生を求める基準です。ESGを重視することが経営基盤を強化して長期的な企業価値を高めるとの考えが背景にあります。中でも近年はE(環境経営、気候問題への対処)の重要性が高まっています。

 ESGと極めて近い概念として、近年ひんぱんに使われるようになった言葉が「サステナビリティ(持続可能性)」です。近年は、ESG投資といわず、サステナブル投資(サステナビリティを重視する投資)ということが多くなりました。

 SDGs(エスディージィーズ:持続可能な開発目標)もよく聞くようになりました。SDGsとは、2015年に国連が採択した「サステナブルな世界を目指すための17の目標」から構成されます。「SDGsを重視した投資」という言い方もありますが、これもESG投資・サステナブル投資とほぼ同じ概念です。

 ESG投資のパフォーマンスは、2021年には「非常に好調」でした。2021年は、環境、脱炭素を重視するESG投資が大躍進しました。米国で環境を重視するバイデン政権が成立した影響が大きく、欧州に加えて米国が脱炭素の目標を示すようになったことで、世界的な脱炭素の流れが加速しました。

 米国だけでなく、中国やインドなど、石炭火力発電への依存が高い国々も脱炭素の目標を示すようになりました。石炭使用による大気汚染が深刻で、脱石炭が喫緊の課題となったためです。

 こうして脱炭素の機運が世界中で盛り上がる中、株式市場では、石炭など化石燃料ビジネスを手掛ける企業の株価が下落し、EV(電気自動車)など電気を使うことでCO2(二酸化炭素)排出を抑える企業の株価が大きく上昇しました。EV関連株に積極投資したESGファンドは、EV関連株の上昇によって好パフォーマンスをあげました。

 ところが、2022年以降、その逆流が起こりました。2022年は世界景気回復に加え、2月にウクライナ危機が起こった影響から、原油・天然ガス・石炭などエネルギー価格が一斉に急騰しました。そのためESG基準で投資除外銘柄となることが多い化石燃料関連株が急騰しました。

 ロシアによるウクライナ侵攻を受けて、軍事・防衛関連株も一時上昇しました。一方、2021年に上昇したEV関連株は軒並み大きく下落しました。ESG投資で積極的に買ってきた銘柄が下がり、「買ってはいけない」銘柄が急騰したため、2022年以降、ESG投資は不振となりました。

米国で「反ESG法」の制定が広がる

 2023年5月、米フロリダ州で、「反ESG法」が成立しました。年金基金に投資先を選別する際に、ESG要素を考慮せず、収益を最優先することなどを規定しました。共和党のデサンティス知事が成立を主導しました。

 米国の二大政党は、共和党と民主党です。共和党は、環境対策よりも経済を重視する傾向があることから、民主党オバマ政権が主導してきたサステナビリティ規制には、反対の立場です。2022年以降、脱炭素投資のパフォーマンス不振が続くにつれ、年金がESGを重視することに苛立ちが高まっていました。

トヨタ自動車豊田章男会長に反対投票を推奨するグラスルイス

 ESGを重視する影響が、いろいろな形で現れるようになりました。6月14日に実施されたトヨタ自動車の株主総会で、異変が起こりました。豊田章男会長の取締役再任への賛成率が84.57%と、前年の95.58%から大きく低下したことです。

 米国の議決権行使助言会社グラスルイスが、豊田会長の再任に反対するように推奨したことを受けて、海外機関投資家の一部が反対票を投じたと考えられます。近年、年金基金など、助言会社の推奨にしたがって議決権行使する機関投資家が増えていますが、米議決権行使助言会社グラスルイスやISSは一定の影響力があります。

 ISSは会長再任に賛成を推奨しましたが、グラスルイスが反対を推奨したため、賛成率が低下したと考えられます。

 これまで章男氏の経営手腕に対する機関投資家の信任は厚く、同氏再任に対する賛成率は、議決権行使結果の開示が始まった2010年以降、93%を下回ったことがありませんでした。トヨタ自動車の業績は今期(2024年3月期)も好調の見通しで、同社が5月10日に公表した今期営業利益予想は3兆円と過去最高を見込んでいます。

 同時に、上限1,500億円の自社株買いも発表しています。業績好調で、株主への利益配分にも積極的なトヨタ自動車の会長再任に対して、グラスルイスはなぜ反対を推奨したのでしょうか。

 グラスルイスが問題としたのは、独立社外取締役の「独立性」です。独立社外取締役の候補としてトヨタが選任・提案した4人のうちの1人、大島真彦氏がトヨタの主要取引銀行である三井住友銀行の副会長であることから、独立の社外取締役とは認められないとしました。

 そのため、「取締役会の独立性に懸念がある」として、取締役会議長を務める豊田会長再任に反対を推奨しました。

 これは、表向きの理由で、本当の理由は別にあると筆者は考えています。グローバルに脱炭素が進められ、公的年金などの機関投資家に責任投資が要請される時代に、ガソリン車メーカーで世界最大手のトヨタ自動車の議案の一部に、なんらかの形で「反対」を表明する必要があったのではないでしょうか。

 豊田会長の再任に、米国最大の公的年金基金である加州(カリフォルニア州)職員退職年金基金は、反対票を投じたと公表しています。取締役会の独立性を問題としていますが、その理由にも疑問符が付きます。

 カリフォルニア州は全米の中でもっとも環境規制が厳しく、独自のZEV規制(ゼロエミッション車規制)を有します。そのカリフォルニア州の公的年金の運用を受託する基金として、ガソリン車トップメーカーのトヨタ議案に、なんらかの形で反対を表明する必要があったのではないでしょうか。

 加州基金は今年だけでなく、昨年の株主総会でも豊田氏などの再任に反対票を投じています。ということは、加州基金はグラスルイスの助言で反対投票したのではなく、むしろ逆ではないでしょうか。

 あくまでも推測ですが、加州基金の反対投票が、グラスルイスの助言に影響したのではないでしょうか。加州基金は「モノ言う株主」としてグローバルなオピニオン・リーダーであり、グラスルイスはそこを考慮した可能性もあります。

 私は、加州基金の反対投票は、重要な矛盾を含んでいると考えます。もし、同基金の意見が通り、豊田会長の再任が否決されたらどうなるでしょう? 偉大なリーダーを失うことを嫌気してトヨタ株は急落するでしょう。トヨタ株を保有し続ける加州基金がトヨタ株の株価急落を招くような議決権行使を行うことは、矛盾を含んでいると考えます。

 私は、トヨタ自動車は、地球環境を守るための最先端の技術開発を進めている、環境重視企業と高く評価しています。世界一、燃費の良いハイブリッド車を開発して普及させた功績、燃料電池車やEV用全固体電池の開発などでも、世界最先端に位置します。

 人類が自動車無しでは済まされない現実に対応し、少しずつ脱炭素に向けて、合理的なステップで技術開発を進めていることは、高く評価されて良いと考えています。

 どんなに効率的に化石燃料を使っても、化石燃料を使う限り、全て「悪」と決めつけ、トヨタ自動車の経営も問題視する、欧州主導のESGは現実に根ざしていないと思います。

私が考えるサステナブル投資

 2022年以降、脱炭素を目指すESG投資のパフォーマンスは不振でした。ひとくくりにESG投資といってもいろいろな種類があるので、全て不振だったとはいえませんが、少なくとも欧州を中心に作られた環境基準に忠実に従ったファンドのパフォーマンスは不振でした。

 一方、私が考えるサステナブル投資は、昨年も好パフォーマンスです。私の考えるサステナブル投資では、昨年株価が急騰したLNG(液化天然ガス)関連株に、積極投資するからです。私は、脱炭素を進めるには二つのステップが必要と考えています。

【1】脱炭素の第1ステップ

 第1ステップでは、自然エネルギー発電の拡大を目指すもののまだ発電量が少ないので、一気に脱炭素を進めることはできません。そこで、まず「脱石炭」を徹底するとともに、LNG(液化天然ガス)の活用、省エネ環境技術の活用、原子力発電の活用が重要になります。

 既存の化石燃料の効率利用を徹底しながら、自然エネルギーへの転換をはかっていくのが、第1ステップです。

 自然エネルギー発電を拡大するために、ガス火力発電は必要です。なぜならば、太陽光・風力発電など自然エネルギーは出力が安定しないからです。発電量が急に拡大したり縮小したりすると、無駄に電気を捨てたり、大規模停電を起こすリスクが高まります。そうならないように機動的に出力を調整する「調整電源」が必要です。

 現時点で、自然エネルギーの急な拡大縮小に合わせて出力を調整できるのは「ガス火力発電」しかありません(将来的には水素発電がその役割を担いますが、それは第2ステップの話です)。

【2】脱炭素の第2ステップ

 第2ステップで、自然エネルギーの発電量が急拡大した後、天然ガスや原子力発電への依存を低下させ、最終的に自然エネルギーだけで人類が使うエネルギーを全てまかなう「エネルギー循環社会」を実現します。

 欧州中心に作られた環境投資基準は、当初、一気に第2ステップを目指すものとなっていました。天然ガスを含め全ての化石燃料に関連するビジネスを「悪」とする考えがありました。現実的でない基準を作ってきた矛盾が、2022年に噴出したと私は考えています。

 ただし、EU(欧州共同体)内でも、最近は現実的な議論が行われるようになっています。原子力と天然ガスをESGの対象に含めるか議論が行われた結果、現段階では、EU公式見解として、原子力と天然ガスをESGの対象としています。原子力と天然ガスをESGに含めることに欧州では根強い反対論がありますが、公式見解は現実路線に寄っています。

 EUもようやく認めたように、今は第1ステップなので、脱石炭を進めるために、LNG活用企業が重要な役割を果たす段階です。中国やインドなど石炭火力発電への依存が高い国を全てガス火力発電に切り替えるために、LNGの開発投資は重要です。

 中東の油田で利用されずに焼却処理されているガスをLNGに切り替え、もれなく使っていくことは地球環境にとって重要と考えています。

サステナブル投資が重要の考えは不変

 ESG投資、サステナブル投資が重要という私の考えは変わりません。私が考えるESG基準で私はファンドマネージャー時代に投資銘柄を選別してきました。2014年以降、楽天証券でストラテジストとなってからも、その考えで推奨銘柄を選別してきました。

 2021年末からINPEX(1605)を買い推奨してきたのも、三菱商事(8058)を長く買い推奨してきたのも、その考えの一環です。両銘柄とも、今でも買い推奨を継続しています。

 これからも、私の考える基準で、サステナブルな地球に貢献していくと判断する企業を、いろいろご紹介していく所存です。

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