米利上げ「停止」から「継続」でドル高円安に

 1ドル=138円台の為替相場の均衡は、先週後半から米国の堅調な経済指標と予想を上回る物価指標が公表されたことで、円安方向に崩れていきました。そして、27日(土)に米政府の債務上限問題が原則合意したことが報じられ、週明け29日(月)の外国為替市場で1ドル=140円90銭台まで円安が進みました。

 果たして、1ドル=140円を超すドル高円安が定着し、145円、150円台を目指すのでしょうか。

 まず直近で発表された米国の経済指標を振り返ってみます。2023年1-3月期GDP(国内総生産)の改定値が25日(木)に公表され、速報値(前期比1.1%増)から、1.3%増に上方修正されました。堅調な米経済を受けて、ドル相場は昨年11月以来、約6カ月ぶりに1ドル=140円台のドル高円安となりました。

 ドル相場は26日にいったん139円台半ばに下落した後、4月PCEコアデフレーターがその日に公表されると、140円台後半まで上昇しました。PCEコアデフレーターは米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が物価動向を判断する際に重視する指標です。4月PCEコアデフレーターは前年同月比4.7%の上昇となり、上昇率は市場予想を超え、前月(4.6%上昇)も上回りました。このことから、FRBによる利上げ観測が強まりました。

 米ミシガン大学が26日に公表した5月の消費者信頼感指数・確報値は59.2と速報値の57.7から予想以上に上方修正されました。一方、期待インフレ率の1年期待が4.5%→4.2%に、5-10年期待が3.2%→3.1%と速報値から下方修正されたため、金利高やドル高の影響は相殺されました。

 5月に公表された米国の経済指標では、米国労働市場の堅調さと物価高のしぶとさが確認されました。この結果、米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)の6月会合(6月13、14日)で利上げ停止があるとの観測が市場から後退し、利上げ期待がぐっと高まりました。7月会合でも利上げ期待が浮上してきています。そして、今年後半の利下げ観測はかなり後退しました。

 今回の円安は、この6月の「利上げ停止」から「利上げ継続」に市場の見方が変わったことで米長期金利が上昇して起こりました。しかし、昨秋と同じように1ドル=145円、150円とドル高円安が進む展開は、FRBがこれまでのような急激な利上げを今後も続けることにならない限り、かなり難しいのではないかと考えています。

 堅調な米労働市場も5月の非農業部門雇用者数の伸びは鈍化して20万人割れの予想となっています。5月31日公表の4月雇用動向調査(JOLTS)の求人件数(減少予想)と、6月2日発表の米5月雇用統計とともに注目したいと思います。

 しぶとい物価高も昨年の水準からは上昇幅は鈍化してきています。このような環境で、6月に利上げがあったとしてもその先もさらに利上げがあるかどうかは、まだまだ見通しづらい状態が続くことが予想されます。ドル高も6月の利上げがされた場合、その後は様子見になりそうです。

 米国の政策金利は、FOMCの5月会合で0.25%引き上げられことで、5.00~5.25%になりました。この水準は、FOMCの3月会合で示された2023年末の金利見通し5.125%(中央値)に既に到達しています。

 3カ月ごとに示されるこの金利見通しは6月会合でも公表されます。FRBがさらなる利上げを望むのであれば、この金利見通しがどの程度引き上げられるのかも注目です。FOMC参加者で見通しにばらつきがあっても中央値でそれほど上方修正されることがなければ、失望感の方が勝るかもしれません。

米債務上限問題、議会審議難航する恐れも

 今回のもうひとつの円安要因である米政府の債務上限引き上げ問題についてもまだまだ警戒を解くわけにはいきません。

 バイデン大統領とマッカーシー下院議長は27日(土)に債務上限引き上げ問題の原則合意に達し、28日(日)にこの合意に基づく法案を公表しました。合意内容は、2025年1月まで上限の適用を停止する一方、2024、2025年度の2年間にわたり歳出を抑制するとの内容です。政府の資金が枯渇する恐れがある6月5日までに議会上下両院で可決することを目指しています(イエレン財務長官は政府の資金繰りが行き詰まる「Xデー」が早ければ6月1日に至るとの見通しから5日に変更しています)。

 この報道を受けて、週明け29日(月)のドル相場は140.90円近辺までドル高円安が進みました。しかし、英米市場が休場ということもあってポジション調整や利食いのドル売りがみられ、ドルの上昇は一服しています。

 債務上限引き上げ法案については、マッカーシー下院議長は5月31日の議会で採決すると表明しました。バイデン大統領とマッカーシー下院議長は、どちらも交渉で成果を勝ち取ったとアピールしていますが、共和党の保守強硬派、民主党の急進左派の双方から「譲歩しすぎだ」と批判の声が上がっています。上下両院の採決までには審議が難航する恐れもあります。

為替介入警戒と日銀政策変更期待が再浮上

 1ドル=140円を超えてくると、日本政府・日銀による為替介入への警戒感が高まってきます。実際に介入が行われるかどうか分かりませんが、警戒が強まることは円安進行へのブレーキになります。

 昨年の介入は9月22日に145円を超えるドル高円安になったところで、実施されました。それに先立つ9月8日に財務省・金融庁・日本銀行による三者会合が実施され、市場をけん制しています。

 足元の1ドル=140円台の円安を受けて、この三者会合が5月30日夕方、開催されました。財務省の神田真人財務官は会合後、為替相場の動向について「過度な変動は好ましくない」と話し、「必要があれば適切に対応していく」と強調しました。

 また、為替介入の可能性については「必要があればあらゆるオプションを否定しないが、今どういう状況にあるかはコメントを控える」と述べるにとどめました。

 三者会合開催によって、1ドル=141円目前から140円台前半までドルは下落し、円高が進みました。ただ、介入の実施など具体的な言及がなかったため円安に戻りました。しかし、海外時間にかけて再び円高に動いているところをみると、やはり介入警戒感はくすぶっているのかもしれません。

 円安は株価上昇の要因となっていますが、物価押し上げ要因にもなり得ます。そのため、政府が内閣支持率を気にして神経質になることも予想されます。金融当局と同時に政府の動きにも注目する必要があります。

 現状の円安の構図を円高に転換させる大きな要因として日銀の政策変更があります。日銀の政策変更観測は足元ではかなり後退しています。しかし、物価動向次第では突然浮上してくるかもしれないため、常に物価動向をにらみながら注視する必要があります。

 日銀の植田和男総裁は5月30日、参議院財政金融委員会で、現行の金融緩和を継続していく姿勢を改めて示しました。

 また、物価見通しについて「2023年度半ばにかけてかなりはっきり下がっていく見通しを持っている」と説明し、「2023年度後半、2024年度以降の見通しは現時点ではかなり不確実なものだ」とも語っています。しかし、物価高が植田総裁の見通しのように収まらず、上昇傾向を維持した場合、日銀の政策変更への期待が浮上してくる可能性があります。

 日本の生鮮食品・エネルギーを除いたCPI(消費者物価指数)について直近の推移をみると、前年同月と比較した上昇率は今年1月は3.2%、2月は3.5%、3月は3.8%、4月は4.1%と上昇傾向が続いています。政府の電気・ガス料金負担軽減策による物価低下効果はここには反映されていないため、物価は根強い上昇を示しています。

 そして、マーケットがこの材料に注目すれば、日銀の政策変更期待が急浮上してくることが予想されるため注意が必要です。

 一方、米国の食品・エネルギーを除いたCPIの上昇はいったん鈍化傾向を示した後、5.5%近辺で横ばいの推移となっています。この状態が続くのであれば、米国の政策金利の利上げは早晩打ち止め・様子見となるでしょう。