10月に入ってドル/円はあっさりと1ドル=145円をブレイクし、一時149円台へ円安となりました。このまま円安が進み、150円を突破するのでしょうか。まずは、149円台への円安の背景を見てみます。
主な理由は以下の二つです。
- それまで日銀の引き締め姿勢を容認していた石破茂氏が首相になると一転、「追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と発言し、市場は驚きとともに日本銀行の利上げ期待が後退したこと。
- 米9月雇用統計が予想以上の好結果となり、市場にはポジティブサプライズとなって年内の大幅利下げ期待がほぼなくなり、市場にソフトランディングの安心感を与えたこと。
この2点について詳しく見てみます。
2日、石破新首相が初めて日銀の植田和男総裁と会談した後に、「個人的には」としながらも「追加の利上げをするような環境にあるとは考えていない」と豹変(ひょうへん)の発言をし、市場は驚きました。
27日の自民党総裁選の第1回投票で、日銀の利上げに反対する高市早苗氏優勢の報道が伝わると1ドル=146円台の円安になりましたが、決選投票で石破氏の勝利が伝わると142円台後半に円が急騰しました。
なぜなら、石破氏はそれまで日銀の引き締め姿勢を容認していたからです。その石破氏が首相になった途端に一転して、「現在は追加利上げをするような環境にはない」との見解を示したことから、市場にとってサプライズとなりました。この発言を受け、日銀の利上げ期待が後退し、円安となったのです。
そして、4日の米9月雇用統計は、発表直後のTVインタビューでグールズビー米シカゴ連邦準備銀行総裁が「雇用統計はこれ以上ない結果だ」と述べたように、非農業部門雇用者数が24.5万人と予想を大幅に上回りました。
また、過去2カ月分も7.2万人の上方修正、失業率も4.1%と2カ月連続で改善し、予想も下回りました。7月、8月分の非農業部門雇用者数が予想を下回っていたことから労働市場減速が懸念材料だった市場の警戒心を一蹴した内容でした。
この石破発言と米雇用統計の好結果を受けて、米10年債利回りは急上昇し、一時4%を超え、ドル/円は2日間で5円弱の円安となりました。
石破首相の変心発言は総選挙に向けた株式市場の買い支えを狙ったものと市場はみていますが、ころころ変わる石破氏のことだから円安が止まらないとけん制してくることも予想されるため、その言動には注意する必要がありそうです。
早速、3日の夜には急速な円安を受けて発言を修正しました。石破首相は利上げに否定的な発言について、政策判断に「時間的な余裕がある」とした植田総裁の認識を説明し、「私もそのような理解を示しているということを申し上げた」と釈明しました。
一方、日銀はこのような騒動があっても金融正常化の方針を変えないと思われます。むしろ、今回の騒動で日銀を取り巻く環境が変わったことが2点あります。
1点目は、1ドル=140円と比べて円安になったことは、植田総裁が指摘した「時間的余裕」が少なくなる方向になるため、日銀の利上げ時期の判断を早めることにつながるかもしれないという点です。
もう1点は、米雇用統計の好結果によって日銀の望む利上げ環境に近づいたという点です。日銀は追加利上げを慎重に判断する材料として米国経済の不透明感を強調しています。米雇用統計の結果はその不透明感を払拭(ふっしょく)させ、米国のソフトランディング期待が高まって、10月はないとしても12月、1月の追加利上げ期待は強まるかもしれません。
日銀の追加利上げ期待は円高要因ですので、ここからの円安進行は抑制的になることが予想されます。
日銀は選挙が終わるまで発言は慎重になるかもしれませんが、衆院選挙後(10月27日)の日銀会合(10月30~31日)の植田総裁の発言に注目です。
米雇用統計の好結果を受けても、11月の0.25%利下げは変わらないとの見方が市場の大勢です。先行きの米政策金利の織り込み度を示す米国CME(シカゴ先物取引所)のフェドウオッチ(FedWatch)によると、11月6~7日のFOMC(米連邦公開市場委員会)での0.50%の利下げ予想確率は0%になった一方で、0.25%の利下げは86%に上昇しました。
そして12月の0.25%利下げ確率は78%に上昇しており、市場は、年内0.50%の利下げをみています。
一方で、これまで0%だった据え置き予想(利下げなしの予想)が11月に13%に上昇している状況となっています。米雇用統計発表後、据え置き予想が浮上してきたことには留意する必要があります。今後もよい経済指標が次々と発表されれば、この確率が高まり、金利は上昇してドル高になることも想定されます。
今週は10日に米国9月CPI(消費者物価指数)が発表され、低下予想となっています。予想通りであれば、11月の利下げ観測が強まり、ドル安に反応し、1ドル=150円方向から遠ざかる材料になることが予想されます。
CPIが予想を上回っても軽微であれば、11月利下げ路線に変更はないと思われますが、大きく上回れば、11月利下げ期待が後退することも予想されるため注意が必要です。
メインシナリオとしては、インフレ低下傾向が変わらなければ、米経済の底堅さや日米金融政策の方向性(FRB(米連邦準備制度理事会)年内0.50%利下げ、日銀 12月か1月に追加利上げ)を理由にドル/円をここから買い上がるには限界があると思われます。
中東情勢の緊迫化もドル/円の重しとなっているようです。イスラエルのイランへの報復が核施設を狙った場合、有事のドル買い、円買いが起こるかもしれません。しかし、石油施設を狙った場合は、原油上昇によってドル買い、円売りになることが予想されるため注意が必要です。
今週に入ってドル/円は、石破首相の発言修正や三村淳財務官の円安けん制発言、中東情勢によって1ドル=148円を挟んだ展開となっており、まだ次の方向性は見えていません。
9月の米雇用統計を絶賛したグールズビー米シカゴ連銀総裁は同じインタビューで、単月のデータを過度に重視することには警鐘を鳴らしています。そしてインフレ率が目標の2%を下回るリスクがあるとの見方も示しました。
今後発表される米国経済・物価指標によって、11月のFOMC、10月末や12月の日銀会合への思惑がまだまだ交錯しそうです。