1ドル135円からドル上値重く、主要中央銀行会合は大波乱なし

 5月の対円でのドル相場は1ドル=136円台で始まりました。RBA(オーストラリア準備銀行)が2日、予想外の利上げ(0.25%)をしたことによって豪ドルが円に対して上昇。それによって米ドルも円に対して連れ高となり、1ドル=137円台後半に上昇しました。

 しかし、その後2日から3日にかけて、地方銀行の破たんが相次いだ米銀行セクターへの警戒から、1ドル=135円台まで下落。米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)の結果公表待ちとなりました。

 米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)が2~3日に開いたFOMCでは予想通り0.25%の利上げを決め、政策金利は5.00~5.25%になりました。3日に公表されたFOMCの声明文では、これまであった「追加の引き締めが適切」との文言が削除され、次回の会合以降に、利上げを停止する可能性が示唆されました。

 しかも、FRBのパウエル議長がFOMC後の記者会見で利上げ停止時期に関して「近づいている感触。すぐそこの可能性も」と述べました。この発言が次の6月会合で利上げを停止する可能性を示唆したと受け止められ、ドルは弱含む展開となり、1ドル=134円台後半に下落しました。

 その後、4日には、133円台半ばまで下落しました。米4月雇用統計が5日に発表されたことを受けて、135円台に上昇しました。

 しかし、137円台は程遠く、FOMC後の135円台後半も上抜くことはできず、上値の重たい地合いが続いています。RBAの想定外の利上げがあったものの、日本銀行、RBA、FRB(米連邦準備制度理事会)、ECB(欧州中央銀行)といった主要国の中央銀行の政策決定会合が集中した1週間(4月27日~5月4日)を通してみると、大きな波乱もなく無事に通過しました。この背景には、米債務上限問題や米地方銀行の経営不安がくすぶっていることがあるようです。

米雇用堅調も伸び鈍化で、ドル高の力強さ欠く

 米4月雇用統計は、NFP(非農業部門雇用者数)は前月から25.3万人増と予想を大きく上回り、失業率は前月(3.5%)より改善して3.4%となりました。また、平均時給は前月比で0.5%増と前月の伸び(0.3%増)より大きくなりました。

 総じて予想を上回る結果となり、米労働市場が依然として逼迫(ひっぱく)していることを示す内容でした。ただ、雇用の伸びが鈍化傾向にあることは気になる点です。

 NFPは、4月は25.3万人増と予想を上回りました。しかし、2月、3月の過去2カ月の数値が改定され、計14.9万人の大幅下方修正となりました(2月は32.6万人増→24.8万人増に 7.8万人の下方修正、3月23.6万人増→16.5万人増に 7.1万人の下方修正)。

 特に3月は16.5万人となり、節目となる20万人を割り込みました。3カ月平均も22.2万人と30万人台から鈍化傾向が鮮明になっています。雇用の増加ペースの鈍化傾向が進めば今後の労働市場の力強さが弱まってくるかもしれません。米雇用統計発表後のドル高に力強さがなかったのは、このような点を気にしている可能性があります。

 このように雇用者数は、過去の修正分にも留意しておく必要があります。新聞などは過去1カ月分しか報じないことが多いです。しかし、毎回過去2カ月分修正されますので、発表元の米労働省のホームページで確認する必要があります。

 さて、米雇用統計を受けてFRBの早期切り下げ観測が後退したとの見方も出てきています。しかし、Fedウオッチでは、6、7月のFOMCでは金利据置きの確率が高いものの、9月には0.25%の利下げ確率が高まります。また、12月にはもう一段の利下げ確率が上がっている状況となっています。年内利下げに否定的なFRBの見方とは、依然ギャップがある状況です。

 10日に発表される米4月CPI(消費者物価指数)によってこのギャップが縮小するのかどうか注目です。市場では、前月と比べ0.4%上昇になると予想されており、3月実績(0.1%上昇)より上昇幅が拡大すると見込まれています。また、前年同月との比較では5.0%上昇するとの予想で、3月実績(5.0%上昇)と同水準と想定されています。予想通りであれば、大きな反応はなさそうです。しかし、予想より強かった場合、6月のFOMCで利上げ観測が浮上してくる可能性があります。その場合は、為替はドル高に反応します。

 一方、5月11日に公表される米4月PPI(卸売物価指数)にも意識を向けたいです。市場では前月比0.3%上昇の予想となっており、騰落率は3月実績(0.5%減)からプラス転換する予想です。前年同月との比較では、2.5%上昇の予想で、3月実績(2.7%増)から伸びは減速すると見込んでいます。予想通りであれば、大きな反応はなさそうです。

 しかし、CPIが強く出ても、PPIが弱ければ、相場は元に戻る可能性があることには留意が必要です。

 また、11~13日には*G7(日米欧の先進7カ国)財務相・中銀総裁会議が新潟市で開催されます。

*G7…カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国

 **米国債務上限問題とくすぶり続けている米地銀の経営不安、鈍化しているとはいえ、いまだ高水準のインフレと景気減速の中での金融政策が焦点になりそうです。

 パウエル議長も日銀の植田和男総裁も4月に米ワシントンで開かれた会合での発言に沿った内容になると思われます。しかし、共同声明や記者会見での発言には注目しておく必要があります。パウエル議長が少しでも金融緩和に前向きなハト派的な発言をすれば、ドル売りの材料にされてしまいます。

**米国債務上限問題…債務上限とは、米連邦政府が国債などで借金できる債務残高の枠のことです。債務が上限に到達すると、米連邦議会上下両院の承認を得て、上限を引きあげなければ新規国債を発行できず、債務不履行(国債のデフォルト)になる可能性があります。
 米国債務上限問題では、到達日までの政権と議会との駆け引きが注目され、相場はその動向によって揺さぶりを受けます。また、上限引き上げの合意に達しても、米国の財政赤字の拡大で財政政策の混乱が続く可能性があります。
 

米債務上限「Xデー」で円高に大きく動く可能性も

 イエレン米財務長官は5月1日、「財務省が連邦債務を上限未満に維持するための特別会計措置を6月1日にも使い切る可能性がある」と、上下両院の共和・民主両党リーダー4人に書簡を送付したと報道されています。6月1日に現在の債務上限に到達すれば、債務不履行(国債のデフォルト)に陥る恐れがあるということです。

 今後、この6月1日の「Xデー」に向けて、バイデン民主党政権と議会共和党との間で駆け引きが繰り広げられることになります。しかし、9日のバイデン大統領と共和党のマッカーシー下院議長ら議会指導部との協議では進展がみられませんでした。今後も協議が難航することが予想されますが、協議の日程は限られています。

 次回は12日に協議予定とのことですが、バイデン大統領は19~21日には、G7広島サミット(首脳会合)に参加します。また、24日にはオーストラリアで開かれる日米豪印の協力枠組み「QUAD(クワッド)」首脳会議に出席する予定です。そのため、月内にバイデン大統領、上下両院の議員がワシントンにいる時期はかなり限られています。

 2023年現在の米政府債務は、同様に債務上限問題が発生した2011年時点の約2倍、31兆ドル超に拡大しています。与党と野党の政治駆け引きは簡単に終わらない可能性があります。

 また、バイデン大統領が、連邦政府が支払いを継続できるよう憲法修正第14条を発動して危機を回避する選択肢があるとも指摘されています。しかし、政治的には難しいだろうといわれています。

 ちなみに2011年夏に発生した債務上限問題は、8月2日の期限に対して、7月31日に米議会は債務上限引き上げを承認したことで、米国のデフォルトは回避されました。しかし、格付け会社S&Pがその年の夏に、財政赤字削減計画が米国の債務の安定化には不十分との見方から、、米国の長期発行体格付けを「AAA」から「AA+」に引き下げました。財政赤字削減計画が米国の債務の安定化には不十分との見方からです。その結果、米国債格下げショックが市場を襲いました。ドル相場は債務上限法案可決の前、7月に4円の円高となり、法案可決によって2円の円安となりました。また、S&Pの格下げで2円の円高になりました。

 2023年の今回もまた、与野党で合意に達しても財政に疑義ありと判断されれば、国債の格付け引き下げやマーケットが仕掛けてくることも予想されます。欧州の主要格付け会社スコープ・レーティングスが既に5月5日、「AA」としている米国の現地通貨・外貨建て長期発行体の格付けを格下げ方向で見直すと発表しています。債務上限制度の乱用に関連する長期的なリスクが理由です。まだ、マーケットに大きな波乱はありませんが、要警戒です。

 早期に決着すれば良いのですが、過去の動きを参考にすると、6月1日に向けてドル相場はドル安円高に動く可能性があり、6月1日前後の為替市場は大きく変動する可能性があることに留意しておく必要があります。