方針撤回の真意「産油国への譲歩」!?

 内燃機関車の新車販売を可能にした「合成液体燃料」に死角はないのでしょうか。

(1)製造コストが高い(ガソリンの数倍との試算あり)、(2)同燃料を使うことで相殺した二酸化炭素を誰が削減したことにするか明確なルールがない、(3)自動車(同燃料を充填した内燃機関車)の性能・走行時のパフォーマンスに悪影響がないかを確認できるデータが多くない、(4)同燃料を使用することを前提に販売された内燃機関車が、使用者の判断でガソリンや軽油などの化石燃料由来の燃料を充填して走行する可能性がある、などいくつも課題があります。

 EUは、これからこうした課題を解決していくことになるわけですが、二つ目の二酸化炭素の削減分を誰のものにするのかを明確にすること(そもそも個体差が生じ得る車一台単位で排出量を特定することは困難なのではないか)、四つ目の使用者がガソリンや軽油を使用する可能性があること(合成液体燃料よりもガソリンや軽油が安い場合は特に)は、解決策を明示することは非常に難しいと筆者は考えます。

 そうした意味では、合成液体燃料の使用でさえ、実は「現実路線ではない」といえるでしょう。方針撤回の真意はどこにあるのでしょうか。筆者は、産油国など非西側諸国への一定の譲歩を示し、ウクライナ危機勃発の根本原因の一部を取り払うため、だと考えています。

図:EUにおける合成液体燃料の利用について

出所:筆者作成

 以前のレポートで述べたとおり、ウクライナ危機勃発の根本原因の一つに、EUを含む西側が強く推進してきた「環境問題」「人権問題」に対する非西側の反発が挙げられると、筆者は考えています。

 西側諸国の多くは、「環境問題」を取り上げて、産油国・産ガス国を目の敵にしたり(主要産ガス国との長期契約を更新しないなど)、「人権問題」を取り上げて、問題があったとされる国の方針に介入したり、同国で生産された品の不買をしたりしてきました。

 西側は自分たちの考え方が正しいと疑わず、ある意味、非西側に「悪」を押し付けてきたのかもしれません。こうした背景を考えれば、今回のEUの方針撤回(完全にEV化せず、遠い将来に化石燃料の使用(一部)再開の余地を作る)は、非西側(特に産油国)への譲歩という意味を含んでいるように思えます。

西側内で「思想の足並み」が乱れる懸念浮上

「あの」EUの方針撤回をきっかけに今後、西側諸国の間でESGやSDGsが本当に「正義」なのか? それに反する意味を持つ「化石燃料」は本当に「悪」なのか?といった議論が本格化する可能性があると、筆者は考えています。

 そして、ESGやSDGsを巡る議論が深まっていく中で、SDGsが述べる持続可能は「誰にとっての持続可能か?」、ESGやSDGsを「ビジネス利用をしてもよいのか?」という、これまで表沙汰にならなかった議論が、噴出する可能性があると、筆者はみています。

「気候変動を正常な状態に戻す」ための国際的なルール作りを主導したり、電気自動車(EV)の普及を加速させたり、温室効果ガス排出権取引の仕組みを積極的に整備したり、時には、日本が得意としてきた「ハイブリッド車」を否定したり、パリ協定から脱退した国に否定的な姿勢を示したりしてきた、EUの方針転換が持つ意味は、想像以上に重いといえます。

 こうした議論は、西側の政治経済を揺るがすきっかけになる可能性があり、注意が必要です。