ドルは3段ロケットの急騰も、その後上値重く

 先週3日金曜日から週明けの6日月曜日にかけて、ドルは3段ロケットで上昇しました。

 1段目は、3日に発表された1月の米雇用統計です。非農業部門の雇用者数が前月から51万7千人増加し、市場予想の3倍近く増えました。失業率は3.4%で、1969年5月以来、53年8カ月ぶりの低い水準になり、人手不足が深刻な状況が続いていることを示しました。

 労働需給が逼迫(ひっぱく)する中で企業が人材を確保するため賃金を引き上げ、人件費増加分を商品価格に転嫁する賃金インフレへの懸念が再燃したことから、ドルは1ドル=128円半ばから130円台に急騰しました。

 2段目は雇用統計の公表後、ISM(米供給管理協会)がほどなく発表した1月の非製造業景況指数が55.2と改善し、予想を大幅に上回ったことです。好不況の境目となる50を超えました。米金利上昇とともにドル買いが一層強まり、1ドル=131円台の高値圏で週を超しました。

 3段目は週明けの6日早朝に点火されました。日本時間6日午前2時に日本経済新聞電子版の「日銀次期総裁、雨宮副総裁に打診 政府・与党が最終調整」との記事によって、日銀の金融緩和継続期待が高まり、東京外国為替市場が始まる前にドルは132円台半ばに上昇しました。

 3日の終値から1円超円安に動いたため東京市場では、利益を確定するための売りも出たもようで、じりじりと円高に動きました。

 日銀新総裁人事の報道は慎重に対応していく必要がありそうです。

 新総裁候補の雨宮正佳氏は昨年12月の参議院予算委員会で、金融政策運営について「経済を巡る不確実性は極めて大きい。現段階では経済をしっかり支え、賃金上昇を伴う形で物価安定目標を持続的・安定的に実現するために金融緩和を継続する」と説明していました。

 このことから市場では、雨宮氏が新総裁になった場合、「新体制に移行後も日銀は現行の大規模な金融緩和策を維持する可能性が高い」とみられています。そのため、今回の報道によって円売りが起こりました。

 日銀による2023年度の物価上昇率の見通しは1.6%です。しかし、直近では物価上昇率が4.0%(昨年12月)と高止まりしています。このままなかなか下がらず、物価目標の2%を超えるインフレが長引いた場合、金融緩和スタンスの新総裁であっても緩和から引き締め方向に修正観測が強まる可能性は十分にあります。

 日銀新総裁は、これまでの政策の検証を踏まえて、今後の政策を吟味するのは当然です。過去の政策実績やスタンスから雨宮氏は金融緩和継続姿勢と市場は解釈しています。しかし、その解釈はやや前のめり、あるいは早とちりの判断かもしれません。

 今後の日銀総裁候補の発言や証言、日本の経済データによって、市場の見方は変わるかもしれないため注意する必要があります。

 7日には昨年12月の日本の実質賃金が9カ月ぶりにプラスに転じたこともあり、円高に傾きました。

 米国の中央銀行に当たるFRB(連邦準備制度理事会)のパウエル議長は7日の講演で、「インフレを抑えるプロセスは始まっているが道のりは長い。一定期間政策を引き締まった水準で維持する必要がある」と述べました。

 また、1月の雇用統計については「米国の労働市場は依然として並外れて強い。中央銀行はインフレ抑制のためにさらなる仕事をしなければならない」と利上げを継続する姿勢を改めて示しました。

 一方で「ディスインフレ(インフレ鈍化)のプロセスは始まった」と述べ、今後の経済データを見極めながら政策運営を行う姿勢を強調しました。

 これらの発言を受けて株や為替は一喜一憂しましたが、ドルは比較的頭の重たい地合いとなっています。

 米雇用統計の就業者の増加ペースは毎月の振れ幅が大きくなりやすいです。1月分は年初に伴う改定やストライキ参加者の復帰といった特殊要因も大幅な上振れにつながったとのことです。一方で、米雇用統計までに発表された雇用関係指標では悪い数字も出ています。

 IT業界の人員削減の影響もあるため、労働需給ひっ迫が今後も続くのかどうか、米国の金融政策を決めるFOMC(連邦公開市場委員会)の3月会合かあるいは5月会合まで、各種データを見極める動きになりそうです。

 1月31日~2月1日に開かれたFOMC会合後のドル売り相場は、1月の米雇用統計の公表を受けていったん後退しましたが、1ドル=127~133円のレンジにとどまっています。今週はこのレンジを上下どちらに抜け切るのか注目です。

気球撃墜が米中関係の新たな火種に

 米国防総省は2月4日、米国東海岸の領海上空で、中国の偵察用気球を撃墜したと発表しました。米国防総省高官は「この偵察用気球は意図的に米国とカナダを横断した。軍事拠点を監視しようとしていたと確信している」と記者団に説明しました。この気球は中国軍の指揮下にある「気球部隊」の活動の一環だとみていると述べました。

 この撃墜に対して中国側は、気球は気象観測などを目的とした民間のもので、偏西風によって航路を外れ、米国の上空に入ったと主張しています。そして撃墜について「明らかに過度な対応だ」と非難し、「強い不満と抗議」を表明し対抗措置を示唆しました。

 米国と中国は、人権、台湾、先端技術問題で対立していますが、昨年11月の米中首脳会談で対話の継続を約束しました。今年に入り、1月にはスイスで米国のイエレン財務長官と中国の劉鶴(リュウ・ハー)副首相の会談が実現しました。

 この流れを加速するために今月には、米国のブリンケン国務長官が北京を訪問することになっていましたが、気球の侵入・撃墜によって延期となりました。

 2024年には台湾総統選や米大統領選が控えています。そのため、互いの誤解を避けるため、米中対話の枠組みを確認しようと外交努力を積み重ねてきた矢先の出来事でした。米中関係は一転して、緊張が再燃しました。

 このまま米中対立が激化しなければ良いのですが、米中関係改善は世界経済回復に好影響と期待していた市場にとって、米中対立リスクの警戒度を上げることになりました。為替市場に今すぐ影響するわけではないですが、頭の片隅に置いておいた方が良いでしょう。

 もうひとつ頭の片隅に置いておくべき報道がありました。読売新聞によると、CIA(米中央情報局)のバーンズ長官が2月2日のジョージタウン大の講演で、「(中国の)習近平国家主席が2027年までに台湾侵攻の準備を整えるよう軍に命じたことを指すインテリジェンス(情報)を把握している」と述べました。

 台湾有事が起こる時期については米軍のトップクラスからの発言が相次いでいました。米国インド太平洋軍の前司令官は2021年に議会で、台湾侵攻は2027年までにあり得るとの見解を示しました。また、最近では米空軍大将が、2025年に起きる可能性を示すメモを作成したことが明らかになりました。

 しかし、今回は高度な情報を扱うCIAの現役のトップからの具体的な情報です。2027年は中国共産党の第21回党大会が開催され、軍創設100年の節目にあたる年です。バーンズ長官は「台湾に対する習氏の野心を過小評価しないことだ」と強調したとのことです。

 今月24日で、ロシアがウクライナに侵攻して1年になります。1年を機にロシアが大攻勢をかけるとの見方がある一方で、戦闘は長期化するとの見方もあります。米中対立のリスクも高まれば、今年の為替市場にとって、地政学リスクの警戒度はじわじわと高まってくるかもしれません。