相場を左右する政治イベントに備えを!

 今回のコラムも年初めに恒例で取り上げている世界十大リスクとなります。前回のコラムでは2023年の重要日程をお伝えしました。

 その中で政治イベントは結果によって、為替相場に激震を走らせたり、経済環境に関係なく大きなインパクトを加えたりする場合もあるため、最も重要で注目すべき項目だとお話ししました。

 前回は日程が決まっている政治イベントをお話ししましたが、いつ起こるかどうか予測が難しい政治リスクも同時に考慮しておく必要があります。

 政治環境や経済環境に大きな変化を与えるリスクを押さえておくことは、リスクシナリオを用意することになります。今後、為替相場が急変しても、慌てずに対応に臨むことができます。

ユーラシア・グループの「世界十大リスク」

 このような政治リスクは専門家の見方が参考になります。毎年、年末年始になると、いろいろなシンクタンクや金融機関が「世界の十大リスク」を発表しています。

 その中で最も注目されているのが、米国の国際政治学者イアン・ブレマー氏が率いるコンサルティング会社「ユーラシア・グループ(※)」が年初に発表する「世界の十大リスク」です。

※ユーラシア・グループとは
1998年に米国で設立された世界最大規模の政治リスク専門コンサルティング会社。マーケットを動かす可能性のある世界各国・地域の政治リスクを分析し、機関投資家や多国籍企業にアドバイスしている。戦争や政情不安が起きる危険性など、地政学的リスクの分析に定評がある。社長のブレマー氏は国際政治学者で、2011年に既に「Gゼロ」の時代が来ると指摘したことで一躍有名になった。「Gゼロ」とは、世界を動かすのはG7(先進国であるカナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国グループ)でもなく、G2(米中)でもなく、Gゼロ、つまり「リーダーなき世界」を意味する。同氏は、世界はますますGゼロの世界になってきていると分析している。

 世界の十大リスクとは、現実に起きたら政治や経済に大きな影響を与える事象で、マーケットを大きく動かす可能性があります。

 ユーラシア・グループの予測は的中することも多く、昨年の予測では、新型コロナウイルス感染の封じ込めを図る中国政府の「ゼロコロナ政策」が失敗することをリスクの1位に挙げ、見事に言い当てました。中国経済はロックダウン(都市封鎖)で混乱し、市民の不満が広がり、政策の撤回に追い込まれました。さらに足元では感染が急拡大しています。

 また、ロシアによるウクライナ侵攻が昨年始まったことは多くの人にとって予想外でした。しかし、昨年の十大リスクの報告では、リスクの第5位に「ロシア」を挙げ、ウクライナ侵攻を予見する内容でした。「ウクライナ情勢を巡るプーチン大統領の次の一手に注目し、米欧の譲歩がなければウクライナ侵攻の恐れもある」と指摘していました。

 このように専門家が2023年の政治リスクをどのように見ているかを知っておくことは、リスクシナリオを考える上で非常に重要だと分かります。

 このコラムでは、毎年、ユーラシア・グループの世界の十大リスクを紹介しています。このリポートは有料ですが、数日たつと新聞やネットで概要が公開されます。

 また、TVニュースでも特集されますので、それらを参考にできます。

1位はならず者国家ロシア、2位は習近平主席への権力集中

 今年の「世界十大リスク」は以下の通りです。ご参考に昨年の世界十大リスクも併記しました。昨年との対比によってリスクが内在する地域・国の変化や比重を読み取ることができます。

 世界十大リスクの1位は、ウクライナ侵攻を続けるロシアを挙げ、「世界で最も危険な、ならず者国家(Rogue Russia)」になると説明しています。

 報告書は、「プーチン大統領は少なくとも(併合を宣言した)東・南部4州の大半を制圧するよう(国内で)圧力を受けている。ロシアは撤退しない」と指摘しています。

 また、長期化するウクライナ侵攻で国際社会から孤立したロシアが核兵器による脅しを強め、ウクライナを支援する欧米の不安定化を狙ってサイバー攻撃や重要インフラへの攻撃を行うと分析しています。

 2位には、昨年10月の共産党大会で3期目政権を発足させた中国の習近平国家主席への権力集中が引き起こす混乱を挙げています。

 習氏が権力を「極限」まで集中させたことで、政策運営へのチェック機能が働かず、「大きな間違いを犯すリスクが高まっている」と予測しています。ゼロコロナ政策の急激な緩和で、中国で感染拡大など混乱が広がっていることを事例として挙げています。

 また、ブレマー氏は、中国の経済政策が今後、習氏の気まぐれに左右されることで中国への投資がより難しくなると分析しています。そして欧米の資本が中国からさらに切り離されると見通しを立てています。

 3位には、人工知能(AI)の技術開発で、自動生成される偽情報の拡散で社会の混乱を招くリスクを挙げています。

 人工知能(AI)の進化とソーシャルメディアの普及が重なり、フェイクニュースや陰謀論が拡散されやすくなっていると指摘し、「大半の人々には真偽の見極めができなくなる」と懸念を示しています。

 こうした技術は海外の民主主義国を揺るがし、国内の反体制派を封じ込めたい独裁者への「贈り物」になるとも警告しています。この傾向は「スペインやパキスタンの総選挙で間違いなくみられるだろう」と分析しています。

 4位には、「インフレショック」を挙げています。世界的なインフレに対して、各国の中央銀行
は金融引き締めを続けています。そうした中で、「世界は景気後退に追い込まれる」と予測し、世界各地で政治的な不安定につながると分析しています。

 5位には、イランの抗議デモを挙げています。イランでは、女性の頭髪を隠すスカーフの着用をめぐって抗議デモが拡大しています。

 デモによってイランの政権崩壊が起こる可能性は低いとしながらも、「イランがデモ参加者を支援する国々に対して暴挙に出るきっかけとなる」と予測。欧米との対立がさらに深まると分析しています。 

 6位は「エネルギー危機」です。地政学的、経済的、生産的要因が重なり、今年後半に需給が逼迫(ひっぱく)すると予測しています。

 その結果、家計や企業のコストが上昇し、OPEC(石油輸出国機構)と主要消費国の間の溝が拡大し、西側と途上国との緊張がさらに高まると分析しています。

 7位には「途上国への成長打撃」を挙げています。世界経済の発展で途上国と先進工業国の間の機会均等が縮小し、世界中で生活水準と生活の質が向上してきました。

 しかし、新型コロナのパンデミック(世界的流行)、ロシア・ウクライナ戦争、世界的なインフレの進行によって「健康や教育に関する指標」が低下すると報告しています。女性や子どもが最も影響を受けると危惧しています。

 8位は「米国の分断」です。2022年の中間選挙では、バイデン氏が勝利した2020年の大統領選の結果を否定する親トランプ派の立候補者がほぼ全て落選しました。

 このことは良いニュースと評価し、ランキング上位からは米国の分断リスクを外しています。ただ、依然としてトップ10にとどまり、政治的暴力のリスクが引き続き存在すると解説しています。

 9位は「Z世代の台頭」です。1990年代半ば~2010年代初頭に生まれた若者は生まれた時にインターネットが既に存在していたデジタルネイティブ世代です。そうした世代が新たな政治勢力となり、影響力がさらに広がると予測しています。

 10位は「世界の水不足」を挙げています。今年、水不足は世界的かつシステミックな問題となると予測しています。一方で、各国政府は一時的な危機としてしか受け止めていないと認識の甘さを警告しています。世界の企業の3分の2が重大な水不足リスクに直面すると予測しています。

台湾有事は「リスクもどき」、リスクシナリオ準備が肝要

 ユーラシア・グループは、トップ10には盛り込まなかったものの、番外の「リスクもどき」として、以下4点を挙げています。

  • ウクライナ支援に亀裂
  • 機能不全化するEU(欧州連合)
  • 台湾有事
  • 技術を巡る米中報復合戦

 報告書では、ウクライナ支援について、米国内では支援継続に懐疑的な意見が増え、またEU内ではウクライナに交渉を迫るべきかどうかで見解が分かれていますが、米国と欧州はウクライナを断固として支持する姿勢を崩さないだろうと分析しています。

 また、台湾有事については、米国防省の高官たちは、中国が台湾への武力侵攻に乗り出すのは2027年までに、早ければ今年中に起きる可能性があると示唆していますが、報告書では2023年に台湾有事は起こり得ないと分析しています。

 中国も米国も2023年に相手のレッドライン(超えてはならない一線)を試す気はないと予測しています。そして技術を巡る米中報復合戦については、中国は2023年に緊張を高めることを望んでいないとしています。

 以上のように今年もさまざまな政治リスクが想定されます。経済環境では景気と物価動向、米国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)の利上げ回数と停止時期、日本銀行の緩和政策修正が注目点です。

 政治リスクはこのような経済環境とは別の大きな流れの中で為替の動きを見ていく必要があります。 

 政治リスクは、突然起こる場合は避けようがありません。しかし、昨年のウクライナ侵攻のように戦争が始まるかどうか、その時期を当てるのは難しかったのですが、リスクの兆候や高まりに注意していれば、予測が難しい場合にも対応する準備ができます。

 どの地域にどのようなリスクがあるかを把握しておけば、為替の想定シナリオにそのリスクも加えておくことができます。

 心構えとして、そのリスクシナリオを検討しているのといないのとでは大きな違いがあるため、事前に準備しておくことが肝要となります。

 本日18日の日銀の金融政策決定会合の結果についても、政策変更あるのかないのか、物価見通しの引き上げのみでとどまるのか、YCC(イールドカーブ・コントロール、長短金利操作)での長期金利目標からの許容変動幅を撤廃するのか、短期金利のマイナス金利を解除するのか。いろいろな可能性が考えられました。柔軟に対応できるようにさまざまなシナリオを想定しておきましょう。

 直後の市場の反応や材料一巡後の市況、さらなる催促相場などのリスクシナリオも考慮に入れて、準備しておくことも大事な心構えとなります。