年明けの1ドル130円割れ、円高進行早まる?

 年明け早々、為替相場は1ドル=130円を割れる円高となりました。

 日本銀行が昨年12月20日の金融政策決定会合で長期金利の上限を引き上げた余波が新年になっても為替取引に影響しました。日銀の黒田東彦総裁が長期金利上限の引き上げが利上げではないと否定しても、マーケットは日銀が今後、緩和政策の変更や物価見通しの上方修正に乗り出すのではないかとかなり敏感になっているようです。

 今年前半のドル/円については、昨年12月の日米それぞれの金融政策を決める日銀の金融政策決定会合とFOMC(米連邦公開市場委員会)会合前には130~135円とみていました。

 ですが、日銀の政策修正という要因が強まったことから今年前半の予想レンジを125~130円と下方に見た方が良さそうだというお話を前回しました。

 しかし、年明けの130円割れの動きをみていると、日銀の政策修正に対する見方は強まっており、かなり前倒しで進んでいるのではないかと思わせる相場展開です。

 そして、米国の経済指標もこうした動きを後押しする方向に働きました。1月6日に発表された米国の昨年12月の雇用統計では、平均時給の伸びが鈍化しました。ISM(米サプライマネジメント協会)非製造業景況指数も予想外の50割れ(景気拡大・縮小の分岐点)となり、いずれも米景気の減速を懸念させる内容でした。

 それを受けて米国の中央銀行に当たるFRB(米連邦準備制度理事会)による利上げペースが鈍化するのではないかという期待が高まり、円高方向への動きになっているようです。

 ただ、1ドル=125円を下回るには、米物価高騰の鈍化がより鮮明となり、FRBの利上げ打ち止めから利下げへと、ギアを緩和に向けてもう一段アップしない限り難しいかもしれません。

 日米の金利差が米国の利上げ停止と日本の緩和策修正で縮まっても、縮小幅は知れています。市場が米国の利上げする期間や、利上げを停止する期間が長引き、高金利が続くとみれば、期待や思惑がしずまり、円高バイアスは弱まることが予想されます。

6つのポイント(【1】米国の物価【2】FRBの利上げ【3】日銀の政策修正【4】日本の貿易赤字【5】中国の景気回復【6】地政学リスク)

 毎年、このコラムでは年初めに1年間の重要イベントの日程を取り上げています。1年間の相場シナリオを予測するためには押さえておきたい必須項目です。

 1年間とは1月から12月のサイクルです。為替市場の主戦場は欧米市場であるため、3月、6月、9月、12月の四半期決算に加え、12月の本決算が多い欧米の企業や海外ファンドと同じサイクルで考える必要があります。

 ただし、ドル/円の場合は、日本の企業決算の時期も考慮する必要があります。特に3月期決算が多いため、年度末の3月や年度初めの4月には決算に関わる為替の需給要因が加わることに留意しなければなりません。

 為替の変動要因を大別すると、政治要因と経済要因があります。

 政治イベントとして、選挙や国際会議があります。経済イベントで特に重視したいのが、為替相場を中長期的に大きく左右する中央銀行の金融政策です。そして、その金融政策を決める材料となるGDP(国内総生産)やCPI(消費者物価指数)、米雇用統計の経済指標です。

 特に今年は、日米の金融政策が短期的に相場を大きく左右する可能性が高いため、金融会合の前後の動きに注意する必要があります。

 相場シナリオを考えていく際には、これら政治・経済イベントの日程を押さえながら、そのリスクや影響を考慮していく必要があります。

 まず、今年の注目ポイントを見てみます。今年も昨年に続いて、物価動向、FRBの利上げペースが最大注目となります。さらに今年は日銀の政策修正の動き、世界景気動向が為替を決める主要因となることが予想されます。

【1】米国の物価上昇の鈍化傾向が続くかどうかに注目

 米国の物価低下を判断するには、上昇がまだ続いている家賃が春ごろに下落するのかどうかが最大の注目点となります。昨年12月の米雇用統計の賃金の伸び鈍化や、ISM非製造業景況指数の50割れにみられるように、サービス業でも鈍化傾向が続くようであれば、物価低下に期待が持てるかもしれません。

 ただ、いったん足踏みする可能性もあるため、物価は低下傾向が続くと安易に思い込まないことも重要です。

【2】FRBの利上げペース

 FRBは物価動向をにらみながら利上げを判断することになりますが、春先以降は、利上げ停止期待が相当高まることが予想されます。

 ただ、今年、利下げまで踏み込むかというと、難しいかもしれません。たしかに景気が悪化すれば、インフレ対策よりも経済対策に軸足が移ると市場の期待は高まります。しかし、景気の悪化によって物価が低下しても、物価目標を上回る2%超とまだ高い水準が続けば、利下げは市場をかき乱す材料になります。あまり前のめりにならないことが必要です。

【3】日銀の緩和政策修正

 今年は日銀の金融政策決定会合が開かれるごとに緩和政策修正への期待が相当高まると予想されます。今年最初の1月17~18日の会合は特にその傾向が強まりそうです。

 黒田総裁の任期が満了する4月8日前後も政策修正への見方が優勢になることが予想され、円高圧力が増すことが見込まれます。ただ、変更がなければ失望の円安になる点には注意しておく必要があります。

 新しい日銀総裁が初めて出席する金融政策決定会合は4月27~28日です。そしてその4日後にはFOMC(米連邦公開市場委員会)(5月2~3日)が控えていることを心に留めたいです。

【4】日本の貿易赤字

 ドル/円の実需買いとして日本の輸出から輸入を差し引いた貿易収支の赤字は円安要因となっていますが、資源・エネルギー価格の低下による輸入額の減少で、貿易赤字の改善がみられるかどうかにも着目したいです。急速な赤字減少は望めないかもしれませんが、緩やかな減少でも為替が円高方向に反応することが予想されます。

 ただ、世界景気の後退によって輸出が振るわず、貿易赤字は思ったほど減少しないというシナリオも想定されるため注意が必要です。

【5】中国の景気回復

 中国の景気回復は、新型コロナウイルス感染を徹底的に抑え込む「ゼロコロナ政策」撤廃によって期待されていました。しかし、感染者急増によって年前半の回復は望めない可能性が高まりました。

 世界景気全体も低迷が続くことが予想されます。OECD(経済協力開発機構)が昨年11月に公表した世界経済見通しでは、世界2.2%、米国0.5%、ユーロ圏0.5%、日本1.8%、中国4.6%となっています。

 しかし、中国は、新型コロナ感染拡大で経済萎縮が続くと、4.6%の達成はかなり難しいかもしれません。米欧の成長見通しが0.5%と低いので、中国経済のさらなる悪化ですぐにマイナス成長に陥る恐れがあります。

 日米欧では日本の成長率見通しが最も高いため期待が持てそうですが、中国が予測よりも悪化し、米欧がマイナス成長となれば、日本にも大きな悪影響が及びます。楽観視せずに注意することが大事です。

【6】地政学リスク

 米政治リスクの調査会社ユーラシア・グループも今年の「10大リスク」として1位、2位に上げているロシア、中国の動向には警戒する必要があります。ポジティブサプライズを期待したいところですが、昨年2月24日にロシアによるウクライナ侵攻があったように、地政学リスクについては全く予想ができません。何が起こっても柔軟に対応できるような心構えで臨みましょう。

2023年の重要政治スケジュール

 政治イベントは、その結果によって瞬時に相場に作用したり、じわじわと経済に影響が及んだりする場合があります。しかも、経済環境を無視して瞬時に局面が変わる場合もあるため、最も重要で注目すべき対象です。

 相場シナリオを想定する際に、政治イベントを考慮して大きな枠組みを想定します。その大きな枠組みの中で経済イベントを考慮して中期・短期のシナリオを組み立てていきます。

 ただし、前述したようにウクライナ侵攻など全く予想ができない事態も起こるため、何が起こっても柔軟に対応できるような心構えで臨む必要があります。

 今年の政治イベントを下表にまとめました。昨年は春にフランスの大統領選挙、夏に日本の参院選、秋に米国の中間選挙がありましたが、今年は6月ごろのトルコ大統領選挙以外は大きな選挙はありません。来年の米国大統領選挙に向けた動きが注目を浴びそうです。そして国際会議は、ウクライナ情勢が長期化しているため欧州関連に関心が集まりそうです。

2023年の重要政治日程

1月 16日 世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議、スイス ~20日)
下旬 米大統領一般教書演説
2月 24日 ロシアのウクライナ侵攻開始から1年
月内 米予算教書
3月 5日 中国で全国人民代表大会開催、新首相を決定へ
8日 野球ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)開幕(~21日)
11日 WHO(世界保健機関)による新型コロナ「パンデミック」宣言から3年
23日 EU(欧州連合)首脳会議(ベルギー・ブリュッセル ~24日)
4月 8日 黒田日銀総裁の任期満了
9日 統一地方選(道府県知事選投開票、政令指定都市長選投開票)
16日 *G7外相会合(長野県軽井沢町~18日)
23日 統一地方選(主な市長選投開票)
5月 11日 G7財務相・中央銀行総裁会合(新潟市 ~13日)
19日 G7サミット(主要7カ国首脳会議  広島市 ~21日)
6月 2日 アジア安全保障会議(シンガポール ~4日)
14日 サンクトペテルブルク国際経済フォーラム(ロシア・サンクトペテルブルク ~17日)
29日 EU首脳会議(ブリュッセル ~30日)
6月ごろ トルコ大統領選
7月 1日 スペインがEU理事会議長国に就任
11日 NATO(北大西洋条約機構)首脳会議(リトアニア・ビリニュス ~12日)
20日 サッカー女子ワールドカップ(オーストラリア・ニュージーランド共催 ~8月20日)
9月 1日 関東大震災から100年
8日 ラグビー・ワールドカップ開幕(フランス ~10月28日)
9日 **G20サミット(20カ国・地域首脳会議 インド・ニューデリー ~10日)
10月 13日 IMF(国際通貨基金)・世銀年次総会(モロッコ・マラケシュ ~15日)
26日 EU首脳会議(ブリュッセル ~27日)
11月 月内 APEC(アジア太平洋経済協力会議)首脳会議(米国・サンフランシスコ)

*G7…カナダ、フランス、ドイツ、イタリア、日本、英国、米国の7カ国
**G20…G7の7カ国にアルゼンチン、オーストラリア、ブラジル、中国、インド、インドネシア、韓国、メキシコ、ロシア、サウジアラビア、南アフリカ、トルコ、欧州連合・欧州中央銀行を加えた20カ国・地域

2023年の重要経済スケジュール

 為替相場の経済要因として最も大きな要因は金融政策です。特にFRBの金融政策です。

 また、日銀、FRB、ECB(欧州中央銀行)総裁は金融政策を決める会合終了後、毎回記者会見を行い、市場との対話に努めています。この記者会見も重要です。声明文を補うような一歩踏み込んだ説明をしたり、先行きの方向性を示唆する内容を発言したりします。記者会見の発言で相場が動くことも多いため注視する必要があります。

 また、FRB議長の議会証言が年2回(通常2月、7月)ありますが、これも注目材料です。そして8月下旬には米国カンザスシティー連邦準備銀行主催の金融シンポジウムがジャクソンホールで開催されます。過去には各国の中央銀行総裁が今後の金融政策の変更を示唆する発言をしたこともあり、毎年、世界の関心を引き付けています。

 以上のように、今年もやはりFRBの金融政策の動向が最大注目材料となります。そして、FRBの金融政策に影響を与えるGDP、物価上昇率、雇用統計も注視したいです。

 加えて今年は日銀の金融政策がかく乱材料として登場してきます。昨年3~10月までの円安一方向に進んだ相場は、FRBの急速な利上げによるもので、単純で読みやすいものでした。しかし、今年前半は日米の物価動向や、日米金融政策の思惑に振り回され、複雑な相場になりそうです。

 下表に日米欧それぞれ金融政策を決める会合の開催日、GDPや物価の公表日をまとめました。今週のコラムはぜひ保存版としてご活用ください。米雇用統計は、基本的に毎月第一金曜日に公表されます。

日米欧中央銀行の金融政策会議開催日

2023年 日銀金融政策決定会合 米連邦公開市場委員会(FOMC) 欧州中央銀行理事会(ECB) 金融イベント
1月 17~18日※ 31~2月1日  
2月 2日 FRB議長半期議会証言
3月 9~10日 21~22日※ 16日※  
4月 27~28日※  
5月 2~3日 4日  
6月 15~16日 13~14日※ 15日※  
7月 27~28日※ 25~26日 27日 FRB議長半期議会証言
8月 ジャクソンホールFRB議長講演
9月 21~22日 19~20日※ 14日※  
10月 30~31日※ 31~11月1日 26日  
11月  
12月 18~19日 12~13日※ 14日※  

(注)1. ※は日銀「展望レポート」公表(1、4、7、10月)、FOMC、ECBは経済見通し公表(3、6、9、12月)
2. FOMCは火~水曜日開催  ECB理事会は木曜日開催
3. 会議終了後の総裁の記者会見は日米欧とも毎回実施
4. 黒太字は日米欧の理事会が集中している日程。相場が変動しやすいため注意が必要

日米欧GDP速報値の発表日

  日本 米国 ユーロ圏
2022年
10~12月期
2月14日 1月26日 1月31日
2023年
1~3月期
5月中旬 4月27日 4月28日
2023年
4~6月期
8月中旬 7月27日 7月31日
2023年
7~9月期
11月中旬 10月26日 10月31日

日米欧CPIの発表日

2023年  日本 米国 ユーロ圏
1月 20日(12月分) 12日(12月分) 6日(12月分)
2月 24日(1月分) 14日(1月分) 1日(1月分)
3月 24日(2月分) 14日(2月分) 2日(2月分)
31日(3月分)
4月 3月分以降の
公表日は後日
発表予定
12日(3月分)
5月 10日(4月分) 2日(4月分)
6月 13日(5月分) 1日(5月分)
30日(6月分)
7月 12日(6月分) 31日(7月分)
8月 10日(7月分) 31日(8月分)
9月 13日(8月分) 29日(9月分)
10月 12日(9月分) 31日(10月分)
11月 14日(10月分) 30日(11月分)
12月 12日(11月分)