18歳の投資入門者に贈る投資の心得5カ条

投資は無理にやらなくてもいい

 現在18歳の諸君が将来直面する状況を予想すると、将来、投資と全く関わりのない人生を過ごすようになるとは、考えにくい。就職した会社にはおそらく確定拠出年金があるだろうし、会社に無い場合は、個人型確定拠出年金といって、個人単位で加入する事が出来る制度がある。

 確定拠出年金とは、自分の専用の口座の中で将来に備えた資金を積み立てて、運用していく仕組みで、税金面でのメリットが大きく「使わないと損」な仕組みだ。確定拠出年金では、自分の積立金の運用法を自分で選択しなければならないので、会社や官庁に勤めて普通に稼いでいると、いつか投資の意思決定に直面する可能性が大きい。

 従って、いわゆる社会人になる前に投資について知っておくのはいいことだ。世の中の仕組みを理解する上でも、必要な知識だ。

 しかし、敢えて言っておきたいのだが、投資は無理にやる必要はない。リスクを取った投資をせず、投資のリターンに頼らずに将来に備えるべく普通の人よりも厚めに貯蓄する選択肢も人生にはある。

 また、「リスクを取って投資をすると、リターンが高いだろう」というのは、理屈の上で納得的な期待なのだが、物理学の法則のように、必ずそうなることが期待できるような強い原則ではない。投資をしても将来のインフレに勝てない可能性もあるし、単に貯蓄して安全に運用しているのが結果的に幸いする可能性もある。

 投資する方が「絶対にいい」などと言える人はいないのだ。

 投資は、自分が心から納得して、「やりたい!」と思った人だけがやればいい。但し、世の中の動きに「投資」は大いに関わっており、世の中の動きを理解するためには、知識として投資について知っている方がいい。

投資は自分のためにする

 誰かが投資したお金は、投資対象が株式や債券であるとしても、あるいは投資信託のような金融商品であるとしても、資本市場を通じて、社会に資本として供給されて生産活動に参加する。これは社会的に意義のあることで、個人がより高いリターンを得たいという欲求から行う投資が、社会の役にも立つのだから、素晴らしい仕組みだ。

 但し、筆者は、この点について、「きれいごとの投資教育」の中で強調されすぎているような気がする。

 投資は、「自分にとって得」になりそうだから行う、というものでいいのではないだろうか。そして、そのための基礎は、冷静な「計算」であるべきだ。そして、前述のように、18歳の多くはそのための基礎知識を既に十分持っている。

 願わくは、高校の数学の教科書や試験で、さらには大学の入試問題にあって、投資の損得計算を問うものがコンスタントに登場するようであって欲しい。

 投資の啓蒙ないし教育はこの点を誤魔化してはいけない。損得の計算が出来ない人を、投資に誘ってはいけない。