※本記事は2016年7月5日に初回公開したものです。選挙権年齢が18歳に引き下げられた最初の国政選挙である、同年7月10日の参議院選挙を前に執筆されました。(トウシル編集チーム)

「18歳から」の意味

 次の日曜日7月10日は、参議院選挙の投票日だ。先般の法改正が反映されて、この選挙から選挙権を得る年齢が18歳に引き下げられる。前回の選挙時に20歳手前だった20歳、現在19歳と18歳の3つの年代の若い人達が、今回新たに選挙権を手にする。社会の将来に関わることを決めるのだから、若い世代の意向を取り込んで決めるのはいいことだ。

 さて、選挙権の年齢が18歳まで引き下げられたということは、18歳の国民には、投票を行う上で十分な判断力があるという判断が根底にあるのだろう。

 だとするなら、18歳は投資を始めるにもいい年齢なのではないか。本稿では、18歳から投資を始めようと思う人がいるとすれば、何を心掛けたらいいのかを考えてみようと思う。

 もちろん個人差はあろうが、投資に関して「18歳」の基本的な条件は、

  • 投資を理解するために必要な予備知識は既に備えているはずだが、
  • 投資するお金はあまりない、ということだろう。
  • 加えて、投資のための時間は相対的に豊富だということだ。

投資に必要な予備知識とは

 普通の投資家が投資について具体的に考えるためには、いくらかの数学の知識が必要だ。数学と聞いただけで憂鬱になる読者がいるかも知れないが、投資に必要な数学はそれほど複雑なものではない。

 四則計算の他には、(1)複利計算、(2)割引現在価値の考え方、(3)標準偏差と正規分布の初歩、(4)等比数列の和の公式、くらいの数学知識(複雑な問題を解く能力ではなく、公式が理解できるレベル)があれば、自分で投資をするには十分だ。

 これらは、高校の数学では、数Ⅲが必要な理科系進学のコースを選択しなくても、数Ⅱまでの文科系のコースでも十分履修しているはずの内容だ。

 複利計算が分かると、借金や運用資産の将来価値が計算できる。割引現在価値の原理が分かると、債券や株式の価値を理解する基礎となるし、資本となる資産にどうしてリスクプレミアムが介在するのかが理解できるようになるから、「ゼロサム・ゲーム的な投機」と「資本を提供する投資」の区別が分かる。

 また、標準偏差と正規分布の初歩的な使い方が分かると、リスクについて大まかな見当を付けることが出来るようになる。

 加えて、等比数列の和の公式を理解できると、一定の成長率で増える将来の利益を、一定の割引率で現在価値に直したものの合計が理解できるようになるので、株式や不動産などの資産の価値とマクロ経済的な変数の関係が概念的に分かるようになる。

 個人投資家として資産運用を独力で考える上では、これだけのことが分かっていれば十分だ。

一般の投資教育の欠点

 前記のような知識があれば、損得をある程度計算で判断できるようになる。しかし、一般に投資教育として提供されているコンテンツの多くが、投資に関連する社会的なお金の循環や、投資の社会的な意義を強調するのみで、投資を行う上で最も肝心な「損得の判断方法」の基礎に当たる知識を教えていない。

 ついでに申し上げるなら、運用商品の選択に当たっては、売り手側(運用会社と販売会社)が取る実質的な手数料が決定的に重要な要素だが、こうした「真に大切なこと」が案外教えられていない場合がある。

 例えば、割引現在価値という概念を理解していない人に、債券価格や株式の株価を判断して投資せよというのは無理だ。この点を教えずに、「投資してみましょう」と誘うのは、「さあ、価格など気にせずに、ショッピングを楽しみましょう」と消費者をけしかけるような行為に近い。

 18歳の諸君も、資金の循環と、投資の社会的意義ばかりを強調する耳障りのいい「似非投資教育」(にせものの投資教育)には気を付けて貰いたい。

18歳の投資入門者に贈る投資の心得5カ条

投資は無理にやらなくてもいい

 現在18歳の諸君が将来直面する状況を予想すると、将来、投資と全く関わりのない人生を過ごすようになるとは、考えにくい。就職した会社にはおそらく確定拠出年金があるだろうし、会社に無い場合は、個人型確定拠出年金といって、個人単位で加入する事が出来る制度がある。

 確定拠出年金とは、自分の専用の口座の中で将来に備えた資金を積み立てて、運用していく仕組みで、税金面でのメリットが大きく「使わないと損」な仕組みだ。確定拠出年金では、自分の積立金の運用法を自分で選択しなければならないので、会社や官庁に勤めて普通に稼いでいると、いつか投資の意思決定に直面する可能性が大きい。

 従って、いわゆる社会人になる前に投資について知っておくのはいいことだ。世の中の仕組みを理解する上でも、必要な知識だ。

 しかし、敢えて言っておきたいのだが、投資は無理にやる必要はない。リスクを取った投資をせず、投資のリターンに頼らずに将来に備えるべく普通の人よりも厚めに貯蓄する選択肢も人生にはある。

 また、「リスクを取って投資をすると、リターンが高いだろう」というのは、理屈の上で納得的な期待なのだが、物理学の法則のように、必ずそうなることが期待できるような強い原則ではない。投資をしても将来のインフレに勝てない可能性もあるし、単に貯蓄して安全に運用しているのが結果的に幸いする可能性もある。

 投資する方が「絶対にいい」などと言える人はいないのだ。

 投資は、自分が心から納得して、「やりたい!」と思った人だけがやればいい。但し、世の中の動きに「投資」は大いに関わっており、世の中の動きを理解するためには、知識として投資について知っている方がいい。

投資は自分のためにする

 誰かが投資したお金は、投資対象が株式や債券であるとしても、あるいは投資信託のような金融商品であるとしても、資本市場を通じて、社会に資本として供給されて生産活動に参加する。これは社会的に意義のあることで、個人がより高いリターンを得たいという欲求から行う投資が、社会の役にも立つのだから、素晴らしい仕組みだ。

 但し、筆者は、この点について、「きれいごとの投資教育」の中で強調されすぎているような気がする。

 投資は、「自分にとって得」になりそうだから行う、というものでいいのではないだろうか。そして、そのための基礎は、冷静な「計算」であるべきだ。そして、前述のように、18歳の多くはそのための基礎知識を既に十分持っている。

 願わくは、高校の数学の教科書や試験で、さらには大学の入試問題にあって、投資の損得計算を問うものがコンスタントに登場するようであって欲しい。

 投資の啓蒙ないし教育はこの点を誤魔化してはいけない。損得の計算が出来ない人を、投資に誘ってはいけない。

リスクは投資額でコントロールする

 若い投資家に限らず、投資家の最大の「盲点」になりやすく、そのことによって損をしているポイントは、「リスクのコントロールは、リスクを取る投資対象の変更ではなく、リスク資産への投資額のコントロールで行うべきだということだ。

 例えば、「株式に100%投資します」という投資信託は「(過剰に)ハイリスクだ」と思う投資家が少なくないが、株式と債券に50%ずつ投資する「ミドルリスク・ミドルリターン」のバランス・ファンドに1,000万円投資するよりは、株式に100%投資するファンドに400万円投資して、残りを個人向け国債ででも運用する組み合わせの方が、明らかにリスクが小さい。

 18歳の若き投資家は、投資に振り向けられる大きなお金を持っていないことが多いだろう。また、現実的な選択の問題として、限られたお金の投資先として、金融商品よりも、自分の知識やスキルの獲得のために投資したいと思うケースが少なくあるまい。

 ただ、何はともあれ、少額の投資なら、リスクの大きな資産に投資しても自分の人生に大きな影響はないのだ、ということは覚えておきたい。

投資では他人を頼ってはいけない

 金融マンはお金を儲けるのが仕事だ。金融マンでなくても、自分でお金を儲けたい。仮に、確実に儲かる投資機会があるとして、金融マンはこれを他人に提供するだろうか。

「普通は、そんなことはあり得ないでしょう!」と思うくらいの世間知は、18歳にもなれば持っていて欲しい。

 銀行員、証券マン、生保レディなどの金融業界人は、最終的には自分が儲けるために、自分の勤務先の会社を儲けさせることが仕事だ。顧客を儲けさせることが仕事ではない。端的に言って、プロに相談することは危険だ。

 会社の儲けにとって一番確実なのは運用商品の手数料だが、手数料には、売り手がたくさん取ると売り手が儲かり、その代わり買い手がその分だけ損をする、というゼロサム・ゲーム的な性質がある。

 これだけ説明すると、金融マンに自分のお金の運用を相談することが、いかに不適切なのかが分かるだろう。

 運用にあっては(リスクを取らない対象の保有を含む分「投資」よりも「運用」の方が、包括範囲が広い)、他人を頼るのではなく、自分で判断することを基本としたい。

「予想外」と上手く付き合え

 例えば、先般行われた英国の国民投票で英国のEU離脱が決まったことは、多くの投資家、さらには専門家にとっても意外な出来事だった(編集注:本記事は2016年に初公開された記事の再公開です)。経済的な合理性から考えると、離脱するはずがないと考えた人が多かったと思う。

 しかし、現実には「離脱」が決まった(このように決まったことを英国自体がもてあましているように見えるが、投票結果を尊重せざるを得ない)。

 そして、この問題は主として英国とEUが当事者のはずだったのだが、離脱の決定の当日、株価の下落は、例えば英国株の3.1%に対し、日本株は7.9%も下落した(TOPIXで見て)。

 こうした現象が起こる事は、(1)「離脱するまい」という予想と現実に生じた離脱決定のギャップ、(2)離脱が日本企業に与える業績上のマイナス効果、(3)離脱による不確実性の増大がもたらす円高、といった効果を考えると、全く不思議ではない。

 株価にしても、金利(=債券価格)にしても、為替レートにしても、資本市場における価格の変化は、「これまでに知られていたこと、と新たに生じた情報のギャップ」によってもたらされる。

 例えば、現在の株価は、自分を含む市場参加者の今後の予測に対応して形成されているはずだ。その予測と異なる情報が現れた時には、その情報と以前の予測のギャップが株価の変化の主な材料になる。

 今後に何が起こるかを予想することは大事だが、それが現在の価格(株価、金利、為替レート等)にどれほど織り込まれているかが問題であり、予想が当たった場合、予想外の情報が発生した場合の、価格変化のあり方は主に「事前と事後の情報のギャップ」が最大の要因となって決まる。

 現実の投資にあっては、予想外の事態が起こり得ることと、その時に「直近までの予想」と「新たに生じた予想」とのギャップが重要であることの加減を理解しておきたい。自分が最も正しいと思う予想に賭けることが正しいわけではない。自分の予想が外れる可能性も考慮すべきなのだ(簡単ではないけれども)。

 この点の機微が分かると、自分のお金に関する投資だけでなく、経済の仕組みがよく見通せるようになる。

実際どのように始めたらいいか?

 仮に、読者が18歳だとして、あるいは18歳の子供を持っている親だとして、18歳にどのように投資入門させたらいいのだろうか。

 筆者は、率直に言って、この年齢から、将来に備えた資産運用を行うべきだとは思わない。しかし、早くに運用を始めて、何年か多く運用にリアルな関心を持った時期を経験することは、将来の運用判断能力の養成に対して有利だと思う。

 1万円ずつ位がいいのか、10万円ずつ位がいいのかは、本人の感じ方や経済事情によると思うが、内外の株式に投資するインデックス・ファンドを18歳の時点から持ってみて、株価の上下とその要因、リスクを取るということの具体的な気分などを経験することが有益だろう。まとまった金額が投資可能ならETFがいいかも知れないが、当初の投資金額が大きくない場合は、ノーロードのインデックス・ファンドがいいのではないだろうか。

 仮に22歳で大学を卒業してから就職して投資に関わるとした場合、18歳から4年間、リアルな市場の状況を自分の投資を通じて経験することの経験としての価値は大きい。この場合、投資する金額の大きさはそう関係無いように思う。

 その時に、どのような相場と遭遇するのかは分からないが、早く投資に関わることによって、リアルな感覚と問題意識を持って時々の経済・金融状況と付き合った経験を何年か長い期間持つことが出来るとすると、これは相当に有効な経験への投資であるように思われる。18歳の本人、あるいは親御さんに、提案してみたい。経験に時間を投資する上で、優れた期待リターンの投資なのではないだろうか。

【コメント】

 2016年に書いた記事だが、18歳で投資を始めることの得失と、始めるとしたら何が大切かに関する内容については、現在も違和感はない。「18歳」で投資を始めることのメリットは、(1)投資の初期設定が済んでいるので卒業・就職して収入を得た時点での投資のスタートがスムーズであることと、(2)大学時代4年分のリアルなマーケットの動きと投資の実際に関する経験があること、の2点だ(大学に進学する場合)。(1)については、ネット証券に口座を開き投資信託の積立を少額で始めて、成人になったらつみたてNISAの口座を作るところまでやっておくといい。積立額は毎月1,000円でも構わない。就職してから増額したらいい。積立の対象は全世界株式(日本を含む)のインデックスファンドをお勧めする。高校で金融教育が始まったが、就職直前の「大学生」は意外に注目されていない。筆者は現在、大学生向けの投資入門の書籍を作っている。(2022年7月1日 山崎元)