時代:脱「なにかあったらどうするんだ症候群」

 時代が変われば「求められる人物像」は変わります。昨今の大学入試改革や働き方改革などを通じ、今の時代の「求められる人物像」が示されています。その人物像は、一言で言えば「変化に順応でき、強じんな心と高いコミュニケーション力を有する人」となるでしょう。

 先日、国内大手メディアで元陸上アスリートの為末大氏の言葉を引用した記事を目にしました。今の日本に「なにかあったらどうするんだ症候群」がはびこっているという内容で、この30年間、日本が停滞した理由はこれを起点に説明できるとのことでした。

 この症候群は社会に「安定と秩序」をもたらす一方、副作用として「停滞を生み、個人の可能性を抑制」するとのこと(症候群の中心となる世代の記載もあり)。この点より、今の日本に、「求められる人物像」が生まれにくいムードがただよっていると、言えます。

 金(ゴールド)に限らず、世界中の多くの市場では時々刻々と、価格が停滞せずに動き、過去の常識では説明できない値動きが見られることもあります。停滞していたり、個人の可能性が抑制されたりしていては、こうした市場と正しく向き合うことはできません。

「なにかあったらどうするんだ症候群」の考え方では、市場の動向を見誤ります。われわれはこの症候群から一刻も早く抜け出し、「求められる人物像」に近づく必要があります。そこで必要なことは、今が「VUCA(ブーカ)」の時代にあると認識することです。

図:「なにかあったらどうするんだ症候群」と「VUCA(ブーカ)」「求められる人物像」

出所:筆者作成

「VUCA(ブーカ)」は、「先行きが不透明で、将来の予測が困難な状態」の意味で、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字をとった言葉です。

 同症候群がもたらす「停滞」は、「過去の常識・成功への執着」が大きいと、筆者は考えています(執着≒思考停止)。今の時代が「VUCA」の状態にあると認識した上で、過去から自分を引き離すことができれば、「求められる人物像」に近づくことができると考えます。

 金(ゴールド)市場にも「過去の常識」があります。本レポートが否定的にとらえる「金(ゴールド)=不安」です。金(ゴールド)相場が不安「だけ」で急騰し得たことは、過去の常識です。こうした常識を捨てることは、市場関係者に課せられた義務であると筆者は考えています。

市場:20年間で激変した市場環境

 次は「市場」に着目します。この20年間で、世界中の多くの市場の環境は激変しました。インターネットの普及、金融緩和、技術革新、格差拡大、自然災害・異常気象頻発、パンデミック発生など、それ以前にはみられなかった事象が相次いでいます。

図:時代背景の変化と主要コモディティ価格の推移 1960年を100として指数化

出所:世界銀行のデータをもとに筆者作成

 上図のとおり、この20年間、各種国際商品市場(コモディティ市場)では、「地殻変動」ともいえる、後戻りできないような劇的な変化が起きました。これを「パラダイムシフト(均衡点の劇的な変化)」とよぶ人もいます。

 金(ゴールド)においては、2000年代前半にETF(上場投資信託)の登場によって株式市場など他の金融商品との結びつきが強くなりました。また、2009年初頭から目立ち始めた主要中央銀行の資産増加は、通貨としての金(ゴールド)の魅力を相対的に増幅させました。

 本レポートが否定的にとらえる「金(ゴールド)=不安」は、1970年代半ばから1980年前後(数度のオイルショックや中東戦争、イラン革命など発生時)に生まれたイメージです。諸環境がこの20年間で激変したことを、市場関係者は改めて、心に刻む必要があります。

人:感情を「不安」と「充足」に分けて考える

 次は「人」に注目します。人(ヒト)はどのような存在でしょうか。「感情、学習能力、言葉、各種概念・技術を持つ猿人(えんじん)」だと、筆者は考えています(さまざまな特徴があるものの、結局は生身の生き物)。そして感情は、人の行動を決定する重要な要素です。

図:人の感情と行動

出所:筆者作成

 上図のとおり、「不安」と「充足」は、人の行動を決定づける要素である「感情」の中でも極めて重要な役割を担っています。何か物事を決めるとき、人は多くの場面で無意識に、不安解消のため、不安に押されて、あるいは充足を目指し、充足に乗じて、判断しています。

 例えば「喜怒哀楽」という四字熟語があります。人の感情のプラス面とマイナス面をカバーする言葉ですが、「不安」は怒と哀、「充足」は喜と楽で構成されていると考えると、イメージが深まるでしょう。

 これらより言えることは、行動原理は「不安」だけではない、ということです。ことさら、金(ゴールド)は、世界が不安に包まれている時に価格が上がることがあるため、金(ゴールド)を買うときは「不安」が高まっている時だ、などという発言を耳にします。

 しかし、本レポートが否定的にとらえる「金(ゴールド)=不安」がカバーする範囲は金(ゴールド)市場の一部分です。残り多くは「充足」がカバーします。市場関係者は今すぐに、「充足」も金(ゴールド)を買う動機になり得ることを、認識しなければなりません。