円安に押し上げた要因とは

 ドル/円は週が明けると円安に弾みがつき、あっという間に133円台まで上昇しました。2002年4月以来、20年ぶりの円安水準です。

 円安の背景は、FRB(米連邦準備制度理事会)のタカ派姿勢が和らぐとの見方が一転し、再びタカ派姿勢は変わらないとの見方が広がったことです。タカ派姿勢継続が米長期金利を3%台に押し上げ、ドル/円を133円台に押し上げました。

 8週連続で米株が下落していた5月後半には、アトランタ連邦準備銀行のラファエル・ボスティック総裁の発言から9月の利上げは一時停止するのではないかとの見方が広がり、株価反発のきっかけにもなりました。

 ところが先週は一転、6月2日にラエル・ブレイナード副議長が9月の利上げ一時停止は想定しづらいと述べ、インフレ抑制が進まなければ9月も0.50%の利上げを続ける可能性にも言及しました。

 この発言を受けて米10年債利回りは上昇し、米長期金利の上昇とともにドル/円は上昇しました。

 ブレイナード発言前の5月31日には、ジョー・バイデン大統領とジェローム・パウエルFRB議長との会談がありました。

 バイデン大統領は記者団に「最優先事項であるインフレ抑制について議論する」と述べ、「インフレ抑制に向けた私の計画はFRBとその独立性を尊重するところから始まる」と強調しました。

 バイデン大統領は会談の前日には米紙に寄稿し、FRBに対して金融緩和の政治的圧力をかけたドナルド・トランプ前大統領を批判し、急速な利上げを進めるFRBを支持する考えを示していました。

 ブレイナード副議長がバイデン大統領の意を受けて発言したかどうかはわかりませんが、11月に中間選挙を控えているバイデン大統領にとっては、選挙に大きく影響する足元のインフレを抑制したいという思いをかなり強く伝えたのではないかと推察されます。

 円安に押し上げた注目すべきもうひとつの要因は、ユーロ/円の上昇です。

 5月23日、クリスティーヌ・ラガルド総裁は「7月に利上げが可能になる」と、ECB(欧州中央銀行)のブログで発表という異例の方法で利上げを予告しました。現在のマイナス0.5%の政策金利も9月末までにゼロに引き上げマイナス金利政策を終了する考えも示唆しました。

 この予告以降、今週9日のECB理事会に向けてユーロは堅調に推移し、ユーロ/円は142円台に上昇しました。このユーロ/円の上昇がドル/円を円安に押し上げた要因のひとつとなっているようです。

 ユーロだけではありません。6月1日、BOC(カナダ中央銀行)が0.5%の利上げを決定し、カナダドル/円が上昇しました。そして7日のRBA(オーストラリア中央銀行)の利上げ期待から豪ドル/円は堅調な動きとなっていました。これらクロス円の上昇がドル/円を円安に引っ張っていったようです。

 さらに、日本銀行の黒田東彦総裁が6日の講演会や、7日の国会で「金融緩和を粘り強く続ける」と発言しました。130円台に乗ってからのこの発言は、主要先進国との金融政策の違いが再確認され、円安容認とも捉えられたことから、これらのクロス円が上昇し、ドル/円の水準を押し上げたようです。

根強いスタグフレーションリスク

 日本銀行が金融政策を変更しない限り、円が狙われやすい環境が続きそうですが、日本の物価は上がり始めたばかりであり、政策は当面変更される可能性はなさそうです。

 また、米国のインフレが頭打ちとなり、鈍化し始めればFRBの利上げペースも減速してくるかもしれませんが、今のところ原油や食料、資源が下がる気配はないと予想されます。ロシアとウクライナとの紛争が終結すれば、原油や資源が急落するかもしれませんが、紛争は長期化するとの見方が大勢を占めています。

 このままインフレは高止まりし、主要先進国の引き締め姿勢は続くということになりますが、一方で、インフレと景気後退が同時に進む「スタグフレーション」への懸念は払拭(ふっしょく)されていません。ダウ工業株30種平均の8週間連続下落後、株は戻っていますが、ベアマーケットラリー(弱気相場の中での一時的な株高)にすぎないとの弱気な見方も広がっています。

 最近マーケットで注目されているのが米有力ヘッジファンドのクレスキャット・キャピタルを率いるケビン・スミス氏の見立てです。

 5月29日のリポートによると、米株は「足元から最大で78%の下落余地がある」と指摘しています。同氏はGDP(国内総生産)と株式時価総額の比率に注目し、いま懸念されているスタグフレーションが実際に進んだ1970年代などと比べて算出したとのことです。

 同ファンドは新型コロナウイルス感染拡大で株価を大幅に下げた2020年2~3月に好調な運用成績を残し、また2022年も年初来リターンはおよそ40%にのぼるとのことです。

 同ファンドだけでなく、米株の悲観論は根強いようです。ゴールドマン・サックスの最高執行責任者(COO)は2日、「(経済)システムにこれほど多数の衝撃が同時発生するのは前例にない」と警鐘を鳴らしています。また、前日にはJPモルガン・チェースのジェイミー・ダイモンCEOが「『ハリケーン』に備えるべきだ」と、波乱相場になると警告しています。

9日のECB理事会に注目

 米株が再び下落が続くと、FRBやECBの姿勢が和らぐことも予想されるため、ここから先は半身の姿勢で相場に臨む必要がありそうです。

 まずは、9日のECB理事会に注目です。理事会で予告どおり7月利上げを示唆するのかどうか、あるいは大幅利上げを示唆するのかどうか、また、同時に発表される経済見通しも注目です。

 特にインフレ見通しは、どの程度引き上げるのかによって今後の利上げ幅が推測されることから、相場を揺らす材料になるため注目したいと思います。ただ、FRBもタカ派姿勢を維持していることから一本調子のユーロ上昇とはいかないかもしれません。

 ユーロ高は、取り残された日本銀行の政策を反映し、ユーロ/円が一手に引き受けるシナリオも想定されるため、ユーロ/円の動きには注意する必要がありそうです。

 一方で、7日のRBAの利上げ決定後にみられた豪ドル/円の動きも参考になりそうです。

 RBAの予想外の大幅利上げ(0.50%)決定後、さらに一段の引き締めを示唆したことで豪ドル/円は96円台に上昇しましたが、5月に政権を取った労働党の財務相が「エネルギー価格を含め生活費が急騰している中で、住宅保有者にとっては難しいニュースだ」と述べたことから豪ドル/円は95円台前半に急落しました。

 利上げ期待で既に上昇していたため、材料出尽くしによって利食い優勢となったのか、あるいは大幅利上げによる景気後退を嫌気したのかわかりませんが、タカ派の度が過ぎるとマーケットは歓迎しないというのがよくわかる動きでした。

 10日の米国CPI(消費者物価指数)も注目です。頭打ちとの見方がありますが、5月はガソリン価格が上がっていることから、前月より上昇すれば、FRBの連続大幅利上げの期待が高まり、一段のドル高になるかもしれません。しかし、その場合でも、豪ドルの例ではないですが、来週14~15日のFOMC(米連邦公開市場委員会)後の動きには注意を払う必要がありそうです。