台頭する中国への批判や対抗は一筋縄ではいかない

 バイデン大統領にとって、訪日過程で最も重視していたイベントの一つが、IPEF発足を発表することでした。元々、日米両国が主導する形でこの地域に出来上がったのがTPP(環太平洋パートナーシップ)協定でした。関税撤廃率95%、労働、環境、国営企業の優遇規制まで21分野でルールを規定した高水準の多国間自由貿易協定です。

 その後、トランプ前大統領が就任直後に米国はTPPから一方的に脱退(その後11カ国で継続)。バイデン政権になり、日本は米国の復帰を求めていますが、米国国内の雇用を奪うといった国内事情から、バイデン大統領はTPP復帰を実質放棄してきました。

 TPPには戻らない、でも、この地域で米国主導の経済・貿易システムを作りたい、中国に主導権を握らせたくないと考えるバイデン政権がつくり出したのがIPEFです。IPEFは米国、日本以外に豪州、ブルネイ、インド、インドネシア、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムを含めた13カ国で発足しました。

(1)デジタルを含む貿易、(2)サプライチェーン(供給網)、(3)クリーンエネルギー・脱炭素、インフラ、(4)税制・汚職対策という四つの柱を掲げ、「我々の経済の強靱(きょうじん)性、持続可能性、包摂性、経済成長、公平性、競争力を高めることを目的」(外務省発表の共同声明より)としています。

 IPEFは関税廃止率91%のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)とは異なり、関税撤廃を伴わず、ルール作りだけに徹します。ここにも、国内市場の開放に消極的な米国の意思が働いていますが、東南アジア諸国を中心に対米輸出拡大が期待できず、メリットに乏しいという声が関係国から聞かれますし、しかも、加盟国は、上記(1)~(4)のどれかを選択して参加する権限を有するため、枠組み全体としてそもそもどれだけの効果と広がりを創出できるかが疑問視されています。

 それでも、中国に代わって「インド太平洋地域」における秩序やルールを作るという米国の意思に賛同する国(日本など)や、上記(1)~(4)のいずれかに魅力を感じる国(インドなど)は参加に踏み切ったということでしょう。

 上記TPP、RCEP、IPEFへの参加国はそれぞれ11カ国、15カ国、13カ国です。うち、日本、豪州、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、マレーシアの7カ国は全ての枠組みに参加していることは、特筆に値します。

 この地域の平和と繁栄を保証する上で鍵を握る米中に関しては、米国はTPPから脱退後、IPEFを発足へ、中国はRCEPに加盟しつつ、現在TPPへの加盟を申請しています。ちなみに、台湾も現在TPPへの加盟を申請しており動向が注目されています。IPEFへの加盟も期待されましたが、中国の反発も予想され、今回は見送られたという経緯です。

 中国のTPP加盟は、国有企業への優遇規制などを中心にハードルが高く、容易ではありません。一方、先述したように、米国がTPPに戻る可能性は、(岸田首相も今回バイデン大統領に要請したものの)極めて低いと言わざるを得ません。IPEFはIPEFで、上記のように効果や広がりに疑問符がつきます。

 さらに、7カ国が三つの枠組みに同時加盟している状況下で、3者、特に中国が入るRCEPと米国が入るIPEFが対抗的、競争的な関係を形成することも難しいでしょう。日本や韓国、ASEAN諸国を中心に、中国と経済、貿易、ビジネス関係が緊密な国からすれば、RCEPという自由貿易協定は軽視できません。

 これらの現状を記述することで私が指摘したかったのは、バイデン大統領肝いりのIPEFをお土産に東京で行われた日米首脳会談が、対中けん制、抑止という意味でどこまで効果的か、広がりを持てるか、という意味でまだまだ不確定ということです。

 私の見方では、現状、中国は先行きが不透明なIPEFを大した脅威とは見なしていないですし、王毅(ワン・イー)外相兼国務委員はIPEFを「必然的に失敗する戦略」(5月22日、広州で行われた中国・パキスタン外相会談後の記者会見での発言)だとやゆすらしています。

 バイデン、岸田日米両首脳は、中国を名指しで批判したトーンをQUAD首脳会議にも持ち込みたかったのでしょうが、この枠組みには、ウクライナ戦争で「中立」を貫き、この期間、ロシアとも軍事、エネルギー、経済といった分野でつながりを保持してきたインドが入っています。故に、対中けん制でも一筋縄にはいきません。

 現に、QUAD会議後に発表された共同声明では、4首脳が「ウクライナにおける紛争及び進行中の悲劇的な人道的危機に対するそれぞれの対応について議論し、そのインド太平洋への影響を評価」し、「東シナ海及び南シナ海におけるものを含む、ルールに基づく海洋秩序に対する挑戦に対抗するため、国際法(特に国連海洋法条約UNCLOSに反映されたもの)の遵守並びに航行及び上空飛行の自由の維持を擁護する」、「係争のある地形の軍事化、海上保安機関の船舶及び海上民兵の危険な使用、並びに他国の海上資源開発活動を妨害する試みなど、現状を変更し、地域の緊張を高めようとするあらゆる威圧的、挑発的又は一方的な行動に強く反対する」と書かれていますが、中国どころか、戦争を発動したロシアすら名指しをしていません。

 インドがそれを嫌ったのは想像に難くなく、中国にどう対処するか、ロシアをどう弱体化させるかといったテーマをめぐり、QUAD4カ国の中ですら、一枚岩にはなれないという不都合な現実が横たわっているのです。