ジョー・バイデン米大統領が23日、就任以来初めて日本を訪問し、岸田文雄首相と首脳会談を行いました。バイデン大統領は政権の目玉政策として温めてきたIPEF(インド太平洋経済枠組み)の発足を、東京の地で発表。首脳会談後に岸田首相と臨んだ共同記者会見では、米国側の記者から「台湾防衛のために軍事的に関与する用意があるか」と質問された際、「イエス。それがわれわれの決意だ」と回答し、反響を呼びました。

 翌日には、日本、米国、豪州、インドのQUAD(=クアッド)首脳が東京に集まり、民主主義という価値観を共にする4カ国が、「FOIP(自由で開かれたインド太平洋)」への揺るがないコミットメントを新たにするという強い意志を表明しました。

 日本が主導した一連の首脳外交において、終始念頭に置かれていたのが中国、具体的には、台頭する中国にいかに対処していくか、という点に他なりません。これらの首脳会談は「中国リスク」を高めたのか。この地域における最大の安全保障上のリスクである「台湾有事」はどうなるのか。今年国交正常化50周年を迎える日中関係は大丈夫なのでしょうか。

日米首脳会談で主役を演じた中国

 ロシアによるウクライナへの軍事侵攻から3カ月が経過しました。いまだ解決や停戦の兆しを見いだせないウクライナ戦争。足元で世界の平和や安定を脅かす最大の課題が「プーチンの戦争」にあることは論をまちません。

 日米首脳会談後に発表された、「自由で開かれた国際秩序の強化」と題された共同声明(外務省)においても、両首脳は「この秩序に対する当面の最大の脅威は、ロシアによるウクライナに対する残虐でいわれのない不当な侵略であるとの見解で一致した。両首脳は、ロシアの行動を非難し、ロシアがその残虐行為の責任を負うことを求めた」という共通認識を示しています。

 一方、FOIPという観点からすれば、最大の不確定要素は中国の不透明で拡張的な行動(behavior)である、というのが日米首脳の共通認識です。共同声明において、両首脳は中国を名指した上で、然るべき行動を求めています。五つ例を挙げます。

・中国に対し、国際社会と共に、ウクライナにおけるロシアの行動を明確に非難するよう求めた

・中国による核能力の増強に留意し、中国に対し、核リスクを低減し、透明性を高め、核軍縮を進展させるアレンジメントに貢献するよう要請した

・経済的なもの及び他の方法による威圧を含む、ルールに基づく国際秩序と整合しない中国による継続的な行動について議論した

・東シナ海におけるあらゆる一方的な現状変更の試みに強く反対し、南シナ海における、中国の不法な海洋権益に関する主張、埋立地の軍事化及び威圧的な活動への強い反対を改めて強調した

・香港における動向と新疆ウイグル自治区における人権問題について深刻かつ継続する懸念を共有した

 中国研究をなりわいとしてきた人間として、これらの文言を読みながら、隔世の感を抱かずにはいられません。数年前までは、あえて中国を名指ししないという一種の慣例が敷かれていました。G7(主要7カ国)など多国間外交や日米など二カ国間外交において、東シナ海や南シナ海問題、人権問題などを含め、中国の行動を問題視しているのは誰の目にも明らかでしたが、これらの国家と経済的に密接な関係にある中国を必要以上に刺激しないためです。

 それが、バイデン政権誕生後、人権問題などを重視し、民主主義国、同盟国、同志国とのネットワークを重視するバイデン大統領は、首脳会談などで中国を名指しで批判し、かつ共同声明といった公式文書にも「中国」と書き入れるようになったのです。日本も同調するようになり、今となっては、中国を名指ししない慣習は、中国を名指しする常識と化しました。

 中国は、特に自らが出席をしていない第三国間の協議や会談で話題に上り、けん制、批判され、挙句の果てに公式文書で名指しされることを極端に嫌います。今回も、日米首脳会談を受けて、中国外交部の汪文斌(ワン・ウェンビン)報道官が、「米日が関連する問題を扇動し、中国のイメージに泥を塗り、中国の内政に干渉したことに断固反対する」と表明しています。

 また、同会談やQUAD首脳会議など一連の行事が終了した後の24日夜、中国外交部の劉勁松(リュウ・ジンソン)アジア局長が日本駐中国大使館の志水史雄筆頭公使を同部内に呼びつけ、日米首脳会談、日米共同声明、QUAD首脳会議を通じた「中国に関する消極的で誤った言動にたいして厳正なる申し入れと強烈な不満、厳しい懸念」を表明しています。

 私が中国の外交関係者と議論をする限り、上記の対中けん制、要求は想定内だったようですし、24日夜の場面に関しても、呼び出したのが外交部副部長ではなく局長クラス、呼び出されたのが大使ではなく公使であった事実から、共産党指導部としても、本件をもって、国交正常化50周年を迎える日中関係を悪化させたくはないと考えている現状が見て取れます。

台頭する中国への批判や対抗は一筋縄ではいかない

 バイデン大統領にとって、訪日過程で最も重視していたイベントの一つが、IPEF発足を発表することでした。元々、日米両国が主導する形でこの地域に出来上がったのがTPP(環太平洋パートナーシップ)協定でした。関税撤廃率95%、労働、環境、国営企業の優遇規制まで21分野でルールを規定した高水準の多国間自由貿易協定です。

 その後、トランプ前大統領が就任直後に米国はTPPから一方的に脱退(その後11カ国で継続)。バイデン政権になり、日本は米国の復帰を求めていますが、米国国内の雇用を奪うといった国内事情から、バイデン大統領はTPP復帰を実質放棄してきました。

 TPPには戻らない、でも、この地域で米国主導の経済・貿易システムを作りたい、中国に主導権を握らせたくないと考えるバイデン政権がつくり出したのがIPEFです。IPEFは米国、日本以外に豪州、ブルネイ、インド、インドネシア、韓国、マレーシア、ニュージーランド、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナムを含めた13カ国で発足しました。

(1)デジタルを含む貿易、(2)サプライチェーン(供給網)、(3)クリーンエネルギー・脱炭素、インフラ、(4)税制・汚職対策という四つの柱を掲げ、「我々の経済の強靱(きょうじん)性、持続可能性、包摂性、経済成長、公平性、競争力を高めることを目的」(外務省発表の共同声明より)としています。

 IPEFは関税廃止率91%のRCEP(東アジア地域包括的経済連携)とは異なり、関税撤廃を伴わず、ルール作りだけに徹します。ここにも、国内市場の開放に消極的な米国の意思が働いていますが、東南アジア諸国を中心に対米輸出拡大が期待できず、メリットに乏しいという声が関係国から聞かれますし、しかも、加盟国は、上記(1)~(4)のどれかを選択して参加する権限を有するため、枠組み全体としてそもそもどれだけの効果と広がりを創出できるかが疑問視されています。

 それでも、中国に代わって「インド太平洋地域」における秩序やルールを作るという米国の意思に賛同する国(日本など)や、上記(1)~(4)のいずれかに魅力を感じる国(インドなど)は参加に踏み切ったということでしょう。

 上記TPP、RCEP、IPEFへの参加国はそれぞれ11カ国、15カ国、13カ国です。うち、日本、豪州、ニュージーランド、シンガポール、ベトナム、ブルネイ、マレーシアの7カ国は全ての枠組みに参加していることは、特筆に値します。

 この地域の平和と繁栄を保証する上で鍵を握る米中に関しては、米国はTPPから脱退後、IPEFを発足へ、中国はRCEPに加盟しつつ、現在TPPへの加盟を申請しています。ちなみに、台湾も現在TPPへの加盟を申請しており動向が注目されています。IPEFへの加盟も期待されましたが、中国の反発も予想され、今回は見送られたという経緯です。

 中国のTPP加盟は、国有企業への優遇規制などを中心にハードルが高く、容易ではありません。一方、先述したように、米国がTPPに戻る可能性は、(岸田首相も今回バイデン大統領に要請したものの)極めて低いと言わざるを得ません。IPEFはIPEFで、上記のように効果や広がりに疑問符がつきます。

 さらに、7カ国が三つの枠組みに同時加盟している状況下で、3者、特に中国が入るRCEPと米国が入るIPEFが対抗的、競争的な関係を形成することも難しいでしょう。日本や韓国、ASEAN諸国を中心に、中国と経済、貿易、ビジネス関係が緊密な国からすれば、RCEPという自由貿易協定は軽視できません。

 これらの現状を記述することで私が指摘したかったのは、バイデン大統領肝いりのIPEFをお土産に東京で行われた日米首脳会談が、対中けん制、抑止という意味でどこまで効果的か、広がりを持てるか、という意味でまだまだ不確定ということです。

 私の見方では、現状、中国は先行きが不透明なIPEFを大した脅威とは見なしていないですし、王毅(ワン・イー)外相兼国務委員はIPEFを「必然的に失敗する戦略」(5月22日、広州で行われた中国・パキスタン外相会談後の記者会見での発言)だとやゆすらしています。

 バイデン、岸田日米両首脳は、中国を名指しで批判したトーンをQUAD首脳会議にも持ち込みたかったのでしょうが、この枠組みには、ウクライナ戦争で「中立」を貫き、この期間、ロシアとも軍事、エネルギー、経済といった分野でつながりを保持してきたインドが入っています。故に、対中けん制でも一筋縄にはいきません。

 現に、QUAD会議後に発表された共同声明では、4首脳が「ウクライナにおける紛争及び進行中の悲劇的な人道的危機に対するそれぞれの対応について議論し、そのインド太平洋への影響を評価」し、「東シナ海及び南シナ海におけるものを含む、ルールに基づく海洋秩序に対する挑戦に対抗するため、国際法(特に国連海洋法条約UNCLOSに反映されたもの)の遵守並びに航行及び上空飛行の自由の維持を擁護する」、「係争のある地形の軍事化、海上保安機関の船舶及び海上民兵の危険な使用、並びに他国の海上資源開発活動を妨害する試みなど、現状を変更し、地域の緊張を高めようとするあらゆる威圧的、挑発的又は一方的な行動に強く反対する」と書かれていますが、中国どころか、戦争を発動したロシアすら名指しをしていません。

 インドがそれを嫌ったのは想像に難くなく、中国にどう対処するか、ロシアをどう弱体化させるかといったテーマをめぐり、QUAD4カ国の中ですら、一枚岩にはなれないという不都合な現実が横たわっているのです。

台湾有事リスクは高まったのか?

 最後に台湾問題です。日米共同記者会見で、バイデン大統領が台湾海峡への「軍事的関与」を明言した場面が物議を醸しました。「いよいよ台湾有事か?」のような議論すら生じたほどです。一方、同大統領は過去に2回「米国は台湾を防衛する」と公言したことがあり、発言自体は目新しいものではありません。実際、ホワイトハウス高官は、同発言後、「米国の台湾政策に変更はない」と釈明しています。

 中国外交部は案の定激しく反発しましたが、私が話を聞いた同部幹部は、「想定内」であり、「米国の対台湾政策変更とは理解していない」と回答していました。中国の軍事力増強、拡張的な海洋政策、米中対立などを受けて台湾海峡が緊張している、地政学リスクが高まっている、ウクライナ戦争を受けて、それらが一層不確定になっているのは事実です。これからも予断を許さない状況が続くでしょう。

 一方で、今回の日米首脳会談をもって、台湾海峡をめぐる構造や均衡、日米両国の台湾戦略、政策が変更されたという根拠は見いだせません。バイデン大統領の発言を過大評価しないほうがいいと私が考えるゆえんです。

 日本が東京で主導した一連の首脳外交を振り返ってきました。本稿の最後に、マーケットを読むためのヒントを3点書き下しておきます。投資の参考にしてください。

マーケットのヒント

  1. 中国名指しやIPEFで、米中対立、デカップリング(分断)は一層鮮明になったが、それらがどれだけの効果を見せるか、域内国家が対中対抗にどこまで同調するかは不透明。
  2. 米中対立に伴い、台湾海峡は引き続き緊張状態にある。「台湾有事」に向けた議論や準備も不可欠だが、それでも不安定な平和という現状に変更はない。
  3. 米中対立を受けて、中国はIPEFを含め米国との共働を強める日本に不信感を強めている。しかし、日本との関係を安定的に管理したいという基本的立場に変化は見られない。