中国が「ルーブルの逆襲」を宣伝する理由

 中国・EU首脳会談において、習主席は次のように語っています。

「昨今の世界経済情勢は各国が長期に努力する中で形成された枠組みであり、有機的な総合体である。各国はこの成果を大切にすべきで、既存の世界経済システムを安易に破壊すべきではないし、世界経済を政治化、道具化、武器化することで、国際金融、貿易、エネルギー、科学技術、食料、産業チェーン、供給網といった分野で深刻な危機を引き起こしてはならない」

 ウクライナ危機が世界経済、そして中国経済に与える打撃を懸念したものです。中国は「制裁は問題解決につながらない」という文言で西側のロシアへの経済・金融制裁に反対してきました。新華社がロンドン発で配信した記事「FTコメンテーター:ロシア・ウクライナ衝突がもたらす経済的影響は西側陣営を分裂させる可能性がある」(3月28日、杜鹃記者)、英フィナンシャルタイムズのチーフフォーリンアフェアーズコメンテーターギデオン・ラックマン(Gideon Rachman)氏の論考を紹介し、次のように引用しています。

「西側国家はロシアに前代未聞の制裁を科している。同時にウクライナに大量の軍事支援を行っている。ただ一つの現実を軽視しがちだ。それは、これらの制裁は最終的に西側国家の経済に影響を及ぼすということだ。米国と比べて、欧州国家はより強烈に物価上昇、エネルギー不足、失業、ウクライナからの難民受け入れによって引き起こされる社会問題を実感している。今秋、ウクライナ問題に誘発された経済危機は欧州国家の政策を左右するだろう」

 中国はロシアへの制裁によって欧州が被る打撃は米国の比ではない、という観点から欧州各国にロシアへの制裁に慎重姿勢を浸透させたい。そこには、ロシアが世界経済システムから排除される事態、およびロシアの衰退によって国際政治における“東西”パワーバランスが崩れる事態への懸念が透けて見えます。

 中国としては、ロシアが孤立していないこと、西側からの制裁によってロシア経済が崩壊しておらず、世界経済の中で依然重要な役割を担っていることを各方面に呼び掛けたい。実際に、中国はそれを呼び掛けています。

 ロシア経済をめぐる最近の動きとして特筆すべきは、ロシア通貨ルーブルのV字回復です。ウクライナ侵攻(2月24日)前、ドル/ルーブル相場は1ドル=84ルーブルでしたが、侵攻翌日に100ルーブル超に急落、3月7日には1ドル=143ルーブルまで下落しました。それが、足元では侵攻前の1ドル=84ルーブルに戻っています。為替の動きをもってロシアが置かれた現状を説明するのは軽率ですが、V字回復(事態は流動的で、状況次第では今一度暴落する可能性は全く否定できませんが)に理由があるのもまた事実です。

 中国共産党の宣伝機関は、新華社を中心にその理由の説明に奔走しています。

 4月3日、同通信社はモスクワ発で「空前の制裁下、ルーブルの逆襲はなぜ勝ったのか?」(胡暁光、陳嫱、耿鹏宇、白雪騏記者)という記事を配信しました。記事では三つの理由が挙げられています。

(1)ロシア政府が国内金融市場を安定させるべくあらゆる政策を打ちだしたから。
(2)ロシア・ウクライナ間の停戦協議が進展を見せたから。
(3)ロシア政府が天然ガス購入の際の「ルーブル決済令」を敷いたから。

(1)では、ロシア中央銀行が政策金利を20%まで引き上げたこと、個人の外貨預金引き出しを制限したこと、(2)では、3月29日のイスタンブールにおける停戦協議を経て、1ドル=83ルーブルにまで上昇したこと、(3)では、3月31日、自国に制裁を科す「非友好国家」に対して、ロシア産天然ガスを購入する場合にルーブルでの支払いを義務付ける大統領令にプーチン大統領が署名したことに言及した上で、「将来的に、ロシアは石油、金属、他のコモディティー商品を輸出する際にも、ルーブル支払いを要求するだろう」との見込みを示唆。私が本稿を執筆している4月6日時点で、見込みはすでに現実化しています。

 ロシア産のエネルギーを人民元で購入できる中国は、引き続きロシア、ウクライナ、欧州、米国などと対話を続けながら、停戦に向けた道筋を模索していくことでしょう。その過程で、ロシア経済の衰退、ロシア外交の孤立、ロシア政治の崩壊を回避すべく、米国にロシアの安全保障上の懸念解消に努めることを要求しつつ、仏、独を中心とした欧州各国に歩み寄りつつ、インドをはじめとした新興国を束ねる形で、独自のリズムで動いていくことでしょう。