ロシアがウクライナへ軍事侵攻を始めて6週間がたちましたが、危機が収束する予兆は見いだせません。欧米や日本はロシアへの制裁を強化。ウクライナのゼレンスキー大統領は5日、国連安全保障理事会でオンライン演説し、ロシア軍の行為を「第二次世界大戦以降で最も恐ろしい戦争犯罪」「説明責任は不可避」と主張しました。

 その動向が注目される中国ですが、ロシア、ウクライナ、欧米、新興国などに働きかけつつ、ここに来て共産党の宣伝機関が「ロシア経済の復活」をうたうようになっているのは特筆に値します。ロシアに潰れてしまっては困るという中国共産党指導部の政治的意思の表れとも見て取れます。以下、その中身を解説していきます。

「プーチンの戦争」を終わらせるために欧米に取れる3つの方法

 ウクライナ危機が混とんとしています。事態は流動的かつ不確定です。

 首都キーウ(キエフ)周辺で多くの市民が殺害されているのを受けて、「戦争犯罪」の責任追及に向け、ウクライナ政府とEU(欧州連合)は合同捜査チームを結成することで合意。ウクライナ国防省は4日、ブチャで「戦争犯罪に直接関与した」とするロシア軍兵士約2,000人の名簿をホームページで公開。ゼレンスキー大統領は5日、国連安保理でオンライン演説し、国際社会に向けて訴えました。米国とEUはロシアへの追加の制裁措置(石炭輸入禁止など)へ向けて動いています。

 目下最大の目標が「プーチンの戦争を終わらせること」だとして、仮に欧米がプーチン大統領にこれ以上の軍事侵攻を止めさせることができるとすれば、その方法は三つしかないと思われます。

 (1)上記のように、経済・金融制裁を通じてロシア経済に打撃を与え、生活が困窮する中で、ロシア国民全体を厭戦(えんせん)に傾かせ、プーチンに戦争を止めさせる方法。

 (2)プーチンが戦争を始めた最大の動機が、自国の安全を守るため、NATO(北大西洋条約機構)がこれ以上東方拡大するのを阻止するためという背景を受けて、NATO(主に米国と独、仏など欧州の大国)としてロシアと直接対話をし、落としどころを探し当てることで、プーチンに戦争を止めさせる方法。

 (3)ウクライナへの軍事支援という間接的介入ではなく、ウクライナに軍を送り込み、NATO軍としてロシア軍と対峙(たいじ)、撃破することで、プーチンに戦争を止めさせる方法。

 (3)は核戦争を含めた第三次世界大戦に発展するリスクがあり非常に危険。欧米もこのように動く可能性を否定しています(じゃあ台湾有事の際に米軍はどう動くのか、そもそも動くのか、という問題はここでは扱いません。筆を改めます)。

 最も現実的なのは、(1)を集団的、持続的に行使しつつ、ロシアの国家としての体力を疲弊させ、(2)に持ち込むことです。

米国を突き放し、欧州を引き寄せようとする中国の意図

 中国共産党の宣伝機関、国営新華社通信が、3月31日から「新華国際時評:ロシア・ウクライナ衝突シリーズ評論」を毎日配信しています。論調は一貫して、ウクライナ危機が勃発する過程、背景において、米国がいかに消極的な役割を果たしてきたか、もっと言えば、「黒幕」が米国であることを立証しようとするシリーズです。

 1本目の評論「米国はウクライナ危機につけ込んで危害を加えようとしている」(3月31日、呉黎明記者)で示される次の立場は、習近平(シー・ジンピン)国家主席率いる中国共産党指導部の認識を直接的に体現しています。

「ウクライナにおける今日の戦火であるが、導火線はそもそも米国によって埋められた。長期にわたって、ロシアを包囲するため、米国は2つの手段を取ってきた。1つはNATOの5回にわたる東方拡大、もう1つがロシア周辺で“色の革命”(独裁政権転覆のための民主化運動)を引き起こしてきたこと。ウクライナは米国が重点的に動いてきた前哨である。2004年のオレンジ革命から2014年のウクライナ政治動乱まで、背後には常に米国の影があり、最終的にロシアとウクライナという兄弟間紛争に火をつけたのだ」

 この立場の正否はともかく、プーチンが戦争という手段を使って自国の安全保障を確保しようとした背景に、冷戦初期に結成されたNATOが、冷戦終結後も5回にわたって東方に拡張し、6回目の拡張としてウクライナ加盟が視界に入ったことは疑いありません。その意味で、ウクライナ危機が勃発した根本は、イデオロギー闘争に明け暮れた冷戦期の延長戦としての、米国とロシア間における国力や勢力範囲をめぐる大国間政治にあります。戦場と化しているウクライナ、特に民間人は、その犠牲になっているという悲惨な構造です。

 従って、(1)~(3)の中で、根本的に危機を解消するためには、最後はバイデン大統領とプーチン大統領が話を付けるしかないのです。これまでも、トルコのエルドアン大統領がプーチンと会談する、トルコがウクライナとロシア間の停戦協議の仲介をする、エジプトのシュクリ外相がアラブ連盟として停戦協議を進めるための調停者になるという意思を表明する…というように、第三者によるさまざまな外交調停が試みられていますが、究極的には米ロ間で、ウクライナを取り巻く状況をどう管理するかに関して話を付けるしかない。その過程で、ドイツ、フランス、そして中国の果たす役割は小さくないと私は考えています。米国とロシア双方に話を持っていける立場にいる、話に説得力を持たせるだけの国力を持っている数少ない地域の大国だからです。

 ウクライナ危機勃発以降、中国がEU、特にドイツとフランスとの対話と連携を重視するのもそのためです。そもそも欧州の安全保障をどうするかという問題なのだから、欧州が主導権を握るべき、中国はその流れをサポートするという立場です。

 3月8日の中・独・仏3カ国首脳会談に続いて、4月1日、習近平主席が中国・EU首脳会議に出席、「中国と欧州は世界平和を守るための2大勢力として、中欧関係の安定性をもって、国際情勢の不確実性に対応していかなければならない」と呼びかけています。米国に対してはネガティブキャンペーンを張る一方、ドイツ、フランスを中心に、欧州がウクライナ危機の解決に向けて果たしてきた努力を評価し、「欧・米」を切り離したい意図が透けて見えます。

中国が「ルーブルの逆襲」を宣伝する理由

 中国・EU首脳会談において、習主席は次のように語っています。

「昨今の世界経済情勢は各国が長期に努力する中で形成された枠組みであり、有機的な総合体である。各国はこの成果を大切にすべきで、既存の世界経済システムを安易に破壊すべきではないし、世界経済を政治化、道具化、武器化することで、国際金融、貿易、エネルギー、科学技術、食料、産業チェーン、供給網といった分野で深刻な危機を引き起こしてはならない」

 ウクライナ危機が世界経済、そして中国経済に与える打撃を懸念したものです。中国は「制裁は問題解決につながらない」という文言で西側のロシアへの経済・金融制裁に反対してきました。新華社がロンドン発で配信した記事「FTコメンテーター:ロシア・ウクライナ衝突がもたらす経済的影響は西側陣営を分裂させる可能性がある」(3月28日、杜鹃記者)、英フィナンシャルタイムズのチーフフォーリンアフェアーズコメンテーターギデオン・ラックマン(Gideon Rachman)氏の論考を紹介し、次のように引用しています。

「西側国家はロシアに前代未聞の制裁を科している。同時にウクライナに大量の軍事支援を行っている。ただ一つの現実を軽視しがちだ。それは、これらの制裁は最終的に西側国家の経済に影響を及ぼすということだ。米国と比べて、欧州国家はより強烈に物価上昇、エネルギー不足、失業、ウクライナからの難民受け入れによって引き起こされる社会問題を実感している。今秋、ウクライナ問題に誘発された経済危機は欧州国家の政策を左右するだろう」

 中国はロシアへの制裁によって欧州が被る打撃は米国の比ではない、という観点から欧州各国にロシアへの制裁に慎重姿勢を浸透させたい。そこには、ロシアが世界経済システムから排除される事態、およびロシアの衰退によって国際政治における“東西”パワーバランスが崩れる事態への懸念が透けて見えます。

 中国としては、ロシアが孤立していないこと、西側からの制裁によってロシア経済が崩壊しておらず、世界経済の中で依然重要な役割を担っていることを各方面に呼び掛けたい。実際に、中国はそれを呼び掛けています。

 ロシア経済をめぐる最近の動きとして特筆すべきは、ロシア通貨ルーブルのV字回復です。ウクライナ侵攻(2月24日)前、ドル/ルーブル相場は1ドル=84ルーブルでしたが、侵攻翌日に100ルーブル超に急落、3月7日には1ドル=143ルーブルまで下落しました。それが、足元では侵攻前の1ドル=84ルーブルに戻っています。為替の動きをもってロシアが置かれた現状を説明するのは軽率ですが、V字回復(事態は流動的で、状況次第では今一度暴落する可能性は全く否定できませんが)に理由があるのもまた事実です。

 中国共産党の宣伝機関は、新華社を中心にその理由の説明に奔走しています。

 4月3日、同通信社はモスクワ発で「空前の制裁下、ルーブルの逆襲はなぜ勝ったのか?」(胡暁光、陳嫱、耿鹏宇、白雪騏記者)という記事を配信しました。記事では三つの理由が挙げられています。

(1)ロシア政府が国内金融市場を安定させるべくあらゆる政策を打ちだしたから。
(2)ロシア・ウクライナ間の停戦協議が進展を見せたから。
(3)ロシア政府が天然ガス購入の際の「ルーブル決済令」を敷いたから。

(1)では、ロシア中央銀行が政策金利を20%まで引き上げたこと、個人の外貨預金引き出しを制限したこと、(2)では、3月29日のイスタンブールにおける停戦協議を経て、1ドル=83ルーブルにまで上昇したこと、(3)では、3月31日、自国に制裁を科す「非友好国家」に対して、ロシア産天然ガスを購入する場合にルーブルでの支払いを義務付ける大統領令にプーチン大統領が署名したことに言及した上で、「将来的に、ロシアは石油、金属、他のコモディティー商品を輸出する際にも、ルーブル支払いを要求するだろう」との見込みを示唆。私が本稿を執筆している4月6日時点で、見込みはすでに現実化しています。

 ロシア産のエネルギーを人民元で購入できる中国は、引き続きロシア、ウクライナ、欧州、米国などと対話を続けながら、停戦に向けた道筋を模索していくことでしょう。その過程で、ロシア経済の衰退、ロシア外交の孤立、ロシア政治の崩壊を回避すべく、米国にロシアの安全保障上の懸念解消に努めることを要求しつつ、仏、独を中心とした欧州各国に歩み寄りつつ、インドをはじめとした新興国を束ねる形で、独自のリズムで動いていくことでしょう。