ウクライナ・ショックの追加的リスク要因

 しかし、そもそも戦争である。「こうなるだろう」という予想通りに事態が展開するとは限らない。現時点で、投資家が気にしておくべきリスク要因が複数ある。

 大まかに言って、<1>プーチン大統領の暴走リスク、<2>経済制裁の効き過ぎリスク、<3>インフレと金融引き締めを巡るリスク、の三つのリスクが気に懸かる。

<1>プーチン大統領の暴走リスク

 筆者は、ロシアの銀行のSWIFT(国際銀行間通信協会)からの除外、中銀まで含めた資産凍結、原油や天然ガスの禁輸、親米企業のロシア関連の各種ビジネスからの撤退、など一連の経済制裁が、長期的には継続できないくらい厳しいと考えている。先ずはロシア国民の生活に決定的に大きな悪影響があるはずだ。また、後述するように制裁する側も無傷では済まない。

 軍事侵攻にまで踏み切った以上、成果を挙げずに撤退することは、プーチン大統領にとって政治的に許容しがたいだろう。一方、ウクライナの抵抗は継続する公算が小さくない。ウクライナに武器を援助して戦闘の継続を支援しようとする国もある。そして、紛争が継続する場合、制裁は解除されないだろう。

 ロシアの一般国民の生活や財産を大きく毀損することの是非はともかくとして、仮に、ロシア国民の不満が昂じてプーチン大統領に失脚等の危機が迫る状況になった場合に何が起こるだろうか。

 ロシアのような専制国家では、失脚したトップは生命の危機に晒されることが少なくない。プーチン氏はこうした事情に詳しいはずだ。「ウクライナが意外にしぶとい。そして、ロシアは制裁で大いに困っているはずだ」と制裁を発動する側は満足しつつ、ウクライナの軍事的抵抗をバックアップするのかも知れないが、この場合、プーチン氏は軍事的行動のレベルを一気に上げるかも知れない。彼は一度核兵器について言及している。核兵器の使用も排除されない可能性がある。国にとって合理的でないことでも、個人にとって合理的なことなら実行される場合があるのが人間の歴史の教訓だ。

 場合によってはNATO(北大西洋条約機構)の参戦といった事態が起こり得るし、欧州の被害は甚大だろう。プーチン氏の暴走によって、戦火が意外に大きく拡大すると、政治的・経済的不確実性が高まるので、株価はあらためて大いに下がることになるはずだ。

 ロシアの「侵攻」はもちろん悪いのだが、「ウクライナの非武装中立化」、「ウクライナのNATO加盟の可能性排除」といったロシアの要求は、ウクライナ国民の安全と引き換えの条件とする「落とし所」の一部として、一定の合理性がある。ゼレンスキー政権はロシアへの抗戦を継続したい立場だろうが、ウクライナ政府の市民を足止めしてまで抵抗を続けようとする方針と、武器等を援助してウクライナに戦いを続けさせようとしている欧米諸国の方針には、少なからぬ危うさを感じる。気の毒なのはウクライナの一般国民だ。

 一方、投資の世界では、大きなマイナスを生むリスクの近くに、プラスの効果を生むチャンスの可能性が隠れている事が少なくない。

 例えば、制裁に関わるコストが大きく、戦火の拡大が直接的な不利益を生みかねない欧州諸国は、「プーチン大統領の暴走」のリスクを恐れて、プーチン氏側にとっても顔が立つ停戦に向けた有効な努力を行うかも知れない。「停戦」、そして「制裁の解除又は大幅緩和」となると、世界の株価は大いに上昇することになるだろう。

 ウクライナの軍事衝突は、米国にとっては「遠くの戦争」であっても、欧州諸国にとっては「近くの戦争」だ。米国と欧州諸国の利害のちがいは、今後の展開を考える上で重要だろう。

 ついでに補足すると、日本にとってはウクライナの軍事衝突は「遠くの戦争だが、損な戦争」だ。エネルギーや小麦などの輸入価格が上昇して個人の実質所得にマイナスの影響が発生する一方、紛争で日本の製品やサービスに需要が高まる効果はない。米国の一部産業のようなメリットはない。

<2>経済制裁の効き過ぎリスク

 経済制裁は、ロシアに対してだけではなく、制裁を発動する側にも大きな負担を強いる。ロシアの原油や天然ガスに大きく依存している欧州諸国は、長期間のロシア産エネルギーの購入停止に耐えられないのではないか。

 欧州諸国の天然ガス輸入よりもエネルギーとしてシェアの小さいサハリンからの天然ガスを禁輸対象に出来るかどうかで逡巡している日本の状況を見ると、ドイツ等の欧州諸国の問題はもっと深刻なはずだ。

 また、ロシアの銀行をSWIFTから除外したり、ロシアの債券をデフォルトに誘導したり、ロシアの銀行や企業が経営危機に陥ったりした場合に、対ロシアの債権を持つ欧米(特に欧州)の金融機関が破綻しないかが心配だ。

 現在のレベルのロシア向け経済制裁の継続は、国際金融的な「危機」を引き起こす可能性がある。もちろん、国際金融システムで重要な役割を果たしている金融機関が破綻するような危機的状況が起こった場合に、株価は大幅に下落するだろう。

 一方、このリスクの近隣にも、チャンスの可能性は潜んでいる。金融的な危機が発生した場合、あるいは発生を直前で避けようとする場合、現在金融引き締めに向かおうとしているFRB(米国連邦準備制度理事会)をはじめとする各国の中央銀行が、一気に流動性の供給と金融緩和に舵を切る可能性がある。その時点での株価がどうなっているかという問題はあるが、そうなると、株価は急上昇するだろう。

<3>インフレと金融引き締めを巡るリスク

 筆者は昨年来何度かに亘って、「プーチンよりも、パウエルが怖い」と何度も書いて来た。ウクライナを巡る地政学的緊張よりも、今後利上げに向かうと予想されるFRBの行動の方が株価に与える影響が大きいのではないか、というのが真意だった。

 大規模な軍事侵攻が実現した今、地政学的要因とFRBの金融引き締めとの影響の大小は判然としなくなったが、後者が株価にとって大きな懸念材料であることは変わらない。

 ウクライナの紛争は、エネルギーや穀物などの価格高騰によりインフレ率を一層押し上げる公算が大きい。

 現在の米国のインフレは、資源価格高、人手不足による賃金上昇などを要因とする「コスト・プッシュ」の要素と、コロナ対策の金融緩和と財政支出の効果による「ディマンド・プル」の要素が合体したものだと考えられるが、FRBがインフレ対策で成果を得ることに前のめりになると、過剰な金融引き締めに向かうリスクがある。

 金融引き締めの何れかの段階で、株価が大きく調整することは半ばパターン化された「よくある現象」なのだが、ウクライナ問題がインフレを一層加速させた場合、金融引き締めがより強化される可能性があることは頭に入れておきたい。FRBが物価の安定と共に政策目標とする雇用の最大化は2022年2月時点で失業率が3.8%と目処とされる4%を下回る状況にあり、加えて、パウエル議長は今年新しい任期を得たので、FRBは引き締めの強化に動きやすい環境でもある。

 一方、金融引き締めへの懸念についても、リスクの近くにチャンスが潜んでいる可能性がある。ウクライナ情勢の経済への悪影響や、制裁による金融システムの不安定化のリスクを考慮して、FRBが利上げのペースを市場関係者の予想よりも、より慎重なものとする可能性だ。こうした場合、株価が「意外高」となる可能性がある。