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著者の山崎元が解説しています。以下のリンクよりご視聴ください。
ウクライナ侵攻と資産運用:個人投資家はどう向き合うべき?

米国の一人勝ちか?

 ロシアがウクライナに侵攻し、戦闘が続いている。本稿は政治的主張を目的としていないが、他国への軍事侵攻を行うロシアに対する非難と、主たる被害者であるウクライナの一般国民に対する同情とを、筆者個人として表明しておく。

 さて、その上でなのだが、投資について客観的に考えるために、以下では上記の「感情」を棚上げして事態を整理する。

 戦争のような事態が起こると、ものごとの困難な側面ばかりが強調される傾向がある。曰く、「ウクライナの国民が可哀相だ」、「原油価格が暴騰して世界が困っている」といった具合だ。メディアにとっては、儲けや笑いよりも、惨状や悲しみの方が確実に共感を得やすいからだ。

 しかし、例えば、原油価格の高騰で利益を得ている人や集団がいることを見落とすべきではない。米国は現在世界最大の産油国であると同時に、LNGの輸出国でもある。米国の庶民はガソリン価格の高騰などによって困っているだろうが、エネルギー業界では利益が急増しているはずだ。

 また、ウクライナへの各国の武器支援は直接間接両面で米国の武器関連産業に対して需要をもたらしているはずだ。

 小麦をはじめとする穀物の価格上昇も、穀物メジャーをはじめとする業界の利益になっているだろう。

 短期的な利益ばかりではない。米国はプーチン大統領を長年排除することが出来なかったが、彼がウクライナ侵攻に踏み切ったおかげで、米国はロシアに対して強力な経済制裁を課する口実が出来た。制裁は、貿易、物流、決済などが滞りルーブルの価値が暴落するなどの状況はロシア国民の生活困窮につながり、プーチン政権の弱体化につながる可能性がある。

 仮に、プーチン政権が倒れて、ロシアの政界がリセットされる事態になった場合、例えば、米国を含む外国のエネルギー業界はロシアの原油や天然ガスのビジネスにより深く関与するきっかけを掴むのではないだろうか。

「実は、ある勢力が、プーチンをウクライナ侵攻に追い込んだのだ…」といった陰謀論を展開するだけの情報や想像力を筆者は持たないので、今回の原因や今後の展開について憶測を述べるのは止めておくが、こと米国の「産業」に関する限り、ロシアのウクライナ侵攻には悪くない面があることを指摘しておきたい。

 相場の世界には、「遠くの戦争は買い」という格言がある。今のところ、ウクライナ・ショックは、米国の株価下落につながっているが、ウクライナを舞台とする軍事衝突が相場的には悪材料ばかりでないことを心に留めておくべきだ。

ウクライナ・ショックの追加的リスク要因

 しかし、そもそも戦争である。「こうなるだろう」という予想通りに事態が展開するとは限らない。現時点で、投資家が気にしておくべきリスク要因が複数ある。

 大まかに言って、<1>プーチン大統領の暴走リスク、<2>経済制裁の効き過ぎリスク、<3>インフレと金融引き締めを巡るリスク、の三つのリスクが気に懸かる。

<1>プーチン大統領の暴走リスク

 筆者は、ロシアの銀行のSWIFT(国際銀行間通信協会)からの除外、中銀まで含めた資産凍結、原油や天然ガスの禁輸、親米企業のロシア関連の各種ビジネスからの撤退、など一連の経済制裁が、長期的には継続できないくらい厳しいと考えている。先ずはロシア国民の生活に決定的に大きな悪影響があるはずだ。また、後述するように制裁する側も無傷では済まない。

 軍事侵攻にまで踏み切った以上、成果を挙げずに撤退することは、プーチン大統領にとって政治的に許容しがたいだろう。一方、ウクライナの抵抗は継続する公算が小さくない。ウクライナに武器を援助して戦闘の継続を支援しようとする国もある。そして、紛争が継続する場合、制裁は解除されないだろう。

 ロシアの一般国民の生活や財産を大きく毀損することの是非はともかくとして、仮に、ロシア国民の不満が昂じてプーチン大統領に失脚等の危機が迫る状況になった場合に何が起こるだろうか。

 ロシアのような専制国家では、失脚したトップは生命の危機に晒されることが少なくない。プーチン氏はこうした事情に詳しいはずだ。「ウクライナが意外にしぶとい。そして、ロシアは制裁で大いに困っているはずだ」と制裁を発動する側は満足しつつ、ウクライナの軍事的抵抗をバックアップするのかも知れないが、この場合、プーチン氏は軍事的行動のレベルを一気に上げるかも知れない。彼は一度核兵器について言及している。核兵器の使用も排除されない可能性がある。国にとって合理的でないことでも、個人にとって合理的なことなら実行される場合があるのが人間の歴史の教訓だ。

 場合によってはNATO(北大西洋条約機構)の参戦といった事態が起こり得るし、欧州の被害は甚大だろう。プーチン氏の暴走によって、戦火が意外に大きく拡大すると、政治的・経済的不確実性が高まるので、株価はあらためて大いに下がることになるはずだ。

 ロシアの「侵攻」はもちろん悪いのだが、「ウクライナの非武装中立化」、「ウクライナのNATO加盟の可能性排除」といったロシアの要求は、ウクライナ国民の安全と引き換えの条件とする「落とし所」の一部として、一定の合理性がある。ゼレンスキー政権はロシアへの抗戦を継続したい立場だろうが、ウクライナ政府の市民を足止めしてまで抵抗を続けようとする方針と、武器等を援助してウクライナに戦いを続けさせようとしている欧米諸国の方針には、少なからぬ危うさを感じる。気の毒なのはウクライナの一般国民だ。

 一方、投資の世界では、大きなマイナスを生むリスクの近くに、プラスの効果を生むチャンスの可能性が隠れている事が少なくない。

 例えば、制裁に関わるコストが大きく、戦火の拡大が直接的な不利益を生みかねない欧州諸国は、「プーチン大統領の暴走」のリスクを恐れて、プーチン氏側にとっても顔が立つ停戦に向けた有効な努力を行うかも知れない。「停戦」、そして「制裁の解除又は大幅緩和」となると、世界の株価は大いに上昇することになるだろう。

 ウクライナの軍事衝突は、米国にとっては「遠くの戦争」であっても、欧州諸国にとっては「近くの戦争」だ。米国と欧州諸国の利害のちがいは、今後の展開を考える上で重要だろう。

 ついでに補足すると、日本にとってはウクライナの軍事衝突は「遠くの戦争だが、損な戦争」だ。エネルギーや小麦などの輸入価格が上昇して個人の実質所得にマイナスの影響が発生する一方、紛争で日本の製品やサービスに需要が高まる効果はない。米国の一部産業のようなメリットはない。

<2>経済制裁の効き過ぎリスク

 経済制裁は、ロシアに対してだけではなく、制裁を発動する側にも大きな負担を強いる。ロシアの原油や天然ガスに大きく依存している欧州諸国は、長期間のロシア産エネルギーの購入停止に耐えられないのではないか。

 欧州諸国の天然ガス輸入よりもエネルギーとしてシェアの小さいサハリンからの天然ガスを禁輸対象に出来るかどうかで逡巡している日本の状況を見ると、ドイツ等の欧州諸国の問題はもっと深刻なはずだ。

 また、ロシアの銀行をSWIFTから除外したり、ロシアの債券をデフォルトに誘導したり、ロシアの銀行や企業が経営危機に陥ったりした場合に、対ロシアの債権を持つ欧米(特に欧州)の金融機関が破綻しないかが心配だ。

 現在のレベルのロシア向け経済制裁の継続は、国際金融的な「危機」を引き起こす可能性がある。もちろん、国際金融システムで重要な役割を果たしている金融機関が破綻するような危機的状況が起こった場合に、株価は大幅に下落するだろう。

 一方、このリスクの近隣にも、チャンスの可能性は潜んでいる。金融的な危機が発生した場合、あるいは発生を直前で避けようとする場合、現在金融引き締めに向かおうとしているFRB(米国連邦準備制度理事会)をはじめとする各国の中央銀行が、一気に流動性の供給と金融緩和に舵を切る可能性がある。その時点での株価がどうなっているかという問題はあるが、そうなると、株価は急上昇するだろう。

<3>インフレと金融引き締めを巡るリスク

 筆者は昨年来何度かに亘って、「プーチンよりも、パウエルが怖い」と何度も書いて来た。ウクライナを巡る地政学的緊張よりも、今後利上げに向かうと予想されるFRBの行動の方が株価に与える影響が大きいのではないか、というのが真意だった。

 大規模な軍事侵攻が実現した今、地政学的要因とFRBの金融引き締めとの影響の大小は判然としなくなったが、後者が株価にとって大きな懸念材料であることは変わらない。

 ウクライナの紛争は、エネルギーや穀物などの価格高騰によりインフレ率を一層押し上げる公算が大きい。

 現在の米国のインフレは、資源価格高、人手不足による賃金上昇などを要因とする「コスト・プッシュ」の要素と、コロナ対策の金融緩和と財政支出の効果による「ディマンド・プル」の要素が合体したものだと考えられるが、FRBがインフレ対策で成果を得ることに前のめりになると、過剰な金融引き締めに向かうリスクがある。

 金融引き締めの何れかの段階で、株価が大きく調整することは半ばパターン化された「よくある現象」なのだが、ウクライナ問題がインフレを一層加速させた場合、金融引き締めがより強化される可能性があることは頭に入れておきたい。FRBが物価の安定と共に政策目標とする雇用の最大化は2022年2月時点で失業率が3.8%と目処とされる4%を下回る状況にあり、加えて、パウエル議長は今年新しい任期を得たので、FRBは引き締めの強化に動きやすい環境でもある。

 一方、金融引き締めへの懸念についても、リスクの近くにチャンスが潜んでいる可能性がある。ウクライナ情勢の経済への悪影響や、制裁による金融システムの不安定化のリスクを考慮して、FRBが利上げのペースを市場関係者の予想よりも、より慎重なものとする可能性だ。こうした場合、株価が「意外高」となる可能性がある。

投資家はどう行動したらいいか

 さて、ウクライナで大規模な軍事衝突が起こった現在、投資家はどう考えたらいいだろうか。投資行動を決定するための前提条件を簡単に整理すると以下の通りだ。

(1)全世界的に資本市場のボラティリティ(価格の変動性)が拡大している。
(2)紛争が損失につながる業界・国と、利益につながる業界・国とが存在する。
(3)インフレ率の上昇はFRBをはじめとする中央銀行の金融引き締めを後押しする可能性がありこれ自体が悪材料だが、相当程度織り込まれてもいる。
(4)戦火の拡大も、意外に早い終結もあり得る。
(5)経済制裁の間接的影響や金融引き締めによって金融的なショック(大手金融機関の破綻など)が起こるリスクが(大きくはないが、全くの無視はできない程度に)存在する。
(6)何らかのパニックが起こった場合、株式のリスク・プレミアムが拡大して、期待リターンが上昇する可能性がある。
(7)投資行動は(原則として)好き嫌いの感情と切り離して決定するべきだ。

 投資行動への影響は、(1)はリスクポジションを落とす要因、(2)は分散投資で対応すべき要因、(3)は中立ないし金融引き締めの影響の織り込み不足を若干心配させる要因、(4)は中立要因、(5)はリスク・シナリオとして意識しておくべき要因、(6)は確実ではないが一般論、(7)は合理性の観点からは動かない真理、ということになるだろう。

(2)、(4)を考えると、投資対象は広く分散されている方がいい。リスク資産としては全世界株式のインデックス・ファンドをお勧めする。

 次に、(1)と(3)を考えると、平時に適切なリスク資産のポジションよりも「若干」リスクを縮小することに合理性があるかも知れない。但し、平時のリスク額のせいぜい1割、最大で2割減くらいまでの調節が合理的な限度だと申し上げておく。マーケット・タイミングで「上手くやる」ことは見かけ以上に難しい。

 投資ストラテジーの提示として「何々が起きた場合には…」という条件付きの表現は好ましくないのだが、不確実性が高まっている状況なので敢えて言うなら、(5)、(6)を考えると、「何らかのパニック的な暴落が起こった場合には、リスク資産を買い増しするぞ」というファイティング・ポーズを取りながら、日々の相場を眺めるのがいいと思う。

 ざっくりと10年に一度程度訪れる暴落局面は、絶好の「買い場」になる場合が多い。暴落を楽しみに思えるくらいの、ほどほどのリスクと、精神的余裕は投資家の態度として悪くない。

 ここで読者が、「資産運用は環境に応じて調整すべきものだ」とお考えなら、「ちがう!」と申し上げたい。なぜなら、「調整」は上手く行かないことの方が多いからだ。これは、プロの運用の世界でも同様だ。上記のような細かな調節をせずに、リスク資産を淡々と長期保有するという方針で構わないはずだ。但し、投資対象は、1.広く分散投資されていて、2.手数料コストの小さなもの、に限る。

 全世界株式のインデックス・ファンド(投資信託ないしはETF)をじっくり持って、日々の人生の充実を図りつつ、世界平和を願うのがいい。