急騰の要因は供給減少懸念の「同時多発」

 先程の3つのキーワードをもとに、足元の原油急騰の背景を探ります。以下のとおり、3つのキーワードがきっかけで発生している「5つの供給減少懸念」があります。

キーワード1:「ウクライナ国内の情勢悪化」

 ウクライナ国内の情勢が悪化し、攻撃・誤爆などで同国国内に敷設されたパイプラインに物理的な支障が生じ、ロシア産の天然ガスや原油が欧州に届かなくなること(供給減少懸念1)、作業員の避難などでパイプラインが操業を停止すること(供給減少懸念2)など、ウクライナにおける物理的な供給支障が懸念されています。

キーワード2:「主要国がロシアに対し制裁発動」

 主要国によるさまざまな制裁への対抗措置として、ロシアが意図的にエネルギーの供給量を減少させること(供給減少懸念3)、国際的な銀行決済システムからロシアの主要銀行が排除されることで、世界のさまざまな国がロシア産のエネルギーを購入しにくくなること(供給減少懸念4)など、制裁の反動によるロシア産エネルギーの供給減少が懸念されています。

キーワード3:「主要エネルギー企業がガバナンスを重視」

 ガバナンス(企業統治)を重視した主要なエネルギー企業がロシアでのビジネスから相次いで撤退し、ロシアのエネルギー産業が縮小する(=エネルギー生産量が減少する)ことが懸念されています(供給減少懸念5)。

 ガバナンス(企業統治)は、近年、企業評価の際に重視されるようになった「ESG」のG(governance)です(Eは環境(environment)、Sは社会(social))。戦争を引き起こした国でビジネスを行うことはガバナンスに問題があると、株主や社会から批判を受ける可能性があります。

 ウクライナ有事の激化は、上記の3つのキーワードを通じて、「5つの供給減少懸念」を強めています。複数の供給減少懸念が「同時多発」していることが、足元の原油相場急騰の要因であると考えられます。

図:「ウクライナ有事」激化がもたらす5つの供給減少懸念

出所:筆者作成(一部、BPのデータを参照)

 急騰を鎮静化させるため、3月2日、IEA(国際エネルギー機関)は加盟国が協調して石油の備蓄を放出することを決定しました。それでも価格急騰が収まらないのは、5つの供給減少懸念が同時発生することで生じている強い上昇圧力が、備蓄放出起因の下落圧力を相殺しているためだと考えられます。

 また、ウクライナ有事の当事国であるロシアがリーダーの一角となり参加する「OPECプラス」は、3月2日に会合を行い、昨年夏から続く「過剰な増産をしない方針」を継続することを決定しました。原油相場が高いことが国力の維持・強化に直接的に結びつきやすい産油国の集団は、価格下落策(過剰な増産)に踏み切りませんでした。

※OPECプラス…OPEC(石油輸出国機構)に加盟する13カ国と非加盟国10カ国で構成する主要産油国のグループ。サウジアラビア、イラク、ナイジェリアなど(OPEC)、ロシア、カザフスタン、マレーシアなど(非OPEC)。世界の原油生産量の60%弱を占める。米国は含まれない。(2021年1月時点)