一般課税口座からNISA口座への資産移動

 また、主な収入が年金だが、生活費に対しては余裕があるという、年金生活の高齢者は、余裕金をつみたてNISAで運用しておくことが選択肢として考えられる。いつでも換金できるのだし、「お金の置き場所」として一般の課税口座よりも効率が良い。

 つみたてNISAで積立を行うと、課税口座の資産を取り崩す必要があるとすると、その状況は、課税口座にある運用資金を「より有利な置き場所」に移す合理的な資金移動だ。

 一般NISAとつみたてNISAは、個々の条件によって使い分けるといいが、運用は、運用益に課税される口座よりも非課税の口座で行う方が有利なのだから、課税口座の運用資産を取り崩して、NISA系の口座に移すことは合理的なのだ。一般NISAは年間120万円の運用益非課税の投資枠が大きいが、つみたてNISAも20年間の運用益が非課税になる効果が小さくない。

つみたてNISAの「教育効果」

 現在の日本にあっては、金融資産を多く持ちながら、運用に関する適切なリテラシーを持たず、特に対面営業型の金融機関で不適切な運用商品に投資している高齢者にこそ投資教育を提供する価値がある。

 つみたてNISAは、20年間の運用益非課税を有効に使うためには長期投資になりやすいし、金融庁が認めた運用対象商品は、多くが広い対象に分散されたインデックス・ファンドだし、こうしたファンドは運用に関わる手数料が安い。つみたてNISAは、「長期」・「分散」・「低コスト」の有利な運用三原則を、投資を実地に行いつつ確認できる「良くできた運用教育教材」だ。

 金融庁は、つみたてNISAの運用商品に「長期投資に向いた商品を選んだ」と述べている。筆者は、親切心と多少の正義感から次のように付け加えたい。「長期投資に不向きな運用商品は、短期の投資にも不向きなのである」。

 有り体に言って、リスク資産で運用する場合、つみたてNISAの対象になるような商品以外の商品は「長期でも、短期でも、不適切」なのが現実だ。合理的な投資家にできる意図的な改善は多くない。

 今からの「短期」が、将来の「長期」の、どの局面に当たるのかが投資家には分からない以上(プロのストラテジストも同様だ)、相対的に短期の投資(1年とか、5年とか)であっても、長期的な投資で良かれと思うような投資を行うことが投資家にできる最善なのだ。

 高齢者が、つみたてNISAを通じてオーソドックスで正しい運用を知ると、不適切なリスク・テイクと高過ぎる手数料が組み合わさった、金融機関が(特に対面営業の)勧める不適切な運用商品のセールスに対して、有効な免疫を持つことができるようになることが期待できる。特に、毎月分配型投信、ラップ運用、貯蓄性生命保険といったコストが高すぎる運用商品・サービスを避けることができるようになるだろう(これらの三つは、平成27事務年度版の金融庁の「金融レポート」で問題視された)。

 高齢者がつみたてNISAの運用を学ぶことのマネーリテラシーの関する教育効果は極めて大きいと推測する。

高齢者のリスク資産現金化は経済効率が良くない

 一般に、高齢になるとリスク資産で運用する意欲が低下する傾向がある。高齢期には、投資の損を働いて取り返すことが難しい側面がある一方で、将来必要な支出の目処が立ちやすいことから、リスクを取っていい資金の額が意外に大きく、かつ分かりやすい場合がある。

 高齢者の資産であっても、リスク・テイクの余裕がある範囲で、効率的に運用される方が、高齢者本人にとっても、その人の資産の相続人にとっても好ましいはずだ。せっかく持っている「資産」と「時間」は有効に活用したい。

「高齢になったら、もうリスクなんて取りたくないでしょう」と言うマネーの専門家もいるのだが、こうした意見は、高齢者本人や相続人の利益に対する想像力を欠いた薄情な思い込みと言わざるを得ない。

 また、個々人の資産運用は、あくまでも本人のためであって、社会のために行うものではないのだが、社会全体として投資に直接回る資金が人口の高齢化のために縮小する傾向を持つのだとすると、好ましい事ではない。

 高齢期にリスク資産を現金化する傾向を中和するためにも、高齢期にもつみたてNISAのような仕組みを使ったリスク資産への運用機会を提供する意味がある。