個人のインフレヘッジ・ポートフォリオ

 公的年金のポートフォリオを参考に、インフレ対策を意識した個人の資産配分例を考えるなら、例えば、「国内株式」15%、「外国株式」15%、残りの70%は個人向け国債、といったポートフォリオでどうだろうか。株式の比率は、内外ほぼ同じを保ちながら、個人のリスクに対する許容度で増減して欲しい。

 公的年金の運用計画の考え方で明らかにおかしいのは、同じポートフォリオを10年、20年と持ち続ける前提で資産の期待リターンを考えることだ。しかも、年金財政検証のもとになっている政府の長期経済見通しという凡そ当てにならないものを前提に、たとえば、現時点ではあり得ないような債券の期待リターンを考える。

 本連載でも何度か書いたように、運用の前提となる「期間」を決める主要なファクターは、運用の前提条件の変化とポートフォリオの調整コストとから決まる「ポートフォリオに可能な調整速度」だ。130兆円近くを運用するGPIFのような主体でも、5年もあればポートフォリオの内容をそれなりに大きく動かすことが出来る。10年、20年を同じポートフォリオで運用すると考えるのは愚かだ。

 個人のポートフォリオの場合、GPIF等よりも明らかに小回りが利くので、現在、長期金利が超低位で、債券の期待リターンが低く、今後のインフレ率上昇の可能性を考えると、公的年金が持つような国内債券のポートフォリオを持つよりは、むしろ「現金」に近く、長期金利上昇に強い個人向け国債を持っておくといいのではないか。

 内外の株式が合計30%あるが、株式はインフレ率の上昇の特に前半期に高いリターンを上げてインフレに対する追随をある程度可能にするし、インフレの原因となり得る円安時に高いリターンを上げるので、3割程度持っていると、運用資産全体としてインフレに追随できるのではないか。

 金などをはじめとする商品では、リスクに対する期待リターンの補償がないし、物価連動国債はかなり大きな配分で投資しないと運用資産全体がインフレに追随出来ない上に、はじめからマイナスの実質リターンでは魅力が乏しい。

 もちろん、リスクに対する考え方と、株式に対する期待リターンの判断によっては、もっと比率を上げてもいいし、逆に比率を下げてもいい。

 結局、インフレへの厳密な追随にコストを掛けるよりも、時々に(個人の場合1年単位くらいの期間意識で)、「物価上昇の可能性を意識しつつ(物価上昇は同時に金利上昇の可能性でもある)、可能なリスクの範囲で効率よくリターンを稼ぐことを目指す」といった考え方で、運用するといいのではないか。つまり、直接のインフレ・ヘッジに拘らずに運用を考えていい。

 但し、このポートフォリオでは、物価の下落と景気の後退が起こるような場面には有利でないことを意識しておきたい。変動金利で10年満期の個人向け国債は、その場合でも悪くない運用対象だが、株式部分は苦戦する公算が大きい。

 何はともあれ、金融セールスマンの「将来のインフレ・ヘッジのために」という常套句に対して、精神的な距離を置くべきだろう。インフレ・ヘッジに関して他人を納得させる答を示さなければならないという意識に自分を追い込まないように注意しよう(セールスする側はその状態に“追い込む”ことが狙いなのだから)。

 許容出来るリスク範囲の中で、効率の良いリターンの向上を狙う基本的な運用のフォームを崩す必要はない。

【コメント】

 インフレのリスクが気になって仕方がないという心境に陥る投資家さんがときどきいる。物価連動国債や商品ファンドなどは、どうかと聞かれることが時々ある。彼らの特徴は、さまざまなリスクの中でとりわけインフレ・リスクだけがとりわけ大きなものに見えていることだ。

 実際には、過去30年くらい「日本の財政状況を考えるとインフレは来る」(間違いである)と言われていたものの、インフレはさっぱり起こらず、むしろデフレが問題だった。また、投資や人生には、多分インフレ以上に重要なさまざまなリスクがある。インフレのリスクだけに的を絞って、リターンの期待できない債券を買ったり、高い手数料を支払ったりするのは非合理的だ。

 本文中にあるように、「個人向け国債と少しの株式」(リスクを大きく取りたくない人の場合)くらいで十分間に合うことが多いはずだ。尚、本文中、個人のアセットアロケーションを比率で示しているが、これは筆者の古い記事だからだ。現在は、個人のリスク資産保有は「比率」でなく「金額」で考えるほうが適切だと思っている。(2021年10月17日 山崎元)