「ガバナンスのいい企業」に投資すると儲かるか?

 投資家、あるいは株主は、企業に対して、良いコーポレート・ガバナンスを求めるのが普通だ。では、コーポレート・ガバナンスの良い企業の株式は、良い投資対象なのだろうか。

 簡単な思考実験をしてみよう。同じ程度に稼ぐことができるビジネスを有していて、同じような財務内容の会社A社とB社があるとしよう。A社は、委員会等設置会社で取締役会のメンバーには社外取締役も含めて多様性があり、株主還元に積極的で、今期も自社株買いを発表しているとしよう。一方、B社は、同族中心の取締役会で、現預金等の形で内部留保を手厚く持ち、株主還元には消極的だとしよう。

 仮定により「同じ収益力」のA社とB社だが、A社の方が株価は高く形成される可能性が大きい。金融論的にも、少なくとも自社株買いは債権者の資産の価値を株主に移転する効果があるし、ESG投資などがテーマとなると先進的な取締役会の構成は市場の参加者の受けがいいだろう。この時の、A社の株価をa、B社の株価をbとしよう。a>bだ。

 日本の投資家は、長年に亘ってA社的な企業経営を良いものとして、上場企業に対して「より株主本位の経営」を求めてきた。筆者も、過去にそうした方向性の論考を何度も書いてきたし、上場会社にとって「望ましい方向性」だとの考えに大きな変更はない。

 だが、ここでA社の方が、B社よりも「投資対象としていいのか?」と問われると、「そうだ」とは言いにくい事情がある。

B社が方針変更すると?

 思考実験の続きだ。

 同族経営で保守的な経営をしていたB社の経営者が「心変わり」したとしよう。経営者の「急死」とか「失脚」といった大きなドラマを設定しなくとも、企業の経営方針が変わることはよくある。例えば、海外留学から戻った孫に米国流のファイナンス理論を吹き込まれたとか、証券会社の投資銀行部門が知恵を付けたとか、占い師に影響されるとか、「社長の心変わり」は、起こるときには、案外簡単に起こる。

 B社が、A社的な「先進的なコーポレート・ガバナンスを目指す会社」に方向転換することにしたとしよう。何が起こるか?

 取締役会の改革と大規模な自社株買いをしたB社の株価は、おそらく上昇し、思考実験的にはA社の株価に並ぶ。

 この株価上昇は、B社の「ビジネスが稼ぐ力」が改善することによってもたらされるのではなく、同社が「ガバナンス」を改善することによってもたらされたものだ。この株価上昇によって投資家が得るリターンを「ガバナンス・リターン」と呼ぶことにしよう。数式的には(a-b)/bだ。