※本記事は2015年8月21日に公開したものです。

「統計力クイズ」と相場格言

 本屋さんで涼んでいたら、「統計力クイズ」(涌井良幸著、実務教育出版)という本が目についた。データについて判断する上で役に立つ統計や確率の知識と考え方をクイズ形式でまとめた本だ。外国人の男の子が首を傾げる表紙のデザインが印象的で、手に取ると離しがたくて、購入した。

 読んでみると、平均、誤差、自由度など、統計を理解する上で重要な概念について、考え方の勘所と具体的なイメージがよく分かる良著だ。きっちり書かれた統計の解説書を読む前にこの本を読んでおくと効果的だろう。何よりも洒落た構成とデザインの本で、こういう本を作ることが出来るといいなあ、と少し羨ましく思った。

 さて、この本の「初級編」の12問目に、「相場の格言は確率・統計に通ずる?」と題する問題があった。問題を紹介しよう(問題文の後半を抜粋)」

「…。
以下に、幾つかの格言を挙げるが、この中で相場の格言として、よりふさわしいと思われるものを2つ選びなさい。」

  1. 羹(あつもの)に懲りて膾(なます)を吹く
  2. もうはまだなり、まだはもうなり
  3. 明日は明日の風が吹く
  4. 見切り千両
  5. 一寸先は闇
  6. 七転び八起き
  7. 石の上にも三年

 読者は、どの格言が相場格言にふさわしいと思われるだろうか。正直に言うなら、筆者は深読みをし過ぎて、すっかり間違えてしまった。しばし、答えを考えて見て欲しい。

格言のファイナンス論的解釈

 先ず、筆者が考えた、それぞれの格言のファイナンス論的解釈を述べる。その後で、答え合わせをすることにしよう。

1.羹に懲りて膾を吹く

 この格言を見て、思い出したのは、リーマンショックに続く世界金融危機での下げ相場にあって、持っている株式や投資信託をすっかり売ってしまった個人投資家の多くが、その後の株価の回復局面でリスク資産を買うチャンスを掴めずにいた様子だ。まさに、この格言通りの心理状態だろう。

 この格言を念頭に置いて、自らのリスク資産恐怖症を反省することは悪くないことのように思える。

 たとえばファンドの解約などに伴う投げ売りがもたらした株価の大幅下落は、プロが情報を判断して売買して形成された価格ではなく、投資家が落ち着きを取り戻すと短期間に戻る、絶好の買いチャンスである可能性がある。

 また、投資家が経験したマーケットの動きによって、投資家の「リスク拒否度」が変化するという仮説(「適合的市場仮説」などと呼ばれることがある)もあり、総合的に見て、この格言は相場を考える上でなかなか含蓄が深い。

2.もうはまだなり、まだはもうなり

 これは、出自からして相場格言だと直ぐに分かる。株価を、「もう高値だろう」と思っていてもまだまだ上昇したり、「まだ大丈夫だ、上がるだろう」と思っていたら程なく下落したり、といったことはよくあることだ。

 株式リターンの時系列の自己相関が一定の癖を持つものではないことは、投資家が頭に入れて置くべき常識でもあるので、語っている内容は正しい。また、いかにも投資家の実感に訴える表現も相場格言の名にふさわしい。

 但し、この格言が、投資のパフォーマンスを改善するヒントを与えるかというと、少々難しいところがあるかも知れない。

 敢えて言うなら、過去の値動きや、自分の心理を、将来に投影して、これらから影響を受けてはいけない、ということだろうか。ただ、「投資家は、適切な大きさと内容のリスクを安定的に持ち続けるべきだ」とまで達観して読んでしまうと、この格言を胸に、当たらないと知りつつも、自分の先入観と戦って、相場を予想しようとする市場参加者の心理からずれるような気もする。