ポイント5:国防予算は6.8%増、中国の拡張的な海洋での行動はリスク
毎年全人代で注目されるのが国防費ですが、今年は6.8%増と、昨年の6.6%増よりも上方修正されました。中国の国防予算は日本円で22兆円余りに上り、日本の4倍に達することになります。GDP成長率目標よりも高く設定されており、赤裸々に経済力の向上を軍事力の拡張につなげていくという現状が見て取れます。
全人代では、物議を醸してきた「海警法」も議論されました。習近平がトップを務める中央軍事委員会直属の海警局に武器使用の権限を与えるものです。日本でも連日のように、中国の海警局所属の公船が尖閣諸島沖で挑発的な動きを強めていると報道されています。領海侵犯といった動き、および仮に関連海域で両国の船同士がにらみ合う、衝突するといった突発的事件が勃発した場合、武力行使することを、国内法的に正当化しようという試みです。
中国が今後、尖閣諸島沖を含めた東シナ海、南シナ海、台湾海峡などで、「海警法」を法的根拠に拡張的、挑発的な行為を強めていくことはもはや既定路線でしょう。以前本連載でも検証した「台湾問題というチャイナリスク」も含め、国防、軍事、海洋といった分野は、マーケットを震撼(しんかん)させ得る不安要素になっていくとみています。
ポイント6:香港における選挙制度の見直し
今回の全人代では、香港の選挙制度の見直しが最大の焦点の一つです。
今回の全人代に先んじて、習近平の側近でもある、国務院香港マカオ事務弁公室の夏宝龍(シャー・バオロン)主任が、関連座談会で「愛国者治港」を提起し、香港統治に関わるすべての公職人員に「愛国」を要求する、言い換えれば、これまでのような「民主派」「反対派」を締め出す、それを実現するために、選挙制度を見直す必要があると指摘しています。
選挙制度の中身については現在、全人代で審議している最中ですが、北京の全人代関係者、香港政府や議会の知人などと議論している限りでいえば、次のような情報が耳に入ってきます。参考までに記しておきます。
・行政長官(香港政府の首長)を選出するための「選挙委員会」の数を1,200人から1,500人に増やす。その中に、「愛国的」な人員を送り込み、そうではない人間を締め出す。「愛国的な行政長官を選出する」「行政が立法を主導する」という中国共産党として最も重視する要点を実現させるために、香港選挙制度の見直しの核心として、選挙委員会の役割と権限を突出させる。
・立法会(日本の国会に相当)の議席を現在の70から90に増やす。その中で、香港の民意を反映しやすい地方直接選挙によって選ばれる人員の議席数を減らし、工商業界など親中派が入りやすい「功能界」の影響力を向上させる。同時に、「選挙委員会」の立法会選挙における役割と権限を設定し、同委員会枠の議席も用意することで、立法会を実質愛国者だけで固める。
・香港で最も民意を反映しやすい、2019年にも民主派が圧勝した区議会選挙が、これまで「選挙委員会」や立法会で一定の議席数や影響力を持ってきた。民主派の「国政」における影響力確保のチャネルとなってきた。このチャネルを実質遮断する。
・「選挙委員会」の役割と権限拡大を、選挙制度見直しにおける最優先事項とするために、本来今年9月に予定されていた立法会選挙、12月に予定されていた選挙委員会選挙のスケジュールを変更する。まずは選挙委員会の人員構成や内訳を変更し、その上で立法会選挙をすることで、立法会を実質「愛国者」のみで固める。
いずれにせよ、今回の選挙制度見直しは、昨年施行された「国家安全維持法」同様、香港「一国二制度」の質や中身を変えてしまうほどの威力を持った動向です。政治的には“北京化”が避けられなくなるでしょう。
問題は、政治と経済が良い意味で“デカップリング”することで、香港が引き続き国際金融センター、自由都市としての風貌を保持できるか否かでしょう。この点については、拙速な結論や断定は禁物で、密に情勢をウオッチしていく必要があると私は考えています。