1年に一度の「政治の祭典」全人代が本日閉幕

 中国で1週間開催されてきた全国人民代表大会(全人代)が本日(3月11日)に閉幕します。先週のレポートでは「李克強の表情を見ろ!?中国全人代を楽しむ8つの注目ポイント」を扱いました。本日午後に閉幕した後、李克強(リー・カーチャン)総理(以下、敬称略)が記者会見を開き、国内、海外の記者たちからの質問を、ネットテレビを通じて受け付けるとすでに発表されています。最後の最後まで目が離せないのが、全人代の一つの特徴なのです。

 今回のレポートでは、先週「プレビュー」した8つのポイントを「レビュー」する作業を行っていきます。私自身、中国問題を客観的に理解する上で欠かせないのが、丹念なレビューであると考えています。実際に、今回の全人代には、今後の中国情勢やマーケットの行方を占う上で、極めて示唆に富む情報が含まれていました。

全人代8つのポイントをレビューする

ポイント1:GDP成長率は「6.0%以上」と公表された

 私は昨年2020年末、および前回のレポートを通じて、昨年の全人代同様、「コロナ禍における内外情勢の不確実性」を理由に、GDP(国内総生産)の成長率目標が公表されない可能性が20%ほどあるだろうと予測しました。その上で、これが公表されたほうが中国当局として、経済情勢に自信と掌握(しょうあく)を擁しているということであり、マーケットにとってもプラス要因となる、一方、公表されなかったとしても、私のようなウオッチャー、そしてマーケットのプレーヤーが立ち往生する必要はないと指摘しました。

 結果的に、李克強は全人代初日に行った「政府活動報告」(日本の内閣総理大臣施政方針演説に相当)で、「+6.0%以上」と数字で成長目標を公表しました。

 この数値は、IMF(国際通貨基金)が+8.1%、世界銀行が+7.9%といった予測よりもだいぶ低く設定されているのが分かります。

「昨年の非公表」→「今年の公表」という流れを可視化することで、中国経済が回復してきた経緯を内外に知らしめたいと考えている、とはいうものの、海外におけるコロナ抑制や経済回復という意味で不確定要素は小さくなく、それらの中国経済への影響には読めない部分もある、故にほぼ100%の掌握率を持てる「最低ライン」の数字を公表したということでしょう。

 李克強が「報告」を読み上げた5日の午後、私は旧知の中国国家統計局局長級幹部と議論しました。彼自身も関わった、今回のGDP成長率目標の試算や設定について、その経緯や動機を語ってくれました。彼の意見を4点に要約すると以下のようになります。

1:中国経済の前進を示すため

 政府内には、公表しないという意見や考えもあった。統計局内でも相当議論した。最終的に公表した理由は、中国経済が「前進」している状況を示すためであった。

2:何があっても達成可能な目標である

 昨年の第2四半期以降の経済回復とコロナ抑制状況を考えれば、「6.0%以上」という数字は、これくらいならばよほどのことがない限り達成できるだろうという推量が働いた。

3:健全な成長ラインを示すため、成長率を年度間でならした

 あえて低めに設定した一つの理由として、「第14次五カ年計画」の初年度に当たる2021年だけが、コロナ禍からのV字回復を経て極端に高い数字になるよりも、2022年、2023年と、比較的安定した、年度間でかい離の小さい成長率を実現させたいと考えているから。「2021年+8.0%→2022年+4.0%」よりも、「2021年+6.5%→2022年+5.5%」のほうが健全な成長のラインだということ。

4:成長圧力を小さくして、供給側の構造改革を推し進めるため

 今年、無理をして極端なV字回復を目指し、高い成長率を掲げるのを回避することで、これを機に供給側の構造改革を推し進める目的がある。この点に関しては、中央政府から各地方自治体に大々的に呼び掛けていく。成長圧力が小さいほうが、改革は推し進めやすい。

 3点目に関しては、なかなか中国らしいと思わせる考え方であり、最後の点に関しては、成長と改革を同時進行で推し進めなければ、中国経済は持続的に発展していかないという点で、地に足の着いたアプローチだと受け止めました。今回の全人代では、「第14次五カ年計画」、および2035年までの中長期的戦略についても審議がなされました。向こう5年、15年という持続可能な発展を見据えた上で、足元の経済も安定的に成長させるという政治的意思を示した事実は、マーケットにとってもプラス要因になるといえるでしょう。

ポイント2:景気の下支えへの懸念は残る。各種経済目標は「弱気」の設定

「6.0%以上」もしかりですが、各種経済目標は低めに設定された感があります。最大の背景として、やはり海外における新型コロナウイルスの抑制や経済の回復状況に読めない部分があると考えているのでしょう。

 例えば、今年の調査失業率は「5.5%前後」と設定されました。新型コロナの打撃を受け、2.3%という経済成長に終わった昨年の失業率は5.6%で、政府当局は「年末には5.2%まで回復した」と宣伝していたにもかかわらず、「弱気」の目標設定に見えます。

 また、都市部で新たに創出される雇用人数は「1,100万人以上」と設定されました。コロナ前は1,300万人以上を、昨年も5月に延期されて開催された全人代で「900万人以上」という目標を掲げながら、最終的には1,186万人を創出しました。にもかかわらず、この数字は「弱気」に映るのです。

 さらに、今年のGDP比の財政赤字率は3.2%。昨年の3.7%よりは下方修正され、また昨年発行した1兆元(約16兆円)に上る「コロナ特別国債」も今年は発行しないと明言しました。とはいうものの、3.2%という数字は、当局として、依然不安要素が残る中、6%以上という「最低ライン」の目標を達成するために、適宜財政出動し、政府主導によるインフラ投資などを通じて景気を下支えしていく必要があると考えている現状が見て取れます。

 景気の過熱や資産バブルの形成は警戒しつつも、「積極的な財政政策と穏健かつ柔軟な金融政策」を通じて、経済を安定的に回していくという方針の表れだといえるでしょう。

 中国共産党結党百周年という「政治の季節」に当たる今年、党指導部には“安全運転”が最重要課題になってくるのです。不動産や株式市場を含め、マーケットにショックが走るような状況は何としても避けようとするでしょう。

ポイント3:科学技術分野の基礎研究重視で「技術立国」を目指す

 これまでも本連載でたびたび指摘してきたように、中国共産党は、「新型コロナ×米中対立」が顕在化した昨年を通じて、中国が直面する「世界」が新たなステージに入ったと総括しています。対米戦略的競争関係が長期化、構造化、こう着化する見込みが濃厚な中、技術力の自立自強、自給自足を実現しなければならない、さもなければ、国際政治が引き金となって、中国経済の安定的、持続的発展に必要不可欠なサプライチェーンやバリューチェーンがいつ遮断されるか分からないという危機感が露呈していたのが、今回の全人代でした。

 そして、「中国製造2025」を彷彿(ほうふつ)させるような「科学技術イノベーション2030」を提唱したのです。この分野における基礎研究をこれから「10年行動計画」を持って推し進めていきます。今年、中央政府の科学技術基礎研究への支出を昨年よりも10.6%増やし、第14次五カ年計画の間、国有企業や民間企業、大学やシンクタンクを含めた社会全体として、この分野への投資が年平均7.0%以上増えることを目標としています。

 さらに、R&D(研究開発)分野における基礎研究経費の支出割合は、2020年には6.16%でしたが、これからの5年間、平均8.0%以上に増加させるとのこと。長期的視野で技術力の向上を目標とし、そこに国家戦略としての投資をしていくという政治的意思の裏返しであるといえます。

「国際科学技術イノベーションセンター」「総合性国家科学技術センター」「国家試験室」などを創設し、「肝心な核心的技術を発展させるプロジェクトをしっかりと実践していく」(李克強)とのこと。まさに、米国との戦略的競争関係が長期化する将来を見込んで、技術力で自立することが中国の国家安全と経済発展にとって不可欠なのだと考えている現状が見て取れるのです。

ポイント4:「第14次五カ年計画」と2035年にたどり着く場所

 これからの5年間、中国は「国内大循環」という新たな国家戦略を掲げつつ、内需重視の成長モデルを追求すべく奔走していくでしょう。

 私が注目した目標としては、同計画が終了する2025年までに、都市化率を65%に上げる、その過程で、人口300万人以下の都市においては、外部から移住してきた人民に対する戸籍の制限を撤廃するというものです。また、依然として2億人の「農民工」(農村部から都市部への出稼ぎ労働者)が都市戸籍を得られない、言い換えれば、農村戸籍のまま都市部で労働しているが故に、それ相応の公共福祉を享受できない状況を解消するといった政策が掲げられました。

 中国では現在65歳以上の人口が全人口に占める割合が12%を超えました。政府は「中レベルの高齢化段階に入っていく」という危機感をあらわにしています。少子高齢化という、かなり確定的な未来に向かう中、労働や移住に関する各種制限を撤廃することで、懸念される労働者不足といった不安要素に対応しようとしているのでしょう。

 特筆に値するのが、「第14次五カ年計画」における平均GDP成長率目標が公表されなかった点です。「第12次」では7%、「第13次」では6.5%以上と公表されました。五カ年計画綱要起草の歴史の中で、初めて「合理的区域内で保持し、その時々の状況を見ながら各年で提起する」という文言が記述されました。

 この点について、前出の統計局局長級幹部に聞いてみると、「最大の理由は、これからの5年間に関しては、特に内外の環境・情勢をめぐる不確実性が読めないということ。不確実性という最大の特徴を前に、5年間の平均成長率をまとめて出すよりも、各年で出していったほうが、政策の柔軟性という意味であらゆるリスクに対処しやすいと考えている」という答えが返ってきました。と同時に、「GDPだけを漠然と追求するのではなく、失業率やエネルギー使用効率、環境への配慮といった指標を重視していくという高質量発展を掲げる新時代に入っていくという姿勢を打ち出していく」とも付け加えています。実際の結果が掲げた目標に到達されなかった場合にマーケットに与え得るショック、および政権への打撃を回避するための対応策と理解できるでしょう。

 2035年までに、「社会主義現代化を基本的に実現する」「一人当たりのGDPを中級先進国のレベルまで向上させる」「中産階級を顕著に拡大していく」といった目標も掲げました。これからの15年で、習近平(シー・ジンピン)総書記(以下、敬称略)が掲げるように、GDPが倍増し、現在1万ドルを超えた辺りの一人当たりGDPが2万ドルに達し、現在4億人いる中間層が、人口の半分(7億人程度)に達するような状況になれば、「世界の市場」としての中国の魅力は増していくでしょう。もちろん、前提として、政治的に安定し、経済において改革や開放が進行し、市民社会としての包容性や透明性が向上していくという前提が成立していくこともまた不可欠です。

ポイント5:国防予算は6.8%増、中国の拡張的な海洋での行動はリスク

 毎年全人代で注目されるのが国防費ですが、今年は6.8%増と、昨年の6.6%増よりも上方修正されました。中国の国防予算は日本円で22兆円余りに上り、日本の4倍に達することになります。GDP成長率目標よりも高く設定されており、赤裸々に経済力の向上を軍事力の拡張につなげていくという現状が見て取れます。

 全人代では、物議を醸してきた「海警法」も議論されました。習近平がトップを務める中央軍事委員会直属の海警局に武器使用の権限を与えるものです。日本でも連日のように、中国の海警局所属の公船が尖閣諸島沖で挑発的な動きを強めていると報道されています。領海侵犯といった動き、および仮に関連海域で両国の船同士がにらみ合う、衝突するといった突発的事件が勃発した場合、武力行使することを、国内法的に正当化しようという試みです。

 中国が今後、尖閣諸島沖を含めた東シナ海、南シナ海、台湾海峡などで、「海警法」を法的根拠に拡張的、挑発的な行為を強めていくことはもはや既定路線でしょう。以前本連載でも検証した「台湾問題というチャイナリスク」も含め、国防、軍事、海洋といった分野は、マーケットを震撼(しんかん)させ得る不安要素になっていくとみています。

ポイント6:香港における選挙制度の見直し

 今回の全人代では、香港の選挙制度の見直しが最大の焦点の一つです。

 今回の全人代に先んじて、習近平の側近でもある、国務院香港マカオ事務弁公室の夏宝龍(シャー・バオロン)主任が、関連座談会で「愛国者治港」を提起し、香港統治に関わるすべての公職人員に「愛国」を要求する、言い換えれば、これまでのような「民主派」「反対派」を締め出す、それを実現するために、選挙制度を見直す必要があると指摘しています。

 選挙制度の中身については現在、全人代で審議している最中ですが、北京の全人代関係者、香港政府や議会の知人などと議論している限りでいえば、次のような情報が耳に入ってきます。参考までに記しておきます。

・行政長官(香港政府の首長)を選出するための「選挙委員会」の数を1,200人から1,500人に増やす。その中に、「愛国的」な人員を送り込み、そうではない人間を締め出す。「愛国的な行政長官を選出する」「行政が立法を主導する」という中国共産党として最も重視する要点を実現させるために、香港選挙制度の見直しの核心として、選挙委員会の役割と権限を突出させる。

・立法会(日本の国会に相当)の議席を現在の70から90に増やす。その中で、香港の民意を反映しやすい地方直接選挙によって選ばれる人員の議席数を減らし、工商業界など親中派が入りやすい「功能界」の影響力を向上させる。同時に、「選挙委員会」の立法会選挙における役割と権限を設定し、同委員会枠の議席も用意することで、立法会を実質愛国者だけで固める。

・香港で最も民意を反映しやすい、2019年にも民主派が圧勝した区議会選挙が、これまで「選挙委員会」や立法会で一定の議席数や影響力を持ってきた。民主派の「国政」における影響力確保のチャネルとなってきた。このチャネルを実質遮断する。

・「選挙委員会」の役割と権限拡大を、選挙制度見直しにおける最優先事項とするために、本来今年9月に予定されていた立法会選挙、12月に予定されていた選挙委員会選挙のスケジュールを変更する。まずは選挙委員会の人員構成や内訳を変更し、その上で立法会選挙をすることで、立法会を実質「愛国者」のみで固める。

 いずれにせよ、今回の選挙制度見直しは、昨年施行された「国家安全維持法」同様、香港「一国二制度」の質や中身を変えてしまうほどの威力を持った動向です。政治的には“北京化”が避けられなくなるでしょう。

 問題は、政治と経済が良い意味で“デカップリング”することで、香港が引き続き国際金融センター、自由都市としての風貌を保持できるか否かでしょう。この点については、拙速な結論や断定は禁物で、密に情勢をウオッチしていく必要があると私は考えています。

ポイント7:政権は安定している

 全人代は、普段はなかなかお目にかかれない中国独自の「政局」を読む上でも一つの舞台となります。李克強は例年に比べても健康そうで、体調もよさそうでした。全人代の主役とはいえない習近平は、相変わらずぶっきらぼうに李克強の「政府活動報告」を聞いていましたが、両者の間の不和といった状況は見られませんでした。

 また、私が注目してきた王岐山(ワン・チーシャン)国家副主席も全人代に姿を現し、政治局常務委員(7名)に続く存在として、湖南省の分科会などにも顔を出していました。

 私自身は、仮に政権が不安定化するとしたら、そこには習近平と王岐山という“盟友”の関係性に何らかの変化が見られると考えています。その意味で、現状として、政権は(よくも悪くも)安定している(習近平への権力一極集中という状況が続いている)といえます。現段階に関していえば、中国マーケットへの影響という意味では、プラス要因のほうが大きいでしょう。

ポイント8:李克強の記者会見に注目、何が語られるか?

 前述したように、本レポート配信後、李克強が記者会見に臨みます。個人的にはとても楽しみにしています。

 例えば、中国政府首脳として、アリババ・グループの金融関連会社であるアントフィナンシャルの上場延期問題をどう見ているかといった場面が見られるかもしれません。中国共産党として、米国や日本との関係をどう管理しようとしているか、株式市場を含めたマーケットの現状と課題をどう捉えているかといったテーマが、最高レベルの話として聞けるのです。

 仮に私の中で、本当におもしろい話があったと感じたら、また来週のレポートで書きとめたいと思います。どうぞお楽しみに。