昭和の景気循環は、山谷がはっきりしていた

 それでは、過去の景気循環を見てみましょう。まず、内閣府が認定している「景気後退期」をご覧ください。

内閣府が認定した景気後退期

出所:内閣府、ただし足元の景気後退が2020年6月で終わっているとの判断は楽天証券

 昭和の頃は、景気の山谷がけっこうはっきりしていたので、内閣府も「景気後退期」の認定に、そんなに迷うことはなかったと思います。ところが、コロナ・ショックが起こるまで、近年は景気の山谷がはっきりしなくて、景気循環を定義するのが難しくなってきていました。

 理由ははっきりしています。昭和時代は、日本経済は製造業が主導していました。製造業主体の経済では、景気の波がはっきりと出ます。短期の波は「キチンの波」と言われ、製造業の在庫調整を主体として発生します。景気が良い時、ついついたくさん作り過ぎてしまい売れ残った在庫が積みあがると調整期に入ります。在庫調整が済むと、また生産が増えて景気は回復します。これが、「在庫調整の波」です。

 製造業主体の経済で、もう少し大きな波として「ジュグラーの波」があります。設備投資サイクルが作り出す波です。景気が良い時、ついついたくさん設備投資をし過ぎてしまい、余剰設備ができて稼働率が低下し、景気後退期に入ります。こちらは、在庫調整よりも深刻です。それでも、時間がたつと余剰設備は解消し、再び前向きな設備投資サイクルに入ります。昔の教科書に、ジュグラーの波は10年周期と書いてありましたが、今は、技術革新による設備の陳腐化が早いので、設備投資の波ももっと短くなっています。

 このように、製造業主導の経済では、どうしても良い時と悪い時が周期的に現れます。これが、景気循環として定義され、株価はその循環を半年~1年先取りして動いてきました。