古くて残念な常識(1) “有事で金価格上昇”
“有事の金買い”という言葉があります。有事の際には、金が買われる、という意味です。しかし、北朝鮮がミサイルを15発以上発射した2017年の金価格の変動率が、わずか+8%だったことを考えれば、有事の金買いは、ミスリードな言葉となる場合があることがわかります。
コモディティ市場の環境が変わる2000年以前の1980年前後、イラン革命、在イランの米国大使館人質事件、旧ソ連のアフガニスタン侵攻など、深刻な有事が複数起こりました。そして金価格は急騰しました。このころに生じた、深刻な有事→金価格急騰という「思い込み」が、今もなお、残っているとみられます。
現代の金相場を取り巻く環境は、単純ではありません。少なくとも5つのテーマ(有事発生による資金逃避需要、代替通貨需要、代替資産需要、中国インドの宝飾需要、中央銀行の保有)が層になり、価格ができていると、考えられます。
有事発生による資金逃避需要は、5つの中の一つに過ぎません。金融が高度化した現代は、景気回復のために講じられる策が緩和的な金融政策であるため、金融政策が代替通貨の側面から、直接的に金相場に作用しています。
有事は緩和的な金融政策が発動されるきっかけと位置付けられ、直接的に有事が金相場に影響する場面は、以前よりも少なくなっていると言えます。材料が多層化したことで、有事発生による、資金の逃避先の需要以外の要因が強くなり、相対的に、有事の直接的な影響力が低下しているとみられます。
北朝鮮がミサイルを乱発した2017年は、トランプラリー*の最中、株式市場が好調で、代替資産の側面で金市場に売り圧力がかかりやすくなっていた(市場は株が金よりも有利だと見ていた)ため、同年の金価格の上昇が小幅にとどまったと、考えられます。
“有事で金価格上昇”は、金市場の一部であり、すべてではないことに注意が必要です。
*トランプラリーとは…2016年、ドナルド・トランプ候補が米大統領選に勝利したことを起因として、世界の株式市場で株高傾向が続いたことを指す