「思い込み」とは何か?
“市場は人の心を映す”と言われます。この命題が真であれば、市場で形成される価格に、「喜怒哀楽」、「阿鼻叫喚」など、さまざまな人の心理が反映していることになります。価格は心、価格の推移は人の心の移り変わりそのもの、ということです。
人の意思を介さない機械による取引も成立する昨今、価格の全てが人の心とは言えなくなったわけですが、それでも価格と心は、密接な関係にあると言えます。買いが買いを呼ぶバブル的な急騰局面や、売りが売りを呼ぶ総悲観の急落局面で、人の心の「喜」や「楽」、「怒」や「哀」が、上げ幅、下げ幅を増幅させる要因になっていると考えられるからです。
心を「思い込み」という言葉でとらえれば、価格の一部は「思い込み」でできていると言えます。では「思い込み」とは何でしょうか。慣例、前例、先入観などに執着して思考停止している状態、と言えるでしょう。勘違いを除けば、過去の常識から離れられなくなっている状態です。
筆者は、「思い込み」がいけないとは、思っていません。人は思い込みをする生き物だからです。感情を持つ人という生き物が、強い心理的な衝撃を受けた時、その後の人生において放棄することのない、強い思い込みを保持することは、さまざまなところで議論されています。
また、生身の人間が一度に処理できる情報の量には、限りがあると考えられます。見聞きする情報の量が、許容できる量を超えると、人はそれらの情報を処理しきれなくなり、思考停止に陥り、過去の経験(=思い込み)に頼ることもあると思います。
例えば、1980年前後に発生した金相場と原油相場の大暴騰を実際に経験した人は、その時の強い衝撃が心や頭に残っているかもしれません。株式市場で起きたバブル相場も同様で、予想外の急騰・急落を経験した人は、今もなお、その記憶を保持しているかもしれません。そのような強い衝撃は、その人のその後の行動を左右する「思い込み」を形成した可能性があります。
筆者は、個人投資家を含めた市場関係者は、相場と対峙する時は、思い込み(思考停止)を排除したほうがよい、と考えています。市場は変化するものだからです。
なぜコモディティ市場の独自性は低下したのか?
2008年に起きたリーマン・ショック以降、断続的に主要国で大規模な金融緩和が行われ、溢れた資金が株式市場や通貨市場、コモディティ市場に飛び交うようになりました。また、2003年ごろから本格的にETF(上場投資信託)化され、金や原油は、より身近な金融商品の一つとなりました。
“溢れたマネー”と“金融商品化”は、格段に、コモディティとその他の金融商品の垣根を下げました。コモディティが一般化した(文字通りコモディティ化した)ことで、起きた変化は、コモディティが持っていた価格変動要因における独自性の低下だと、筆者は考えています。
垣根が低くなったことで、価格が上昇することが強く望まれる株式市場や、政治や金融政策、国家間のパワーバランスの動向を強く反映する通貨市場の事情が、コモディティ市場に色濃く反映されるようになり、その結果、コモディティ市場の独自性が低下したと、考えています。
独自性の低下がはじまったのは、各種コモディティ銘柄のETF化が本格化した2003年ごろで、そこに2008年のリーマン・ショック後、断続的に行われている先進国の大規模な金融緩和が拍車をかけたとみられます。
ざっくり言えば、2000年代前半以降、金融商品化、大規模な金融緩和がきっかけとなり、コモディティ市場は独自性を低下させた、となります。低下であり、失ったわけではありませんが、2000年代前半を境に、それ以前とそれ以後の、コモディティ市場を取り巻く環境が、大きく変化したことを意識する必要があります。
“古くて残念な常識”が生まれた背景
先述の「思い込み」と、2000年代前半以降、コモディティ市場の独自性が低下したことを組み合わせて考えます。ここで重要になるのがいつ 「思い込み」が発生したかです。
市場関係者個々に異なりますが、仮に「思い込み」の発生が、2000年よりも前だった場合、その思い込みに、コモディティ市場の独自性の低下が認識されていないことになります。コモディティ市場における“古くて残念な常識”が生まれた原因はここにあります。
2000年よりも以前に、市場に強い衝撃が加わる、影響範囲が大きく、かつ誰にでも連想できる短絡的な連想が広がる、などによって思い込みが発生したケースです。例えば、1980年前後に金や原油が大暴騰したこと、欧州で自動車産業が拡大してプラチナの消費が注目されはじめたこと、などです。
次より、金、原油、プラチナに残る、具体的な“古くて残念な常識”についてみていきます。
古くて残念な常識(1) “有事で金価格上昇”
“有事の金買い”という言葉があります。有事の際には、金が買われる、という意味です。しかし、北朝鮮がミサイルを15発以上発射した2017年の金価格の変動率が、わずか+8%だったことを考えれば、有事の金買いは、ミスリードな言葉となる場合があることがわかります。
コモディティ市場の環境が変わる2000年以前の1980年前後、イラン革命、在イランの米国大使館人質事件、旧ソ連のアフガニスタン侵攻など、深刻な有事が複数起こりました。そして金価格は急騰しました。このころに生じた、深刻な有事→金価格急騰という「思い込み」が、今もなお、残っているとみられます。
現代の金相場を取り巻く環境は、単純ではありません。少なくとも5つのテーマ(有事発生による資金逃避需要、代替通貨需要、代替資産需要、中国インドの宝飾需要、中央銀行の保有)が層になり、価格ができていると、考えられます。
有事発生による資金逃避需要は、5つの中の一つに過ぎません。金融が高度化した現代は、景気回復のために講じられる策が緩和的な金融政策であるため、金融政策が代替通貨の側面から、直接的に金相場に作用しています。
有事は緩和的な金融政策が発動されるきっかけと位置付けられ、直接的に有事が金相場に影響する場面は、以前よりも少なくなっていると言えます。材料が多層化したことで、有事発生による、資金の逃避先の需要以外の要因が強くなり、相対的に、有事の直接的な影響力が低下しているとみられます。
北朝鮮がミサイルを乱発した2017年は、トランプラリー*の最中、株式市場が好調で、代替資産の側面で金市場に売り圧力がかかりやすくなっていた(市場は株が金よりも有利だと見ていた)ため、同年の金価格の上昇が小幅にとどまったと、考えられます。
“有事で金価格上昇”は、金市場の一部であり、すべてではないことに注意が必要です。
*トランプラリーとは…2016年、ドナルド・トランプ候補が米大統領選に勝利したことを起因として、世界の株式市場で株高傾向が続いたことを指す
古くて残念な常識(2) “OPEC減産で原油価格上昇”
“OPECが減産をすれば原油価格は上昇する”という話があります。OPEC(石油輸出国機構)は世界の4割の原油を供給しているため、そのOPECが原油の供給を人為的に絞る“減産”を実施すれば、原油価格は上昇する、という意味です。
コモディティ市場の環境が変わる2000年以前の、1982年ごろからOPECは組織全体あるいは加盟国ごとに生産量の上限を決め、生産量を調整するようになりました。それ以後、たびたび、(生産シェア4割を占める)OPECが減産をする、とのアナウンスがあると、原油価格が上昇する場面がみられるようになりました。
しかし、2017年から始まったOPECと非OPECの協調減産の際、大規模な減産ではあるにも関わらず、原油価格は大きく上昇せず、2018年の後半においては、急落する場面すらみられました。必ずしも、OPECの減産が原油価格を上昇させるわけではない、ことがわかります。
2017年からの原油の減産が行われている最中、シェール革命**により、米国の原油生産量が急激に増加していました。このため、OPECが減産をしても需給が引き締まりにくくなっていました。また、2018年の価格急落は、株価が急落したことを受け、石油の消費減少懸念が急速に高まったことが主因と考えられます。
**シェール革命とは…掘削技術の革新などで、これまで困難とされていたシェール層からの石油や天然ガス(シェールガス)の抽出が容易になったことにより、世界のエネルギー事情が変化。特にシェール層が豊富な米国が資源大国になりうる可能性が高まったため、世界の石油情勢が変化したことなどを指す。
特に2018年の原油価格急落は、2000年以降に生じたコモディティ市場の環境の変化の際に、株式市場との関わりが強くなったことが影響していると考えられます。米ハイテク企業の株価下落をきっかけに発生した主要株価指数の下落が、株価下落→景気悪化懸念→石油の消費減少懸念という連想が生じさせたと考えられます。
OPEC減産→原油価格上昇という「思い込み」は、特にコモディティ市場の環境が変わった2000年以降は、原油市場のすべてではなく一部だと認識する必要があります。減産を実施していても、必ずしも、原油価格が上昇するわけではありません。
古くて残念な常識(3) “フォルクスワーゲン問題でプラチナ価格下落”
“フォルクスワーゲン問題が発覚したから、プラチナ価格が下がる”という話があります。ドイツの自動車大手フォルクスワーゲン社が違法な装置を使って不正に排ガステストを潜り抜けてきた問題(フォルクスワーゲン問題)が発覚して以降、ディーゼル車への信任が低下し、ディーゼル車の生産台数が激減するのではないか、との思惑が強まりました。同時に、ディーゼル車の排ガス浄化装置に用いられるプラチナの消費が激減する懸念が生じました。同問題が、プラチナ価格を大きく下落させる、という話です。
コモディティ市場の環境が変わる2000年以前より、“欧州”、“ディーゼル車”、“プラチナ”というキーワードはワンセットでした。欧州はガソリン車が主流のアジアと異なりディーゼル車が主流で、そのディーゼル車の排ガス浄化装置にはプラチナが使われている、という定説めいたものがあったと聞きます。それゆえ、同問題発覚は、プラチナの消費が急激に減少するのではないか、という懸念を強めたわけです。
実際のところ、プラチナ価格は、下落はしたものの一定水準で下げ止まり、現在もその水準を維持し、底堅く推移しています。また、欧州で自動車排ガス浄化装置向けに用いられるプラチナの量は、問題が発覚した2015年以降、微減程度です。前回のレポートで述べたとおり、欧州ではディーゼル車の生産台数は減少しているものの、環境規制の強化を背景に、自動車1台あたりに使われる触媒向けの貴金属の量が増えていることが(筆者推定)、主な要因とみられます。
また、同問題が発覚した2015年以降も、米国の株価指数は、一時的な下落はあったにせよ、長期的には、史上最高値を更新し続けていたことから、消費の60%が産業用の用途であるプラチナにおいては、株価上昇→自動車生産台数増加期待→プラチナの触媒向け消費が一定程度確保される期待、という構図が生まれ、価格が下落しにくい環境だったと考えられます。
また、プラチナ特有の状況として、同問題発覚後に下落した価格水準が、リーマン・ショック直後の記録的な安値水準とほぼ同等だったことも、問題発覚後も、価格が大きく下落しなかった要因とみられます。
フォルクスワーゲン問題→プラチナ価格下落という「思い込み」は、今もなお、残っているとみられますが、実態としては、価格は底堅く推移し、欧州の排ガス浄化装置向け消費量も微減程度で済んでいます。
古くて残念な常識が存在するからこそ、賢い投資家になれるチャンスがある!
“有事の金買い”について、有事発生による資金の逃避先需要は、現在の金価格の変動要因の一つに過ぎず、有事発生でも金価格が上昇しないことがある、“OPEC減産で原油価格上昇”について、減産実施でも株価が一時的に急落すれば原油価格は上昇しないことがある、“フォルクスワーゲン問題でプラチナ価格下落”について、株価が長期的に上昇傾向にあるため、問題発覚後もプラチナ価格は底堅く推移し、かつ欧州の排ガス浄化装置向け消費量も微減程度で済んでいる、と述べました。
いずれのケースでも、コモディティ市場の環境が変化する2000年以前に生まれた「思い込み」が、今起きていることと合致しないことがわかります。古くて残念な過去の常識は、今の常識の一部分にすぎないことを認識する必要があります。一つの材料にのみ着目する古い常識だけでは、現代の値動きを説明することができなくなっているわけです。
古くて残念な常識は分かりやすいのですが、換言すれば、短絡的といえます。分かりやすいがゆえに、いまでも残念な常識として、市場で語り継がれているのだと思います。情報配信の際、一部では、マーケットの実態よりも“分かりやすさ”や“見出しのインパクトだけを重視して伝える”ことが優先されていると、感じることもあります。
このような状況において、投資家はどのような行動をとればよいのでしょうか? 筆者は、以下の3密回避を行うことで、古くて残念な常識にとらわれない、現在の状況を正しく把握し、将来を見通すことができる投資家になれると、考えています。
◆コモディティ投資家が、密になってはいけない3要素
・過去の常識
・過去の成功体験
・集団心理
「人の行く裏に道あり花の山」という相場格言があります。多くの人が通る道を避けて、裏の道を進むことで、花の山に行き着くことができる、つまり、群集心理に惑わされず人とは違う方法を選択することが、利益を上げるために重要だ、ということを説いた格言です。
コモディティ投資版の“3密回避”を行うことで、「人の行く裏に道あり花の山」を体現することができると、筆者は考えています。なぜなら、多くの個人投資家は、逆に“密”の状態で取引をしている可能性があるからです。
過去の常識や成功体験、集団心理と密にならないようにすれば、心理的に、他の個人投資家より優位になれるでしょう。他の個人投資家よりも一歩先に買い、一歩先に売ることができれば、花の山に行きつく(投資のパフォーマンスを向上させる)ことができるのではないでしょうか。
まだまだコモディティ市場は、過去の常識、過去の成功体験、集団心理にとらわれていると感じます。だからこそ、他の個人投資家より優位に立つチャンスがあると思います。そのための具体的なアクションが、コモディティ投資版“3密回避”だと考えます。
[参考]貴金属関連の具体的な投資商品
純金積立
国内ETF/ETN
1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN
海外ETF
GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF
投資信託
ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
三菱UFJ純金ファンド
外国株
ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ
国内商品先物
金・金ミニ・金スポット・白金・白金ミニ・白金スポット・銀・パラジウム
海外商品先物
[参考]具体的な原油関連の投資商品
国内ETF/ETN
WTI原油上場投資信託 (東証)1690
NF原油インデックス連動型上場(東証)1699
NEXT NOTES 日経TOCOM原油ブル2038
NEXT NOTES 日経TOCOM原油ベア2039
投資信託
外国株
エクソンモービル(XOM)
シェブロン(CVX)
トタル(TOT)
コノコフィリップス(COP)
BP(BP)
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