矢は一本一本が太さを増し、束になる。金価格は“5本の矢”に支えられ、2000ドルへ!?

 筆者はこれまで、何度も、金相場の変動要因は1つではない、少なくとも5つあり、これらが重なったり、相殺されたりして、価格が決まっていると申し上げてきました。“今は有事だから金価格が上昇している”、などと、高値水準で推移する金相場を、たった1つの材料で説明することはできません。

 例えば、“米中関係の悪化”という材料があります。この材料は、世界に垂れ込める不安を増幅させています。新型コロナの影響で負った大きなダメージから、一刻も早く世界経済を回復させなくてはならないわけですが、米中関係が悪化していることで、回復が遠のいてしまう不安が強まっています。このような不安は、投資家に資金の逃避先を模索させるきっかけになります。

 “米中関係の悪化”は、不安を強めるだけではありません。世界経済の回復が遅れるのではないか、との見方は、思惑を織り込む傾向がある株式市場に不安感を与え、同市場が不安定化する懸念を生みます。株式市場が不安定化することに、備えが必要になります。

 また、“米中関係の悪化”により、世界経済の回復が遅れる懸念が生じれば、特に米国で行われている緩和的な金融政策をさらに強めるよう、催促するムードが生じます。金利引き下げや市中からの資産買い取りなどの政策は、政策を実施する国の通貨(米ドル)の価値が希薄化する懸念を強めます。このため、ドルの代わりになり得る通貨を物色するムードが生じます。

 “米中関係の悪化”というテーマは、投資家に、資金の逃避先を模索させたり、株式市場が不安定化するのに備えさせたり、ドルの代わりとなり得る通貨を物色させたりする動機になります。

 つまり、“米中関係の悪化”は、資金の逃避先として金を物色させる“有事のムード”、株式の代わりに金を保有する“代替資産”、ドルの代わりに金を保有する“代替通貨”、少なくとも3つの側面から、金相場をサポートする要因になっていると考えられます。単に、米中関係が悪化し、不安だから金が物色されているだけではないのです

 “米中関係の悪化”は1つの例にすぎません。新型コロナウイルスの感染拡大について、中国を除く新興国で第1波が、先進国で第2波が同時に起きていること、世界各地で人種差別のデモが起きていることなども、世界経済の回復を遅らせる要因になることから、米中関係の悪化と同様に、3つの側面から金相場をサポートしていると言えます。

 また、このような、金相場を複数の側面でサポートする材料をもたらす大きな懸念が複数、同時に発生している状況が、長引けば長引くほど、国によっては財政が厳しくなるケースが想定され、もともと中長期的な金の保有者として知られる“中央銀行”が、長期保有を前提に比較的大きな規模で金の保有残高をさらに増やす可能性があります。

 そして、主要国の中で、第1波を乗り越えることに成功し、現在、新型コロナを封じ込めているとみられる中国で、宝飾や地金・コインなど、個人の金需要が回復する期待が強まり、“中国の宝飾需要”というテーマから金相場をサポートする期待が生じます。

 以下のとおり、少なくとも、金相場には5つのテーマが存在し、それぞれが金相場に上昇要因として作用していると考えられます。

図:足元の金相場を支える5本の矢

出所:筆者作成

 世界情勢が明確な回復基調にならないため、“5本の矢”が、束のまま(上昇要因という同じ方向を向いたまま)、時間の経過とともにそれぞれ太くなり(影響力が強まり)、金相場を支えていると言えるでしょう。“不安だから金が買われている”だけではないのです。

 ドル建て金価格が1トロイオンス2,000ドルという予測が報じられていますが、5本の矢が金相場をサポートし続ける環境が続けば、2,000ドル到達も十分あり得ると、筆者は考えています。

 かつて主流だった、有事だから金価格が上昇する、あるいは、株が下がったから金価格が上昇する、あるいは、ドルが下がったから金価格が上昇する、という“材料を点で見る”考え方ではなく、そもそも材料は1つではなく複数が同時に作用している、“材料の多層化”という現代版の金相場の考え方を用いることで、今後、金価格がさらに上昇する、というシナリオを描くことができます。