地政学的リスク

中東の地政学的リスク、政治的要因などが買い材料視されたが長期化せず

 2019年も複数回、地政学的リスクが買い材料視される場面があった。1月には、マドゥロ政権退陣への圧力を強めるべく米国はベネズエラの国営石油PDVSAを制裁対象に指定した。政情不安や経済停滞、さらに大規模停電なども影響し、ベネズエラからの原油輸出量は減少の一途を辿った。4月にはリビア国民軍が暫定政権に対して軍事行動を開始、暫定政権側も徹底抗戦の構えを示し、リビアの産油量の回復の遅れが懸念された。5月には米国がイラン産原油の禁輸措置の適用除外措置を打ち切り、5月からの全面停止を求めるなどイランへの制裁圧力を強めた。この制裁復活を受けてイランも応酬してホルムズ海峡封鎖などを警告。今に始まったことではないが、その後も米軍のペルシャ湾への追加配備など両国は牽制し続けている。このほかトルコ軍によるシリア侵攻なども懸念された。様々なリスクがあったが、2019年を通じて最も市場へ影響を及ぼしたのはサウジアラビアの石油施設への攻撃である。

 年間を通じて地政学的リスクが頻繁に発生し、その都度市場は買いで反応した。しかし、影響度の違いから市場の反応に格差はあるにせよ、それらは概ね一時的な買い材料にとどまり、長きに亘るものではなかった。主に中東を中心とする産油国をめぐっては、宗教的な問題や政治的な背景などにより2020年も地政学的リスクが散発的に発生する可能性はある。ただし、2019年のケースを勘案すると市場参加者の多くは冷静であることが窺え、単発材料にとどまる公算が大きく、長期の上昇トレンドを形成するには至らないだろう。

NYMEX WTI日足(出来高×1000枚、ドル/バレル)

出所:各種データを基にクリークス作成

 9月14日、サウジアラビア国営石油サウジアラムコのアブカイク、クライスにある2施設がドローンによる攻撃を受け火災が発生した。イエメンの親イラン武装組織フーシ派が犯行声明を出した。これにより世界の供給量の5-6%に相当する日量570万バレルの原油生産量が喪失した。米国とイランのトップ会談が国連総会で実現するのではとの見方が広がっていたところ、イランの後ろ盾があるとされるフーシ派が親米国サウジアラビアを攻撃したことにより、その会談の実現性が著しく低下した。この報を受けて週明け16日のマーケットは買いで反応した。週末13日の終値は54.85ドルだったが、寄り付きから買い注文が殺到し61.48ドルで始まると、高値63.38ドルまで上昇した。

 しかし、翌営業日17日には大幅反落した。サウジアラビアのエネルギー相が、月内にも通常の生産レベルにまで回復すると言及、さらに能力は月末までに日量1100万バレル、11月末までには同1200万バレルに到達するとの見通しを示したため。一部報道では、失われた生産量のうち約7割が2、3週間で完全復旧するとの見通しも。これらの報に一部では懐疑的な見方もあったが、市場は直ちに冷静さを取り戻し、翌日にはこのリスクを手掛かりとする上昇幅の半分を打ち消す格好となった。その後、順調に生産は回復、攻撃から2週間以内に攻撃前の生産水準まで戻した。

 年間を通じて地政学的リスクが頻繁に発生し、その都度市場は買いで反応した。主に中東を中心とする産油国をめぐっては、宗教的な問題や政治的な背景などにより2020年も地政学的リスクが散発的に発生する可能性は十分想定されるため注意が必要である。ただし、サウジアラビアへの攻撃の際の市場参加者の動きをみると、9月16日に出来高を伴って急騰したが翌営業日には改めて出来高を伴って反落、さらにその価格水準は攻撃前の高値水準と、パニック的な過熱した相場には発展せずに比較的落ち着いて対処していたことが窺える。かつてのような噂で買って事実で売るという動きよりも、リスク警戒中に利益を確定する冷静さがある。突発的に発生する地政学的な要因は、その影響度の違いから市場の反応に格差があるのは確かである、しかし、2019年のように一時的な買い材料にとどまることも多く、長期の上昇トレンドを形成するには至らないケースも多々ある点は念頭に入れておきたい。当然ながら、世界経済全体の先行きをどの程度不透明にするリスクであるのか、そして実際の原油需給に影響が及ぶものであるのか、十分にリスク度合いを精査すべきだろう。