10:他人を信じないことの重要性

 運用教育は、運用商品・サービスの消費者に対する「消費者教育」でもある。だとすると、最も大事なのは、運用に於ける「他人」というものとの関わり方だろう。

 根本的な問題は、(1)情報が非対称であることと、(2)それぞれ人は(自分も他人も)自分の利益(=インセンティブ)に基づいて動いている、ということの2点だろう。

 自分が知らないことを相手は知っているかも知れない、相手は相手自身の得にならない場合知っていることを必ずしも自分に教えないだろう、相手は嘘や嘘ではないけれども根拠のないことをいう可能性がある、といったことを、「相手」が金融機関の担当者やFP(ファイナンシャル・プランナー)といった直接の利害が絡む人だけでなく、自称・他称を含めていわゆる専門家(自称を含めるので筆者も入る)や、さらには有人・知人も、警戒すべき「他人」だ。

 ちなみに、友人・知人は、直接の悪意はなくとも、結果的に不良金融商品の効果的で悪質なセールスマンになるケースが多々ある。例えば、通貨選択型の毎月分配型投資信託で大損をしているというような方が、その商品を買ったきっかけが、(たとえばゴルフ仲間の)友人に商品を勧められたことや、友人に金融マンを紹介されたことである場合がしばしばある。人間は、自分が怪しいものに手を出すと、仲間を作って安心したくなる厄介な生き物だ。

「金融機関の窓口で運用の相談をしてはならない(特に無料の相談は危険)」「自分の投資可能金額を金融マンに知られてはならない」「運用の相談をする相手と、商品を購入する相手は、同じではいけない(利害が同一も含む)」、「専門家の言うことを鵜呑みにしてはいけない」などなど、この方面の心配にはほとんどきりがない。

 基本的な原理は、ゲームの形にでもすれば小学生にも分かる考え方だが、運用は不確実な世界なので、「誰か他人を信じたい」と思う人が後を絶たない。

 一言の標語にまとめるなら、「信じるものは愚かなり!」だが、これではニュアンスが強すぎて嫌われそうだ。もっと耳に優しい、しかし心には残る伝え方を考えねばなるまい。

 上記は、「このようなことを伝えたい」という内容に関する試論だ。

 本稿で述べたテーマは、いずれも書籍などで改めて個々の項目について詳しく論じたいテーマだ。伝えるべき内容と、親しみやすくしかし正確に伝わる伝え方の双方を再検討して、またお目に掛かりたい