7:分散投資で何が得か

 分散投資は、投資家自身の努力によってポートフォリオを改善することができる点で、手数料の節約と並んで重要なポイントだ。「運」に影響されやすい「運用」の世界にあって、意図的にできる改善は逃せないポイントだ。

事後的に成功した集中投資の自慢話の裏には、語られない多数の失敗した集中投資がある。分散投資のメリットを「なるほど」と思える形で的確に伝えることは、投資教育の大きな目的の一つだ。

8:機会費用の考え方

 お金の運用のみならず、経済的な意思決定全般を改善する上で使いこなせるレベルまで知っておきたい概念として、「機会費用」と次の「サンク・コスト」がある。

 機会費用とは、ある選択肢を取ることによって放棄した別の選択肢の潜在的利益の中で最大のものを指す概念だ。直接的に支払う費用ばかりが、意思決定にあって問題なのではないということを教えてくれる。

 例えば、アルバイトで5,000円稼げる時間にこれをキャンセルして、1,500円の代金を払って映画を観るとすると、この映画を観る総合的な費用は最大6,500円だ。「最大」というのは、アルバイトをすることが苦痛なら、そのコストを差し引いて潜在的な利益を計算する必要があるからで、仮に苦痛の費用が2,000円相当なら、放棄する潜在的利益は3,000円でこれが機会費用だ。

 一般に、よく考えるべきなのは時間の費用だろう。例えば、通勤時間が片道30分から1時間になると、通勤時間が毎日往復で1時間伸びる。仮に1月に20日出勤するとして、この人の年収が1,000万円だ(年250日出勤、1日8時間労働で時給は5,000円となる)とすると、時間のコストを時給で計算すると、この通勤の遠距離化は毎月10万円のマイナスということになる。

 運用の意思決定にあっても、「他のベストな選択肢との差」は常に意識すべきだ。ただし、他の選択肢を評価する際には、単純に期待リターンだけを見るのではなく、リスクや手数料などのマイナス要素を差し引いた「潜在的利益」を把握しなければならない。

 機会費用の応用例としては、例えば、日銀の金融政策によって長期金利も超低水準になってしまった状況を考えると、出し入れが簡単で送金や決済などに使いやすい普通預金にお金を置いておくことは、機会費用が通常の金融環境よりもずっと下がっているので、現在、それほど「もったいなくない」といった考え方をすることもできる。

 機会費用と並んで重要なのがサンク・コスト(埋没費用)の考え方だ。例えば、途中まで建設したオフィスビルの建築費が30億円で、残り30億円の費用で完成できる場合、完成後のビルが40億円の価値を持つなら、建築を続けるべきだし、価値は20億円しかないと算定されるなら、可能であれば続きの建築を放棄すべきだ。

9:サンクコスト(埋没費用)の考え方

 意思決定に影響させるべきなのは、「現時点よりも後のコストとベネフィット」のみであり、これまでに掛かってしまってこれから変更できない費用(利益も含む)は「サンク・コスト」として無視するのが正しい。

 前者の場合、60億円掛けたビルが40億円でしか売れないのだから、プロジェクトしては失敗だが、「現時点では」残り30億円の支出で40億円の完成ビルが手に入るのだから工事続行が正しい。一方、後者の場合、過去に30億円も掛けたのだから、もう30億円掛けて完成させないともったいないと考えるのは正しくない。問題はあくまでも「今後の損得」のみなのだ。

 この例だと読者にも簡単に納得して頂けるかも知れないが、金融的な意思決定の場合には簡単でない場合がある。

 例えば、500円で買った株を、400円の株価で平静に売ることができるだろうか。現実には「損を固定する(のはいやだ)」などと言って、売ることができない投資家が少なくないのだが、意思決定の時点で100円分の損は既に発生してしまった「サンク・コスト」なのであり、自分の過去の買値を「今」の意思決定に影響させてはいけないというのが正しい意思決定のセオリーなのである。

「サンク・コストを無視せよ」は案外実行できない人が多い。