金(ゴールド):長期視点の4つの上昇要因が浮上

 ロシア軍はウクライナから撤退していません。軍事侵攻によって壊れたものの多くは修繕されていません。西側諸国(=西側)の制裁は撤回されておらず、ロシアでのビジネスから手を引いた主要企業は再参入していません。

 そして、西側の善良な市民の多くは、今もロシアの蛮行を批判し続けています。足元の金(ゴールド)価格の反発は、まだまだウクライナを取り巻く環境に懸念が多いことを示唆していると言えるでしょう。

 足元の懸念もさることながら、ロシアのウクライナへの軍事侵攻開始は、少なくとも4つの、長期的に存在し得る不安要素を顕在化させた可能性があると、筆者はみています。長期的にみれば、状況の悪化がはじまった可能性があるわけです。

ハイブリッド戦の有用性

 顕在化した可能性がある不安要素の1つ目は「ハイブリッド戦の有用性が確認されたこと」です。2月23日の軍事侵攻前日までの数カ月間、ロシアは情報を巧みに操作するなど、ハイブリッド戦を駆使して西側を欺きつつ、準備を進め、ウクライナ侵攻を実現させました。

「台湾有事」という言葉を聞くようになって久しいですが、台湾でもハイブリッド戦が横行しているとの指摘があります。ハイブリッド戦は、非軍事的な現状変更の手法(サイバー攻撃、ニセ情報の流布、国籍を隠した工作員の暗躍など)を複数、同時進行させる戦法のことで、こうした戦法は今後、世界で横行する可能性があります。

 以前の「金(ゴールド)相場の超長期上昇要因が、ウクライナ危機で露わに」でハイブリッド戦の詳細を述べています。

ロシアが抱く「積年の大怨」

 2つ目は「ロシアが西側に「積年の大怨」を抱いていることが再確認されたこと」です。「NATOの東方進出」と「脱炭素の推進」という西側が作った潮流は、ロシアを長年苦しめ続けてきました(筆者はこの点は今回のウクライナ侵攻の遠因だと考えています)。

 西側が、ロシアに対して遠巻きに軍事的圧力を強めたり、主要な外貨獲得手段であると同時にロシアを主要国たらしめる化石燃料を否定する動きを強めたりしたため、ロシアは西側に「積年の大怨」を抱いている可能性があります。西側にとって重要案件ゆえ、これらの潮流が撤回される可能性は低く、ロシアの「積年の大怨」が消える可能性も低いと言えるでしょう。

 ロシアのような資源を持つ国は、「出さない」ことをほのめかし、資源を持たざる国を揺さぶることができます。資源価格上昇やインフレは、経済・金融的な側面から、供給減少懸念は心理的な側面から、持たざる国を揺さぶることができます。ロシアは「積年の大怨」が晴れるまで、資源の武器利用をやめない可能性があります。

対立を支える西側の民意

 3つ目は「西側のリーダーが民意に応え、対立が長期化する懸念があること」です。軍事侵攻後、西側は各種制裁を発動し(ロシアを銀行決済システムから排除、ロシア産エネルギーの不買を開始など)、複数の石油メジャーはロシアにおけるエネルギー事業からの撤退を示唆しました。

 こうした排除・不買・撤退は、西側の善良な市民の意向(民意)が促した行為でもあります。足元の西側の世論の風向きが強い「制裁賛成・軍事侵攻反対」であることを、複数のメディアが報じています。巨大に膨れ上がった民意にあらがうことができる権力者は少ないでしょう。

 連日のようにウクライナ国内の模様が報じられ、今、西側の民意はそれに同情を示しています。こうした状況では、西側の善良な市民の多くがロシアを批判しなくなる日は、まだまだ先、と言えるでしょう。すなわち、西側のリーダーや企業らが、こぶしを下ろすのもまだまだ先、ということになります。

ロシア経済の長期悪化懸念

 最後の4つ目は「ロシア経済が長期的に停滞する懸念が生じたこと」です。先述のとおり、複数の石油メジャーはロシアでの事業から撤退を示唆しています。撤退は、ロシアのエネルギー産業の縮小、引いてはロシアの国力の低下に結びつく可能性があります。主要な新興国の一つとされるロシアの経済情勢の悪化は、世界経済にとって大きな懸念になり得ます。

 また、メジャーが撤退した後、宙に浮いた権益を新たに取得する国や企業はあるのでしょうか。少なくとも西側や西側の企業が取得することは考えにくいでしょう。仮に中国が取得した場合、世界全体として、エネルギー安全保障上の懸念がさらに強まる可能性があります。

図:ウクライナ危機起因の長期視点の不安拡大要因

出所:筆者作成

 以上4つの長期視点の不安要素は、まさにこの数週間で顕在化したと言えます。不安要素は束になり「有事のムード」を醸成します。有事のムードは「資金の逃避先需要」を増やし、金(ゴールド)相場を上昇に導く要因になり得ます。

 金相場はこの3週間で「いってきた」わけですが、今後、長期視点で、4つの上昇要因が堅調推移させた場合、金相場は「いって」「こない」(上昇し、下落しない)状態になるかもしれません。「ウクライナ情勢2.0」における、足元の反発はその前触れなのかもしれません。