大規模な不安の集合体“有事のムード”は、金相場を考える上で重要なテーマの1つ

“有事のムード”は、金相場について熟考する上で必要と筆者が考える、5つのテーマの1つです。5つのテーマとは、“有事のムード”、“代替資産”、“代替通貨”、“中国インドの宝飾需要”、“中央銀行”です。インパクトの強弱や、価格の方向性、影響がおよぶ時間の長さは違えども、これら5つは、連続して相殺し合いながら金相場に影響を与え、その結果、価格が決まっていると考えられます。

 5つのうち、“有事のムード”は、もっとも“とらえどころがない”、存在と言えます。“代替資産”であれば、米国の主要株価指数との相対関係、“代替通貨”であれば、米ドルとの相対関係、“中国インドの宝飾需要”は、四半期ベースで専門機関が公表する需要動向を示すデータや、これらの国々の景況感を示す株価指数や経済統計、“中央銀行”は、四半期ベースで専門機関が公表するデータなどを主な手がかりとし、それぞれの影響力(インパクトの強弱、価格の方向性、影響がおよぶ時間の長さ)を測る試みが可能です。

 しかし、“有事のムード”はそれ以外の4つのテーマと異なり、構成する要素の範囲が広く漠然としており、かつ社会の変化や人々の趣味趣向によって定義が変化するため、注目するべき的を絞ることは、“戦争=有事”と定義できた以前に比べ、容易ではありません。現代の“有事のムード”は、“世の中に漂う黒い雲”、“大衆が育てた、とらえどころがない悲観的な空気”、と言えるかもしれません。

“有事のムード”が強まる時、つまり、世の中に黒く厚い雲が垂れ込め、大衆が悲観的になっている時、金相場に上昇圧力がかかることがあります。これは、株式の代わり(代替資産)、ドルの代わり(代替通貨)とは別の、何か大規模な嫌なことが起きた時、何か大規模な嫌なことが起きそうな時、お守りや、よりどころとして買われる動機が生じる、という意味です。“有事のムード”が拡大した時、私たち人間の中にある防衛本能が顕在化し、その防衛本能が金を保有するという行為に駆り立てているのかもしれません。

“有事のムード”の根底にある、大衆、一人一人の“不安”について、筆者は以下のように定義できると考えています。

・生命や生活、習慣、財産などが脅かされると発生するもの

・人を盲目的にし、人の思考をマイナス方向に誘引するもの

・伝染しやすいもの

・所在と対処法が明らかになれば、軽減できるもの

 新型コロナウイルスの感染拡大は、病原体(ウイルス)が伝染し続けていることで起きていますが、同ウイルスが伝染し続けていること、ワクチンの開発に懸念が生じていることなどで、“不安心理の伝染”も起きていると言えます。ただ、不安は、所在と対処法が明らかになれば、ある程度、軽減できるものと言われています。

 しかし、新型コロナ起因の不安については、ワクチン開発に懸念がある以上、すぐに対処法が見つからず、その不安が長期にわたって継続する可能性があります。また、米大統領選挙をめぐる不安についても、カオスの中で生まれた大統領が、どれだけの課題を解決できるか? という疑問や不安が、今後も長期的に存在する可能性があります。

“有事のムード”は、今後も、長期的に金価格を下支えするテーマであり続けると、筆者は考えています。たとえ金相場に、“代替資産”起因の下落圧力(株高)、“代替通貨”起因の下落圧力(ドル高)が加わったとしても、現在のように、“有事のムード”はそれらを相殺し、堅調に推移する可能性があると考えます。

図:足元の金相場の状況(イメージ)

出所:筆者作成