株反発、ドル堅調推移でも、金相場は底堅く推移。“有事のムード”が支える

 この数週間、金相場は反発色を強めています。また、株価は反発、ドルは堅調に推移しています。“代替資産”の側面で株価反発は金相場の下落要因、“代替通貨”の側面でドル高止まりは金相場の上値を重くする要因です。

 金は“株と逆相関”、“ドルと逆相関”、という言葉を耳にすることがありますが、それらを考慮すれば、足元、金相場は大きく下落していてもおかしくはありません。しかし、9月下旬に反落した後、金相場は、株価につられるように反発しています。

図:NY金先物、NYダウ、ドル指数の推移(9月16日を100として指数化)

出所:ブルームバーグより筆者作成

 なぜ、“株反発”、“ドル堅調推移”、でも、金相場は反発しているのでしょうか。筆者はこの問いについて、以前より本欄で書いてきた、“金市場には5つのテーマが同時に作用している”という考え方に基づけば、現在は、5つの中の1つである“有事のムード”が、“株反発”(代替資産の側面での下落要因)、“ドル堅調推移” (代替通貨の側面での上値を抑える要因)という逆境の中で、金相場を支えていると考えられます。以下より、金相場を支える“有事のムード”について、深掘りしていきます。

足元の2大不安、“カオスと化した米大統領選”、“爆発級の欧州のコロナ感染拡大”

 今、私たちは何に不安を感じているのでしょうか? これは、「私たちが今世の中で起きていることの何を“有事”と認識をしているのか?」という問いです。ここで言う不安とは、各々が抱えている個人的な不安ではなく、マーケット(市場)を動かす原動力となり得る大衆の心理における不安(大衆が感じる有事)という意味です。

 最近のニュースを見ていて目立つのは、やはり、

【1】カオスと化した米大統領選

【2】爆発級の欧州のコロナ感染拡大

です。これらは、足元の世界規模の2大不安と言っても過言ではありません。この2大不安は、株式や通貨、商品(コモディティ)、暗号資産など、さまざまな市場に影響を与えているとみられます。

 大衆の間で大規模な不安心理が高まった時に発生する“有事のムード”は、資金の逃避先需要を喚起し、金相場の上昇要因になることがあります(有事のムードおよびその他のテーマと金相場の関係についての詳細は後述します)。

【1】カオスと化した米大統領選
 カオス(chaos英語)の意味は、“混沌とした状態”です。11月3日(火)の米大統領選挙の投票日に向け、さまざまな選挙関連のイベントが行われていますが、10月13日(火)に行われた、共和党側の候補であるトランプ米大統領と民主党側の候補であるバイデン氏が舌戦を繰り広げた1回目のテレビ討論会について、あるメディアは“カオスだった”と酷評しました。

 強い言葉を相手の発言時にかぶせたり、目線を合わせなかったりした各候補の態度が、主な理由とみられます。ただ、カオスなのはこの討論会だけでなく、選挙戦そのものだと筆者は感じています。以下は、選挙戦のカオス度を高めているとみられる点です。

・トランプ大統領は新型コロナに感染した。また、それを機に、その後の関連イベントのスケジュールが変更された。

・郵送による投票について、一部の地域で投票用紙の誤配布が行われた。また、新型コロナの感染拡大の影響で、郵送による期日前投票が増え、開票が投票日の11月3日(火)中に完了しない可能性が高まった。

・バイデン氏の息子に関する複数の不正行為に関する報道が目立ち始めた。また、SNSを運営する会社が、不正行為を報じた大手メディアの記事を拡散させない措置を撤回した。

 投票日まで残り約2週間となる中、選挙戦のカオス度は増し、両候補者同士、相手に不利な情報を出し合う“泥仕合”の様相を呈しています。どちらが大統領選で勝利するのか? という疑問は、いつのどの種類の選挙戦においても、絶えず存在するわけですが、とりわけカオス化した今回の選挙戦は、この疑問に加え、いつ勝者が決まるのか? 勝利しても、それは本当の勝者なのか? などという疑問が浮上しているとみられます。

 また、米中問題や人種間の問題、新型コロナ対策、経済対策など、山積する課題を解決してくれることを、史上まれに見るカオスと化した選挙戦で生まれた大統領に、期待を寄せてよいものか? という疑問も浮上していると、筆者は感じます。

 今も、もちろん不安ではあるものの、次の4年も不安が続く可能性がある。このように、今回の米大統領選挙は、足元のみならず、未来に爪痕を残す可能性がある、強い“有事のムード”を醸す要因になっていると考えられます。

【2】爆発級の欧州のコロナ感染拡大
 この数カ月間の、欧州の新型コロナの感染状況は非常に深刻です。以下のグラフのとおり、患者数が勢いを増して、増加しています。第1波と呼ばれた今年3月と比較にならない規模です。スペインを筆頭に、フランス、英国、イタリア、ドイツの主要5カ国で、8月以降、患者数の増加が目立っています。

 爆発的な感染拡大の意味で使われる“感染爆発”という言葉がありますが、今の欧州の状況は、“爆発級の感染拡大”と言えると思います。以下のグラフは、上記の主要5カ国における、人口10万人あたりの患者数です。

図:欧州の主要国における人口10万人あたりの新型コロナの患者数 単位:人

※患者数は、感染者―回復者―死亡者で計算

出所:ブルームバーグより筆者作成

 主要5カ国の人口10万人あたりの患者数の平均は、10月16日時点で715.1人でした。これは、第1波のピークである4月28日の148.8人の5倍弱です。現在その最中にある第2波の山の大きさに比べれば、第1波は小さな丘にすら見えます。違反者に罰金が科されている夜間の外出禁止令が敷かれたフランス、そして英国での増加が目立ち、さらにスペインでは、米国を上回る状況となっています。

 患者数の増加は、医療ひっ迫の直接的な原因になり得ます。今は秋ですが、これから冬に入り、インフルエンザや風邪など、他の感染症の感染拡大が目立てば、医療がひっ迫する可能性は今よりも高くなることが予想されます。

 冬に入った時、医療ひっ迫の可能性が高まるのは、欧州だけではありません。北半球のとくに中緯度以北の国、いずれにもその可能性があります。世界規模で感染拡大がとまらず、さらにここから懸念が強まる可能性があるわけです。

 また、この数週間で、いくつかの新型コロナのワクチン開発において不安を強める動きが出ています。安全性の問題から治験(臨床試験)が中断されたり、WHO(世界保健機関)に効果がないとみなされたり、ワクチンを接種したものの抗体ができずに感染した例が報告されています。一部では、新型コロナウイルスは変異型であるため、特定の型のウイルスに準拠したワクチンの効果は限定的である、という報道もあります。

 これらのワクチンをめぐる動きは、コロナ後の世界と言われる“アフターコロナ”が到来する日が遠のく失望を招き、ワクチンに期待を寄せる多くの人々の期待を失望に変えかねない、大きな懸念と言えます。ましてや、世界全体の患者数の増加が止まる気配がなく、北半球が冬を迎えようとしている今であれば、なおのこと、ワクチン開発におけるさまざまな動きは、不安を強める大きな懸念と言えるでしょう。

 欧州の爆発級の感染拡大、そしてワクチン開発をめぐるさまざまな動きは、米国の大統領選挙と同様、強い“有事のムード”を醸し、そしてそのムードが長期的に市場に影響を与え続ける可能性があると言えるでしょう。次より、有事のムードおよびその他のテーマと金相場の関係について述べます。

大規模な不安の集合体“有事のムード”は、金相場を考える上で重要なテーマの1つ

“有事のムード”は、金相場について熟考する上で必要と筆者が考える、5つのテーマの1つです。5つのテーマとは、“有事のムード”、“代替資産”、“代替通貨”、“中国インドの宝飾需要”、“中央銀行”です。インパクトの強弱や、価格の方向性、影響がおよぶ時間の長さは違えども、これら5つは、連続して相殺し合いながら金相場に影響を与え、その結果、価格が決まっていると考えられます。

 5つのうち、“有事のムード”は、もっとも“とらえどころがない”、存在と言えます。“代替資産”であれば、米国の主要株価指数との相対関係、“代替通貨”であれば、米ドルとの相対関係、“中国インドの宝飾需要”は、四半期ベースで専門機関が公表する需要動向を示すデータや、これらの国々の景況感を示す株価指数や経済統計、“中央銀行”は、四半期ベースで専門機関が公表するデータなどを主な手がかりとし、それぞれの影響力(インパクトの強弱、価格の方向性、影響がおよぶ時間の長さ)を測る試みが可能です。

 しかし、“有事のムード”はそれ以外の4つのテーマと異なり、構成する要素の範囲が広く漠然としており、かつ社会の変化や人々の趣味趣向によって定義が変化するため、注目するべき的を絞ることは、“戦争=有事”と定義できた以前に比べ、容易ではありません。現代の“有事のムード”は、“世の中に漂う黒い雲”、“大衆が育てた、とらえどころがない悲観的な空気”、と言えるかもしれません。

“有事のムード”が強まる時、つまり、世の中に黒く厚い雲が垂れ込め、大衆が悲観的になっている時、金相場に上昇圧力がかかることがあります。これは、株式の代わり(代替資産)、ドルの代わり(代替通貨)とは別の、何か大規模な嫌なことが起きた時、何か大規模な嫌なことが起きそうな時、お守りや、よりどころとして買われる動機が生じる、という意味です。“有事のムード”が拡大した時、私たち人間の中にある防衛本能が顕在化し、その防衛本能が金を保有するという行為に駆り立てているのかもしれません。

“有事のムード”の根底にある、大衆、一人一人の“不安”について、筆者は以下のように定義できると考えています。

・生命や生活、習慣、財産などが脅かされると発生するもの

・人を盲目的にし、人の思考をマイナス方向に誘引するもの

・伝染しやすいもの

・所在と対処法が明らかになれば、軽減できるもの

 新型コロナウイルスの感染拡大は、病原体(ウイルス)が伝染し続けていることで起きていますが、同ウイルスが伝染し続けていること、ワクチンの開発に懸念が生じていることなどで、“不安心理の伝染”も起きていると言えます。ただ、不安は、所在と対処法が明らかになれば、ある程度、軽減できるものと言われています。

 しかし、新型コロナ起因の不安については、ワクチン開発に懸念がある以上、すぐに対処法が見つからず、その不安が長期にわたって継続する可能性があります。また、米大統領選挙をめぐる不安についても、カオスの中で生まれた大統領が、どれだけの課題を解決できるか? という疑問や不安が、今後も長期的に存在する可能性があります。

“有事のムード”は、今後も、長期的に金価格を下支えするテーマであり続けると、筆者は考えています。たとえ金相場に、“代替資産”起因の下落圧力(株高)、“代替通貨”起因の下落圧力(ドル高)が加わったとしても、現在のように、“有事のムード”はそれらを相殺し、堅調に推移する可能性があると考えます。

図:足元の金相場の状況(イメージ)

出所:筆者作成

長期的な不安要素に“各国の政府債務の記録的な水準までの拡大”が挙げられる。

 ここまで、この数週間、株高が上昇しても、ドルが堅調推移しても、金価格が反発しているのは、“大衆の不安”起因の“有事のムード”が主な要因であり、その“有事のムード”を醸し出しているのは、“カオスと化した米大統領選”と“爆発級の欧州のコロナ感染拡大”と述べました。

 ここからは、時間軸のさらに長い、“不安”について考えます。ざっくり言えば、新型コロナ起因で、各国が背負う“借金”が増えている点についてです。

 以下は、米国の例です。もともと米国の政府債務は2008年のリーマンショック後、拡大傾向にありましたが、2020年は新型コロナがパンデミック化したことで、経済対策にばく大な額の資金を投じていることから、一段と債務が増加することとなりました。

図:米国の政府債務 単位:10億ドル

出所:ブルームバーグより筆者作成

 新型コロナのパンデミック化を機に債務が増加している国は米国だけではありません。先進・新興国問わず、多くの国でコロナ対策のために、多額の資金は投じられています。米国議会が、大統領選挙を前にしながらも激しい論戦を繰り広げている“追加の対策”もまた、米国だけの話ではありません。

 先述のとおり、ワクチン開発への不安が浮上した上、北半球の季節柄、医療がひっ迫する懸念が生じている中、今後、どれだけの額の“追加”が必要になるのでしょうか? いつまで“追加”を議論し、そして実施しなければならないのでしょうか? そしてどこまで債務は膨張するのでしょうか?

 現段階でそのタイミングを明言できる人は、いないのではないでしょうか(筆者は桃源郷だと考えているのですが)。“アフターコロナ”が到来し、追加の対策が不要になるのはいつなのか、誰にも分からない、という話です。

 現実的には、“コロナが続くだけ、追加の対策を迫られ続ける”可能性があるわけです。欧州で爆発級の感染拡大がはじまった8月ごろに、出口が見えない困難な状況のはじまり、つまり“終わりの始まり”を迎えた可能性もあります。

 このように考えれば、直接・間接を問わず、新型コロナ起因の“不安”は、長期化する可能性があり、その意味では、長期化した大衆の不安心理、“有事のムード”が長期的に金相場を支え続ける可能性が高まった、と言えるでしょう。“始まった終わりが、本当の終わりを迎えるまで”は、今後も、株高でも、ドル高でも、金相場が上昇する場面が増えることが予想されます。

 今回は、金相場や株が反発し、ドルが堅調推移する逆境の中でも、底堅く推移していることに注目し、足元そして長期的な、“有事のムード”が与える影響について考えました。

[参考]貴金属関連の具体的な投資商品

純金積立

金(プラチナ、銀もあり)

国内ETF/ETN

1326 SPDRゴールド・シェア
1328 金価格連動型上場投資信託
1540 純金上場信託(現物国内保管型)
2036 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ダブル・ブルETN
2037 NEXT NOTES 日経・TOCOM金ベアETN

海外ETF

GLDM SPDRゴールド・ミニシェアーズ・トラスト
IAU iシェアーズ・ゴールド・トラスト
GDX ヴァンエック・ベクトル・金鉱株ETF

投資信託

ステートストリート・ゴールドファンド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジあり)
ピクテ・ゴールド(為替ヘッジなし)
三菱UFJ純金ファンド

外国株

ABX Barrick Gold:バリック・ゴールド
AU AngloGold:アングロゴールド・アシャンティ
AEM Agnico Eagle Mines:アグニコ・イーグル・マインズ
FNV フランコ・ネバダ
GFI Gold Fields:ゴールド・フィールズ

国内商品先物

金・金ミニ・金スポット・白金・白金ミニ・白金スポット・銀・パラジウム

海外商品先物

金、ミニ金、マイクロ金(銀、ミニ銀もあり)