本レポートに掲載した銘柄

ソニー(6758)、エイベックス・グループ・ホールディングス(7860)、アミューズ(4301)、日本金銭機械(6418)、コナミホールディングス(9766)

IR(統合型リゾート)法案と音楽産業

1.IR法案が成立目前に

IR法案(カジノを含むIR=統合型リゾート施設の整備を推進する法案)は、日本でカジノを中心としたリゾートを整備するための法案である。長く成立が待たれていたが、今国会でようやく成立する可能性がでてきた。12月6日に衆議院を通過し、8日から参議院で審議が始まった。政府・自民党は今国会会期末の12月14日までに成立させる方針である。

IR(Integrated Resort、統合型リゾート)とは、地方自治体の申請に基づき設置される国際会議場・展示施設、ホテル、ショッピングモール、レストラン、劇場・映画館、アミューズメントパーク、スポーツ施設などと一体になった複合観光集客施設のことであり、カジノが併設される。このカジノ併設がIRの最大の目玉となるが、日本ではカジノは賭博罪で禁止されているため、新たに議員立法によって新法を作ることになった。まず、2002年12月に自民党内に 「国際観光産業としてのカジノを考える議員連盟」が結成され、2010年4月には超党派議連の「国際観光産業振興議員連盟」が発足した。この動きに合わせて各自治体でもカジノを中心としたIRを誘致する動きが出てきた(表1)。

そして、今国会で立法化される可能性が出てきた。ただし、具体的な施行法、条例等は立法後に作られることとなり、また、各自治体での企画、運営業者の選定、建設などを考えると、IRが実際に実現するのは、数年先(2020年以降?)になると思われる。

表1 統合型リゾートに対して首長または議連が前向きな発言をした都道府県、企業(2016年のみ)

2.IRとはどのようなものか

世界各地に大小様々なIRがあるが、代表例はアメリカではラスベガス、ヨーロッパではモナコ、アジアではマカオ、済州島(韓国)、シンガポールなどである。

特にラスベガスは歴史もあり、規模も大きく、カジノだけでなく、ショービジネス、展示会ビジネスでも有名である。産業の規模、訪問者の属性など詳細な情報もラスベガス当局やネバダ州によって開示されている。ここでは、それらの資料からラスベガスのカジノ産業を概観し、日本型IRの参考としたい。

まず、グラフ1、2は1990年以降のラスベガスへの訪問者数とラスベガスが属するネバダ州クラーク郡のゲーミング収入(カジノのみの収入)である。訪問者数は2008年のリーマンショック前に一度ピークを付け減少したが、その後再び盛り返し、2015年には過去最高の4,231万人を記録した。このうちコンベンション参加者は、リーマンショック前の水準を抜くには至っていないが回復途上にある。

一方、ラスベガスが属するネバダ州クラーク郡のゲーミング収入は、2007年にピークを付けた後大きく減少し、現在のところ緩やかな回復途上にある。ただし、アメリカの景気回復に伴い、ラスベガス訪問者のカジノ予算が増える傾向にあり、今後の増加が期待される。ラスベガス訪問者のうちカジノ予算が600ドル以上の人の比率は2014年の22%から2015年は30%に上昇した(表3)。これを見ると、カジノ産業は明らかに景気に敏感である。

カジノ事業者の収入は多角化しており、カジノ収入(ゲーミング収入)以外の部屋代、飲食代、その他収入が増えている(グラフ3、表2)。損益を見ると、リーマンショック前には高水準の利益を上げていたが、リーマンショック後には赤字となった。2015年6月期も、ネバダ州全体では赤字である。ただし、赤字は縮小しており、黒字の事業者が増えていると思われる。

表3を見ると、ラスベガスへの訪問者の目的で最も多いのは「バカンス(休暇)」であり、ギャンブルは2番目である。しかし、ネバダ州のカジノ産業収入の中の半分近くがゲーミング収入(カジノ収入)であり、事業面でのIRの中心はカジノである。従って、まずカジノが事業的に成功することが、IR成功の条件だろう。

ただし、ラスベガス訪問者の使うお金の中で、金額は小さいものの、ショーと観光に使うお金が増えている。カジノ、宿泊、飲食だけでなく、ショー、観光など多様な楽しみ方を提供することが成功しているIRの条件と思われる。なお、ラスベガスの宿泊費はピンからキリまでだが、比較的安く滞在し易くなっており、その代わりにカジノで稼ぐ収益構造になっている。

観光地としてのラスベガスの特徴は、リピーター比率の高さである。リピーター比率は80%台でここ数年大きく変わらない。そして、満足度はかなり高い。カリフォルニアなど西部から来る人の比率が多く、平均滞在日数が4日(3泊4日)なので、近場の娯楽として定着していると思われる。

グラフ1 ラスベガスへの訪問者数

(単位:1000人、暦年、出所:Las Vegas Convention and Visitors Authorityより楽天証券作成)

グラフ2 ラスベガスが属するクラーク郡のゲーミング収入

(単位:100万ドル、暦年、出所:Las Vegas Convention and Visitors Authorityより楽天証券作成)

グラフ3 ネバダ州のカジノ産業収益構造

(単位:百万ドル、出所:Nevada Gaming Abstract各年号より楽天証券作成)

表2 アメリカ・ネバダ州のカジノ産業

表3 ラスベガスの訪問者の属性

3.日本型IRはどのようなものになるのか

これはやってみなければわからないが、日本でIRを成功させることは簡単ではないと思われる。ラスベガスは一つの重要な参考になるが、現在のラスべガスが出来るのに長い時間がかかっている。短期間で同じようには行かないだろう。

というのは、日本人は世界有数のギャンブル好きの国民であり、生活の隅々にギャンブルが染み付いているからである。例えば、どのような町に行っても駅前や郊外にはパチンコ、パチスロ店がある。日本各地に競馬、競輪などの公営ギャンブルがあり、宝くじもある。

ところが、過去10~20年の間にパチンコ、パチスロの参加人数、公営ギャンブルの売上高などは大きく減少しており(パチンコ・パチスロの参加人数はピークの半分以下)、多くの日本人はギャンブルから遠ざかっているように見える。ギャンブル好きの一部は、FXや先物・オプションなどの投機に向かったとも言われている。あるいは、日本人の多くがギャンブルの本質、即ち、やればやるほど客が負け胴元が儲かるように出来ているということを認識したからかもしれないし、依存症の怖さを理解したからかもしれない。

ギャンブルは事業としては難しい事業である。客(ギャンブラー)と施設事業者(胴元)の利害は対立する。例えばスロットマシンは、メダルあるいはコインが出すぎると経営が悪化し、出なさすぎると客が離れていく。また集客が重要で、大量のお客を集めてスロットマシンで遊んでもらわなければ、スロットマシンを回しても確率的に当たりにくくなる。ゲーミング収入の65%(ネバダ州の2015年度)はスロットマシンなどのコインマシンからなので、このことは重要である。

また、客はカジノを続ければかなり高い確率で負けることになる。そもそも、客が勝ち続け胴元が負ける可能性のあるギャンブルは事業として成立しないし、投融資の対象にもならない。公営でも民営でも、ギャンブルはやればやるほど客が負けるように設計されているのである(もちろんツキがある客が大当たりすることもあるが)。したがって、日本型IRで、一部の依存症になった人やギャンブル好きを除いて、また、開業当初の数年間を除いて、日本人がリピーターとして定着するには、カジノだけでは難しいかもしれない。

そこで、日本人以外の集客が必要になろうが、カジノは景気に敏感な産業なので、海外景気が集客に影響することになる。また、施設でもカジノ以外の可能性が必要になろう。具体的には、アトラクション、観光、ゴルフ、スキーなどの屋外スポーツ、ショッピング、コンベンション(展示会)、ショーである。特に、ショーは日本にまだ少ないものであり、定着するとIRへの集客効果が期待できる。これについては後述する。

4.IR(カジノ)関連銘柄

表4は、株式市場で言われているIR関連(カジノ関連)銘柄を挙げたものである。実際に、海外のカジノと取引があるか、カジノ建設の計画があるか、それに近い会社のみを挙げた。単なるパチンコ・パチスロ関連は挙げていない。これは、IR法が成立して、その施行に伴い各種法律や条例が整備される過程で、バランスの観点からパチンコ・パチスロの規制が強化される可能性がないとは言い切れないからである。

重要銘柄は、まず日本金銭機械。カジノでは大量の現金を扱うため、貨幣処理機、硬貨計算機が必要になるが、日本金銭機械は海外のカジノ市場でこれらの製品で一定のシェアを持っている。

カジノマシンでは、コナミホールディングス。日本企業として唯一、ネバダ州のカジノマシン製造販売ライセンスを持っている。カジノマシンを中心とするカジノ関連事業をグローバル展開している。

また、セガサミーホールディングスは、韓国のパラダイスグループが進める韓国初の統合型リゾート施設「パラダイスシティ」(2017年開業予定)のプロジェクトに参加している。

このほか、エイチ・アイ・エスがハウステンボスへのカジノ誘致を表明した。

このように見ると、実は日本にはIR関連企業は少ない。IR関連企業と株式市場が言っている会社の大半がパチンコ・パチスロ関連企業である。海外のIR市場(カジノ市場)で実際にビジネス経験がある会社は、日本金銭機械、コナミホールディングス、セガサミーホールディングスぐらいだろう。

表4 主なIR関連銘柄

5.ショービジネスの可能性

実は、筆者が最も期待を寄せているのは、IRがきっかけとなって、日本のショービジネスが活発化する可能性があるのではないかということである。日本で常設型の劇場ビジネスで成功しているものは2つ、宝塚と劇団四季である。アメリカのブロードウェイやラスベガスのような常設型ショービジネスの規模には至っていないが、日本の音楽産業の規模からして(先週の本稿を参照)、ショービジネスはもっと盛んでもよいと思われる。実際に、日本のコンサート・ライブ動員数の中で、パフォーミングアーツ(ミュージカル、バレエ、オペラ、レビューショー、伝統芸能、お笑い、演劇、舞踊、ダンス、フィギュアスケートなど)の部門は大きく伸びており、IR施設でのショービジネスの需要は十分あると思われる。

ちなみに、ラスベガスの訪問者のうちショーを見に行く人は61%に上っている。この比率は下がってはいるが、IRの楽しみ方がカジノだけではない証左だろう。

もし、IRがきっかけになってショービジネスが拡大する場合の関連銘柄は、エイベックス・グループ・ホールディングス、アミューズ、ソニーなど、ポップスからクラシックまでの音楽、俳優、芸人と、様々な分野のアーティストのアーティストマネジメント権、ライブ興業権を持つ会社になる。また、楽器、音響設備でヤマハ、ライブ用設備でヒビノなどの会社も挙げられる。

ショービジネスが盛んになるには、かなり大規模なIRが必要になる。もし今国会でIR法が成立するならば、今後、各自治体や企業による構想が明らかになると思われる。それがどのようなものか、注目したい。

グラフ4 パフォーミングアーツの年間動員数

(単位:人、出所:コンサートプロモーターズ協会より楽天証券作成)

表5 ショービジネス関連銘柄

本レポートに掲載した銘柄

ソニー(6758)、エイベックス・グループ・ホールディングス(7860)、アミューズ(4301)、日本金銭機械(6418)、コナミホールディングス(9766)