執筆:窪田真之

今日のポイント

  • 日本時間で1日11時に実施されたトランプ大統領の議会演説を、金融市場は「ポジティブ」ととらえた。演説後、株高・円安が進んだ。
  • 演説内容に新味ないが、共和党議員がスタンディング・オベーションを繰り返したことが、ポジティブに見られた。大統領が共和党内で孤立する不安を和らげる効果があった。

(1) トランプ大統領の演説後に、株高・円安

日本時間で3月1日の午前11時(米国時間で2月28日午後9時)より、トランプ大統領による議会(上下両院合同本会議)演説が行われました。大統領の施政方針を議会に伝える重要なイベントで、内容次第で、為替・株が大きく動く可能性があると、注目されていました。

結果は、金融市場にとって「ややポジティブ」でした。午前中に前日比103円高であった日経平均は、午後に上げ幅を拡大し、この日は274円高の19,393円となりました。

日経平均3月1日の動き

(注:楽天証券経済研究所が作成)

為替市場では、ドル高(円安)が進みました。演説開始直前に1ドル112.96円だった為替は、16時時点で1ドル113.60円となりました。

欧米株式市場も軒並み上昇しました。1日のNYダウは、前日比303ドル高の21,115ドルと大幅に上昇し、再び史上最高値を更新しました。日本時間で2日の午前7時時点で、為替は1ドル113.73円でした。なお、3月1日のCME日経平均先物(3月限)は、19,565円まで上昇し、昨日の日経平均終値を172円上回りました。今日の日経平均は続伸が予想されます。

(2)議会の熱気が伝わった?

演説内容に新味はありませんでした。これまで繰り返した政策方針を述べたに過ぎません。相変わらず、「米国第一」の内容でした。

ただし、1月21日の就任演説と比べると、言葉の使い方や演出が巧みで、「米国民の団結」「米国精神の復活」「(米国内の)弱者への思いやり」「夢や希望」を感じさせる内容でした。米国民の多くか「大統領らしい」と感じる内容に仕上がっていました。

市場は演説を好感した形となりました。市場が一番好感したのは、「議会の熱気」だったと思います。共和党議員を中心に、演説の間、何度も何度も「スタンディング・オベーション(立ち上がっての拍手喝采)」が行われました。

トランプ大統領の考えは、伝統的な共和党の考えから外れるものばかりで、これまで常に共和党主流派から孤立する懸念がつきまとっていました。そうなると、議会の協力を得られず、大統領が提唱する「大型減税やインフラ投資」が実施できなくなる可能性がありました。

ところが、演説中の共和党議員の拍手喝采を見ていると、トランプ大統領が共和党内で孤立するイメージを持ちにくくなりました。これならば、議会の協力を得て、思い通りに経済政策を実行できるのでないかという、印象を与えました。

(3)大型減税・1兆ドルのインフラ投資に言及

演説で最大の注目は、大型減税について、具体的中身の発表の有無でした。トランプ大統領が、2月9日に「税制改革で2-3週間以内に驚くべき発表を行う」と発言してから、金融市場では、大規模な法人減税が近く発表されるとの期待が広がっていました。

今回の演説では、高過ぎる法人税に「big big cut(大きな大きな引き下げ)」を行うと述べただけで、具体的な水準は示されませんでした。「中間層にも巨額減税を提供する」と、一般国民に配慮した発言がありました。ただし、具体的な水準や、減税を行うための財源は示されませんでした。具体的な発表をするための準備が整っていなかったことを露呈しました。

大統領は、官民の資金を使って10年で総額1兆ドル(約113兆円)のインフラ投資を行う方針や、国防支出の大幅拡大についても語りましたが、新しい内容ではありません。既に述べてきたことを繰り返し、議会に協力を求めたに過ぎません。

大型減税や公共投資について、明確な財源が示されていないことが、今後の政策実行上のネックになる可能性があります。財源のない財政拡大は、「持続可能な政策でない」と共和党主流派から拒絶される可能性があるからです。

医療保険改革や公務員の削減で財政支出を減らす方向性を示しましたが、それだけでは十分な財源とは言えません。

共和党議員のスタンディング・オベーションが、単に儀礼的なものだったのか、大統領の施政方針の承認だったのか、真意はわかりません。とりあえず、盛り上がる議会を見て、市場はポジティブに受けとめました。

(4)米国民の団結を訴えたことはポジティブ

トランプ大統領のこれまでの発言は、米国社会に広がる分断を深めるものだったと批判されています。大統領を熱狂的に支持する大衆がいる一方、大統領に抗議するデモが全米に広がるなど、社会的な分断が広がっています。

それを意識してか、今回の演説では、終始、米国民の団結を訴える内容が含まれていました。不法移民やマフィア、テロリストを非難することは変わりませんが、米国市民の安全を守るために、団結すべきと強調しました。細部の演出や言葉の使い方が、米国民の多くから共感を得られる内容となっていました。

これまで不法移民を米国から追い出す主張を繰り返していましたが、今回の演説では、「犯罪を行っていない不法移民は米国に留まることを認める」と発言を修正しました。米国社会の分断が深まるのを防ぐことに効果があると、評価されました。

(5)保護主義・排外主義の発言があったことはネガティブだが、国境税への言及はなかった

従来通り、保護主義・排外主義の発言が含まれていたことは、ネガティブでした。メキシコ国境に壁を築く公約の実施を、改めて述べました。米国を過激なイスラム・テロから守るために、入国審査を強化する必要性を強調しました。移民についても、経済的に自立できる人材などに制限する考えを語りました。

「自由貿易は大切」と述べつつ、「公正な条件で行われる必要がある」とし、不公正な競争を行っている国には対抗策を取る必要があることを示唆しました。

トランプ大統領は、これまで米国の雇用を奪ってきた国として、中国・日本・メキシコを名指ししてきましたが、今回名指ししたのは、中国だけでした。ただし、「NAFTA(北米自由貿易協定)によって米国製造業が大きなダメージを受けた」と、暗にメキシコを批判する内容は含まれていました。日米首脳会談の成果か、日本への批判はありませんでした。

マーケットが心配していた国境税導入への言及がなかったことは、目先の安心につながりました。大統領は、国境税導入を、当然考えているはずですが、とりあえず、施政方針演説には含めませんでした。

(6)規制緩和に強い意欲を示したことはポジティブ

規制緩和のタスクフォースをすべての省庁内に作ると述べ、規制緩和によって経済を活性化する決意を語りました。具体策の1つとして、「石炭業界を脅かす規制を廃止する」と語りました。環境規制を緩めることを示唆しているものと思われます。

「ロビー活動を5年間禁止し、政治の腐敗防止する」と宣言したことも、ポジティブに受けとめられました。

(7)議会演説はとりあえず「ポジティブ」

トランプ大統領の発言は、市場に「好感されたり、嫌気されたり」を繰り返しています。昨年11月の大統領選直後の勝利宣言は、美しい文言で、金融市場にポジティブ・サプライズ(良くて驚き)となりました。

1月に行った記者会見・ツイッターでの情報発信・就任演説・保護貿易主義の大統領令乱発は、ネガティブにとらえられました。2月9日に大型減税を示唆する発言を行ったことは、ポジティブにとらえられました。

今回の議会演説はとりあえずポジティブ視されましたが、具体的な政策の中身は固まっていないと考えられます。本当に市場に好感される政策を実行できるかは、未知数です。

ただし、日本および世界景気の回復色は強まりつつあります。トランプ大統領が共和党内で孤立する不安がやや低下したことを受けて、日経平均が上値トライしやすい環境になりつつあると考えています。